空中分解2 #0928の修正
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★内容(1行全角40字未満、500行まで)
糞、とつぶやき、千切れかけた左耳から黒い手裏剣を抜き取ると、それを武彦に 向けて投げつけた。 かわすそぶりさえみせず、武彦は強襲をこともなげに受けとめた。 ぎり、と奥歯を噛みしめ、 「忘れるなよ、武彦」 自らを励ますようにしてもう一度くりかえすと、彪太は樹林の奥へと音もなく去 っていった。 影の消えた方向へひとしきり油断のない視線を送った後、武彦はふりかえって呼 びかける。 「ゆかり」 ためらうような沈黙をおいて、密生する木々の間からゆかりが姿を現した。 氷のような無表情の奥に、武彦は哀しみと後悔を見つけ出す。 歩み寄り、肩を抱いた。 「承知の上だろ、ゆかり」 あやすように揺するのへ、ゆかりは無言でうなずいた。 「なにもかも背負った上で、おれたちは明日をめざしてるんだ」 その言葉に一瞬、ゆかりの顔が泣き出しそうに歪んだ。 それが、すぐにからかうような笑顔に変わる。 「似合わないセリフ言ってる、兄さま」 「うるせ」 顔を赤らめて背を向け、性急な足取りで歩を踏み出す兄の後ろ姿に、ゆかりはも う一度微笑みかけた。 3 JR八倖線の終着駅『瑞縄』。改札を出ると目の前に峨峨たる山脈が迫る思いに 駆られる。一日二本の古びたバスに揺られて二時間半、終点の『俄王宿』から徒歩 であればさらに二時間。女子供連れであればそれ以上になろうが、いかに秘湯ブー ムであろうとそこまでの手間をかけてこの辺鄙な温泉地に家族や恋人をつれて訪れ ようという気にはなるまい。 というのは、二昔ほど前までの情況で、山脈を貫いて走る幹線道路が完成してか らは、この僻地もある程度の来訪者を迎え入れることになる。とはいえ、雄大な自 然と小規模な温泉宿以外、とりたてて特徴のない場所柄、シーズンを迎えて爆発的 に人が押しかける、などという情況からはいまだにほど遠い。 それだけに、この辺地に学問上重大な遺蹟が懐深く抱かれているという事実が明 るみに出たのはおよそ奇跡に近かった。 地中から出土した大量の土偶は一部社会でちょっとしたセンセーションをまき起 こすことになる。地元大学の史学科を活動の中心に、異例のスピードで発掘チーム が編成され、チームの責任者として同じ大学の菊村明久教授が選出された。作業は、 その準備段階も含めて驚くほどの短期間で適切に進められ、遺蹟の核心部分が白日 のもとにさらされる日も遠くはない、との予測も立てられている。 地質調査の結果では、遺蹟の成立年代は一万五千年〜二万年以前のものであると いう驚くべき事実が確認された。北九州椎ノ木山遺蹟で発掘された竪穴式住居跡と ほぼ同年代のものである。この事実は、縄文時代の日本列島がオリエントやエジプ トと並ぶ先進文明地帯である、というエキセントリックな仮設を補強する発見でも あった。 チェコスロバキアのドルニ・ヴェストニース出土の世界最古の土偶が一万八千〜 二万年前のもの、大分県岩戸遺蹟から出土の石偶が一万五千〜二万年前のもの―― 今回発見された多数の土偶は、まさにそれらのものと同時期の産物である。 考古学会の碩学としてその名をつらねる菊村明久が、以前から注目していた縄文 時代における日本の文明の実像を立証する上でも、この新発見は驚くべき秘密を内 包した情報の宝庫と思われた。 近年ブームの様相を呈している縄文文化論ではあるが、菊村がそこに興味を抱き、 情報を収集しはじめたのは戦前にさかのぼる。各地の発掘作業にも率先してたずさ わっており、今回のチーム編成で責任者に任命されたのも当然の帰結、と自身は考 えていた。 そして今、古代文明のベールがまたひとつ、みずからのに手によってはがされよ うとしている。 無論、この年老いた権威が知るはずはなかった。自分の開こうとしているのが、 超古代に封じられた恐怖の扉であることを。 樹々がざわめいた。 作業にあたっていた数人が、そのざわめきからなにを感じとったのか、手を休め て林間に目を向ける。 そのうちのさらに何人かは、一瞬視界を横切った人影に気づいたかもしれない。 が、目をこらして見てももう、その少女の幻は戻らないことを知り、再び土を掘 り、運ぶ作業へと意識を戻していく。 中天に光を湛えた青い空が地上を見降ろす。 桑原弘は、額ににじんだ汗をぬぐうと、もう一度繁る林の間に向けてその視線を さまよわせた。そして、なにも見つからないことに軽い失望のため息をもらす。 「どうしたんだよ」 車に泥土を満載してやってきた小島晃一が、弘のひそやかなため息を耳ざとく聞 きつけて立ち止まる。 「なんでもない」そっけなく答え、「それにしても健二のやつ、どこ行きやがっ たのかな」 いかにもおもしろくなさそうにつぶやいた。 晃一は笑いながら言う。 「順子もいなくなってんだろ。そのうち戻ってくるんじゃねえの」 下卑た笑い声に、弘は舌を打って応じた。 「おれ、昨日の夜にあいつらが出てくのを見たんだ。それから戻ってきた気配が ないんだぜ」 「逃げたのかな?」 「だろ」 「いいじゃない、そんなこと別に」 傍らで作業を進めていた戸川静子が顔を上げて話に割り込んだ。 「別に二人くらいいなくなったってどうってことないんだしさ。好きなようにさ せておけばいいのよ、ああいうのは」 「そのとおり」と晃一も大げさに相づちを打った。「おれたちにゃ関係ないって。 おまえもくやしかったら、さっさと適当なの見つけてくっついちまえばいいじゃん」 「余計なお世話だ」 舌打ちひとつ、弘はシャベルを握り直して地面を掘りかえす作業を投げやりに再 開する。 晃一も声高く笑い声を上げながら車を押して歩き始めた。 十数歩と進まぬうちにその笑いは完全に消え失せ、かわりに呆然とした表情がそ の顔面を占拠した。 信じられない、とでも言いたげな表情だ。 それがさらに、恐怖に色彩られた時も、弘や静子、それに他の者たちはそんなこ とにはまるで気づかず作業に没頭していた。 「出たぞお!」 どこか遠くの方から、絶叫にも似た喚声が上がった。人々は作業の手をとめて声 のしたほうに顔を向け、何人かが走っていくのをそこに見出だし、道具を放り出し て一斉に後を追う。 「なにが出たのかしら」 戸川静子も顔を上げ、走り去っていく野次馬どもの背を見ながら桑原弘の袖を引 いた。 「ねえ、あたしたちも行こうよ。――どうしたの?」 愕然と目を見開いている弘を見つけて、静子は怪訝そうに眉を寄せた。 うううう………… その耳にうめき声が届いた。 ぞくりと背筋を悪寒が奔る。 弘の視線の方角におそるおそる目をやり―― そして、見た。 最初は、己れの目に映った光景がなにを意味しているのか、理解できなかった。 あんぐりと痴呆のように口を開き、静子は眼前の信じがたい非日常的な光景に目を 何度もしばたたかせた。 そこには、ついさっきまで気楽な顔で人生を楽しんでいたはずの、小島晃一の姿 があった。 こぼれおちんばかりに、充血した眼を見開いていた。張り裂けそうなまでに大き く開かれた口からは赤い舌がだらりとたれさがり、その先端から血まじりの唾液が だらだらと滴り落ちている。 赤い、唾液。 弘と同様、静子の脳細胞もまた、眼前に繰り広げられた惨劇を理解することを拒 否していた。 小島晃一の背後下端から、突き上げるようにして胸部までを貫いているのは、木 の枝ではないのか? では、地上数メートルもの高さに生えている枝に、小島晃一はどのようにして刺し貫かれたのか? その疑問は、次の瞬間、氷解する。 恐ろしい形で。 ざ………… 新緑に彩られた枝が、一斉にざわめいた。 まるで、触手のようにのたうちながら。 悲鳴を上げろと、脳が命令する。 だが二人の声帯はまったくの役立たずと化していた。 ぐ――と弘の喉が音を立てた。 晃一を生け贄にして血の供給を受けた巨木の根元で、むくむくと地面が動きはじ めた。 土くれを押し退けて、無数の蛇が鎌首をもたげた。 ――否。蛇ではない。 蛇であった方がどれだけよかっただろう。 根だった。 巨木の根だ。 地中深く、静かに養分を吸い上げているだけのはずの無数の根が、まるで独立し た生きもののようにうねうねと蠢きながら次々に地上に這い出してくるのだ。 それが、掌を突っ張るようにして大きく広がると、巨木ごとぐうっと持ち上がり はじめた。 たちの悪い冗談のような光景だった。 おとぎ話のさし絵の中でこそ、ふさわしい出来事だ。決して現実の世界にしゃし ゃり出てくるはずのない、森の妖精物語の。 それが、弘と静子の目の前で展開されている。 大量の朱に色彩られて。 逃げるんだ――脳裏に警報のごとく繰り返される言葉もまるで無力だった。歩く、 という単純明快な自明の能力を眼前の巨木に吸い取られてしまったように、全身が 強ばった頑固な肉塊に変じていた。 その枝で晃一を刺し貫いたまま、巨木は無数にからみあった根を蜘蛛の脚部のよ うにのたうたせながら前進を開始する。 死ぬのか――? 空白と化した脳内に、その言葉はやけに非現実的に響きわたった。 ――死ぬのか? 晃一と同じように、木の枝に不様に死骸をさらされて、自分も 死ななければならないのか――? そんな思いが頭の中をよぎった時だった。 二人と、巨木との間をぬうようにして、閃光が奔り抜けたのは。 ごっ、と、なにかがぶつかりあうような重い音が響き―― 巨木の中間部分が、めきめきと音を立てて裂けた。 折れてぎざぎざになった断面から、どろりとした黒い液体が溢れ出す。 こわれたカセットデッキがあげるような悲鳴が、どこか遠いところで聞こえた。 どさり、と二つに引き裂かれた巨木が横倒しに倒れた。 そして、断末魔の動物のように怪木がのたうちまわるその先に――ひとりの少女 の姿があった。 ポニーテールの、十七、八の愛らしい少女。 が――二人は見た。 その口もとからのぞいている、白い、鋭利なもの――それは、野獣の牙にほかな らなかった。 抑えに抑えられていた悲鳴が、今やっと、張り裂けんばかりに喉を震わせるのを、 静子はまるで他人ごとのように耳にしていた。 4 扉だった。切り崩されて崖状になった台地を掘りかえしていた人々がそこに発見 したのは、明らかに扉であった。 入口ではない。外部と内部を隔てるための石でできた扉が、たしかにそこに存在 しているのである。 監督官役の斉藤助手の指示で、すぐに菊村教授を呼びにやられた。 菊村は観音開き式の扉を目にした途端、硬直したようになりながら驚愕に眼を見 開いた。 そこに、にわかに喜色が湧き上がり、周囲を取り囲んで佇む作業員に向けて叫ぶ ようにして言った。 「なにをボヤボヤしてるんだ。はやくこれを掘り起こしてくれ。慎重にな!」
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