空中分解2 #0939の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
アントニオ・レオナルディは、ある裁判所の狭く薄暗い証人控え室の中で震 えていた。 <この裁判がうまくいったら、確かに私や私の家族は助かるだろうな……。実 の兄貴を犠牲にして……> アントニオは、自分の両側に立って彼を見張っている二人の警備員をチラと 見た。彼は今の自分の立場をなんとか考えないように努めた。 彼は、ある裁判のウィットネス(証人)であり、その証言は、アメリカで最 も大きな犯罪組織のカポ(首領)を刑務所に送り込む事が出来る力を持ってい た。そして、事もあろうにそのカポというのはアントニオ・レオナルディの血 を分けた実の兄カルロだった。 アントニオはニューヨークの三番街で医者を経営していた。自分が脱税で逮 捕された時、地方検事が無罪放免の代わりにある条件を提示してきた。それは ”歌う”(他人の罪を告発する)事だった。カルロを心から憎んでいるその地 方検事は、もしその音楽を聞かせてくれれば司法長官にお願いして、過去を洗 い流してやると言うのだ。アントニオは以前カルロの殺人を共謀した事があっ た。もしその事を告発すればカルロは間違いなく有罪となり、電気椅子送りだ ろう。 しかしそれには問題があった。それはカルロが自分の実の兄だからという事 ではなかった。むしろアントニオはやくざな親戚と縁を絶つ事を望んでいた。 問題は、カルロという男はたとえそれが血を分けた親兄弟であろうと自分を 裏切る者は許さないという事だった。 こうしている間にも、カルロの命を受けた鉄砲玉が自分の命を狙おうとして いるに違いない。しかし彼は地方検事の意向により厳重に警護されていた。証 人控え室には、誰も近づかないようにされていたし、郵便や小包も遮断された。 彼が寝泊まりしているホテルも同様で、ホテルと裁判所の移動には特別な軍 の装甲車が用意された。何者もアントニオに手出し出来なかった。 アントニオは兄と一緒に殺人を共謀した日の事を思いだした。 あれはまだアントニオが二十歳の時だった。アントニオの父親で波止場のボ スであるアルフレードが、対立する勢力の鉄砲玉に撃たれたのだ。兄のカルロ は怒り狂った。そしてなんとかして相手側のボスの命を狙いたいから協力して くれとアントニオに頼んだ。 アントニオは、父や兄の関わる世界に全く興味がなかったが自分の父親を殺 した者だけは別だった。彼は父親を愛していたので仇を討つ事に決めた。 アントニオは相手側のボスと面会した。ボスはアントニオが堅気の人間とい う事で安心した。そして待ち伏せていたカルロが、そのボスに鉛玉を数発食ら わせた。カルロはその時言ったものだ。 「トニー、この事は一生、誰にも話すんじゃねえぞ。今日の自分達の事はたと え自分の親兄弟といえども他人に漏らしちゃいけねえんだ。シチリアの掟じゃ あ、”裏切り者には死あるのみ”だからな」 その後、数々の殺人を二人で共謀して行い、成功を収めた。その内、アント ニオはコーザ・ノストラの世界を嫌い、堅気に戻っていった。 証人控え室でアントニオはその事を考えていた。アントニオは兄との約束通 り今までその事を誰にも話した事がなかった。 しかし兄は一つの考え違いをしていた。それは、十数年前の青二才同志のさ さやかな指切りげんまんを馬鹿正直に守る者などこの世にはいない、という事 だ。 兄には悪いが自分にも生活があった。守るべき家族、女房と幼い息子があっ た。女房には愛想をつかされたくないし、息子には学費を払ってやらなければ ならない。その生活に危害が及ぶとなれば過ぎ去った者は犠牲にしなくてはな るまい。 兄は今の自分の生活の一部ではない。申し訳ないとは思っていたが、兄が亡 くなった方が人の世の為にはなるだろうと自分を納得させた。 警備員の一人が食事を運んできた。裁判までまだ時間があるから腹を膨らま せておこうと思った。 <今日の味付けはやけに辛いな>アントニオは思った。 やがて辛さは痺れに変わり、それが全身に移った。アントニオの苦しみの喘 ぎ声を聞いて別の警備員が部屋に入った頃には、そこにアントニオの死体があ るだけだった。 「そうやってわしは、袖の下を掴ませた警備員を使ってお前の父親を殺した んじゃよ」 老いたカルロは、アントニオの息子であるサルバトーレに言った。サルバト ーレは二十歳になっていた。 「どうして今ごろそんな事を話す気になったの?」 「話しておきたくなったんじゃよ」カルロの眼には涙が溜まっていた。「信じ られないかも知れないがわしはお前の父親を愛していた。それなのにわしは弟 を殺した」 カルロは感慨深げにサルバトーレを見た。「お前がファミリーを引き継いで くれるから、わしは安心して引退できるよ。これがせめてもの罪滅ぼしじゃ」 カルロは席を立った。サルバトーレが玄関まで見送りに来た。「叔父さん」 カルロが振り返ると、甥は涙を流していた。 「何を泣く事がある?」カルロは言った。 「僕は忘れないよ」サルバトーレは言った。「”自分達の秘密は決して誰にも 漏らしてはいけない。たとえそれが親兄弟としても。もし裏切ったら死あるの み”……必ず守ってみせる」 玄関から自分の車に向かう途中でカルロは卑屈になって考えていた。 <そういうわしも肉親であるサルに自分達の秘密をバラしているな。そういう 意味ではわしも裏切り者だ。そんな奴に人の裏切りを報復する資格なんかあっ たのだろうか?> 運転手がドアを開け、カルロが乗り込んだ。 <しかしなんでまたサルの奴、ファミリーを受け継ぐ気になったんだろう? 親父と同じようにまっとうな道を歩めばよかったのに……> 運転手がドアを閉めると、運転席には乗り込まず、そのまま走って逃げ出し た。 <そうか!>それを見てカルロは疑問の答がわかった。<あいつは親父の仇を 討つ為にわしのファミリーに入ったんだ。わしに復讐する機会を伺っていたん だ!> カルロは爆死する瞬間にその事を悟った。 カルロの遺骨はサルバトーレの希望で父親と一緒の墓に埋められた。 「僕は忘れない。必ず守ってみせる」 二十代の彼は、レオナルディ家の墓の前で言った。 「ねえ?」サルバトーレの幼い息子が彼のズボンの裾を引っ張った。「おじい ちゃん達ってどうして死んじゃったの? どうして?」 「それはね……」彼は説明し始めた。 (了)
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