空中分解2 #0911の修正
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1 酒井信就(のぶちか)の嫡子正信(ただのぶ)は、わずか18歳にして「若き 猛将」と呼ばれたが、実のところはただの戦好きに過ぎなかった。 たしかに、正信は16歳になったばかりの春の初陣で見事な勝利を収めた。し かし、それは何も正信の器量が優れていたからではなかった。 幼少の頃から気むずかしくて短気な性格であることを知っていた父親の信就が えりすぐって優秀な武将たちを側近に配し、その武将たちの活躍あっての勝利で あったのである。 しかし、そんなわけなど知らない他国の者たちは、正信を一人前の武将と認め たし、何よりも正信本人が己の才覚によるものと思い込んでしまったのである。 正信の身勝手、わがままに一層拍車がかかったのは言うまでもない。そのため に多くの命が無駄に費やされることになる。 秋も深まったある日のこと、北辺にある酒井正信の砦が隣国の三条頼親(より よし)の軍勢に急襲された。 そこは、三条と酒井の領地の境界に位置し、昔から領有権をめぐって争いの絶 えないところであった。そのあたり一帯からは良質の金が採掘され、もともとは 酒井家の流れをくむ榊という豪族の土地であったのを、三条の先代が武力で制圧 し支配下に置いていたのだった。ところが、こんどは三条が西方から脅かされる という事態に陥り、頼親の代になって信就との間でゆるい同盟関係が結ばれ、そ の証として三条側が兵力を引き上げ、再び酒井の領地に戻っていたのである。 そんな事情もあって、信就は若い正信のために天保山の近くに新しい館を建て その砦の防備を任せてあったのである。しかし、正信には北辺の砦など少しも魅 力のあるものではなかった。側近の武将たちの心配をよそに砦はほったらかし同 然といった状態であった。その証拠に、砦とは名ばかりで丘の上にわずかばかり の土嚢が積んであるだけであった。 その中央に、かつて金を採掘していた時の小屋がいまは守備兵の寝泊まりする ところして使われており、側に高さ3メ−トルばかりの見張り台がしつらえてあ るに過ぎなかった。小堺という四十過ぎの侍を頭にわずか二十名ばかりの雑兵達 が毎日を退屈に過ごしていたのであった。 それを三条軍はおよそ二千の兵で襲ったのである。寒い朝であった。「わあっ 」という喚声が起こったとき、砦の者は一人残らず夢の只中にあった。さすがに 小堺がいち早く異変に気づいて起き出してみた時には、すでに三条軍はわずか百 メ−トル足らずのところに迫っていた。 とるに足らない小競り合いの後、酒井の守備兵はいくつかの死体を遺して四散 した。 命からがら、やっとのことで正信の館にたどりついた小堺たちを待っていたの は、ねぎらいの言葉でもなければ、熱い雑炊でもなかった。激怒した正信の制裁 が、彼らを待ち受けていたのであった。 「みすみす三条に砦を明け渡し、逃げ帰るとは何事だ。よくも恥をかかせてくれ たなっ。ええい、顔も見たくないわ。一人残らず即刻打ち首にしてしまえ!」 側近の武将たちが取りなしたが、正信の怒りは容易には治まらなかった。そも そもその北辺の砦を一度も訪れた事がなく、したがってそれがいかに名ばかりの ものであるかも知らなかった。二千の敵兵に襲われた部下の大半が逃げ帰っただ けでも好運であった、などという器量を正信は持ち合わせていなかった。 側近の一人である坂井雅楽(うた)は、最後まで正信に助命を訴え続けたが、 「言うなっ。それ以上口が過ぎれば、奴らと同じ穴に入ることになるぞ」 正信は、いっそう形相を険しくするばかりであった。 2 「行くぞ」 正信は、席を蹴ると声を後にした。驚いたのは側近の武将たちである。 「若さま!」 互いに声を荒げると、誰かが正信の裾を引いた。 「どこに行かれます」 「たわけ。言うまでもないわ。砦を奪い返すのだ」 居会わせた者は、声もなくただ顔を見合わすばかりであった。 「さあ、続け」 正信は、青ざめた顔を引きつらせた。 「若さま、お待ち下さい」 正信のお守役を勤めた本田忠重である。忠重は、側近の武将たちの中でもっと も年長であった。 「館には、わずか百名足らずの兵しかおりません。しかも、あの砦を奪うに二千 もの軍はあまりにも多すぎます。三条には何か深い企みがあるように思われてな りません」 それがどうした、という顔で忠重をにらんだ正信であったが、さすがに言い返 「ここはまず館の守りを堅め、大殿にご報告し、急ぎ兵を集め、さらに物見を放 って三条軍の狙いを見定めることが緊要であろうかと思われます」 忠重は、息もつかせず一気に言葉をついだ。いつのまにか、正信はその場に座 りこんでいた。 「おう、それなら物見には小堺が適任だ。奴なら敵の様子を承知している」 金太郎のあだ名のある榊原伊右衛門がびっくりするような大声を上げた。それ を聞いた正信が膝を立てたのと同時に坂井雅楽が声を荒げて伊右衛門に喰ってか かった。 「金太郎、何を言う。若さまのお心を踏みにじるつもりか。よいか、小堺はこと もあろうに砦を捨てわれ先に逃げ帰った罪ある者だぞ。それを再び物見の任に就 かせようとは、どういうことだ。その了見を若さまの前でしかと弁明出来るもの ならしてみろ・・・」 坂井の長々とした演説のような話を聞いているうちに、正信は小堺たちのこと など、どうでも良いという気持ちに傾いていた。正信にとって一番の関心は、い かにして砦を奪い返し、失ったであろう名誉を挽回するか、に移っていたのであ った。感情の起伏の激しさは、意思のなさの裏返しに他ならなかった。 「これ、坂井。もうよい。金太郎に任せてみよう」 あっけにとられた伊右衛門が視線を移した先に、坂井雅楽のニヤリとした顔が あった。 3 本田忠重は、坂井の機転の巧みさに改めて感嘆するとともに、幼少の頃よりわ が手で育ててきた正信の少しも変わらぬ身勝手さぶりに落胆せずにはいられなか 父親の信就が、南方の朝倉勢討伐のため三千余の軍勢を引き連れて留守にして いることなど、これっぽっちも頭にない正信の言動に、忠重は腹立ちすら覚える のであった。しかし、愛憎の気持ちは別であった。どうしてもそんな正信を突き 放すことは出来なかった。そんな自分の気持ちを、忠重は小さく笑うしかなかっ た。 「では、軍議を開く。急ぎ主だった者を集めよ」 忠重は、気を取り直すと武将たちに指示を与えた。 「金太郎よ。小村弥介に、小堺を連れて物見に出るよう伝えよ。それとこの書状 を大殿に届けるよう早馬を出せ」 小村弥介は若いながら腹の座った目先の利く男で、忠重はこの正信と同年代の 若者を随分と重用していた。 金太郎が走り出たのを合図に、館は文字どおり戦場のような騒々しさと緊張感 に包まれた。 次の日の夜遅く、信就は忠重からの危急を知らせる書状を寝所で受け取った。 「ちっ、頼親め」 怒りの後、信就は深い後悔の念にとらわれた。 「うむ。あわてて失態を演じなければよいが」 正信のことであった。忠重の書状にもある通り、三条軍の動きは何か計算され たものに違いない。北辺のちっぽけな砦一つを奪うのが目的とは到底信じられな い。二千の軍勢は何を意味するのか。忠重の書状もそこに的を絞っていた。軽率 に動けば、三条の思う壷にはまることになるに違いない。 「忠重がついておるか」 正信のカッとなってわめき散らす姿が目に浮かぶようであった。すぐにも飛ん でいきたい思いであったが、朝倉討伐は始まったばかりで、しかも予想以上に手 強い相手であったから、すぐさま手を引くことは不可能であった。下手に軍を引 けば逆に追い討ちをかけられ、つまらない損害を出すことは明かであった。 忠重の不安といらだちもそこにあった。少なくとも信就は一ケ月は戻れぬであ ろう。三条がこの時期を選んで領内に攻め込んで来たのも、信就の留守を知って の上でのことは明らかであった。 「三条頼親の狙いは、この館に違いない」 金太郎がまず軍議の口火を切った。何人かが同意の声を上げた。 「砦を奪うだけなら、二千もの大軍はいらん」 それは誰もが認めている。 「朝早くに砦を襲ったということは、陽のあるうちに天保山(てんぽうざん)を 越えようとの魂胆に違いない」 「いやまて。砦から天保山までは八里(約32キロ)はある。あの険しい山道を 二千もの軍勢が一日で越えるのは不可能に近い」 村田市兵衛が口を挟んだ。市兵衛は、金太郎と同年輩の若武者で、鉄砲隊の組 頭をしている。二人は、何かと競争意識を持つ間柄であった。 「市兵衛よ。戦は理屈ではないぞ」 金太郎は、見下すような調子で市兵衛をにらんだ。 「これ金太郎。大声は禁物だぞ。それに人の話は最後まで聞くものだ。市兵衛は 結論を言っておらん」 忠重である。放っておくと、二人だけの口論になってしまう。 結局、軍議は二つの意見に分かれた。一つは、金太郎の言うように三条軍は一 気に館を攻め、あわよくば信就の居城をも襲い、他国の地にある信就に降伏を迫 る、といものであり、もう一方は、砦一帯の旧占領地を再び支配下に置こうとい う限定的なものである、というものであった。 「では、なぜ二千もの軍が必要なのだ」 金太郎が後者の意見に噛みついた。 「それは、三条頼親の策略だと思う」 衆議入り乱れる中にあって、それまで沈黙を守っていた坂井雅楽が静かに口を 開いた。 「奴は、われらに『館を攻めるぞ』と思わせ、守勢に回わらせようとしているの だ。われらが、館の防備にかかっている間に、砦を出城として強固に堅めさらに は天保山に物見の砦を築こうとの企みであろうと思う」 むっ、そうであろう。忠重は思わず膝を打った。 「ではどうするのだ」 金太郎は振り上げたこぶしを降ろしかねていた。 「こちらが先に天保山に陣をたてるのだ」 「何を言っておる。敵はとうに天保山を手にいれているわ。館を堅めることこそ 肝要だ」 年寄りの一人が、とんでもないというばかりに膝を立てた。 「いやいや、雅楽殿の言うとおりだ。館をお守りするためにも、いち早く天保山 に陣を立てるべきだ」 金太郎が、我が意を得たりとばかりに語気鋭く言い放ったので、一同はその代 わり身の早さにあ然とするばかりであった。もっとも、金太郎こと榊原伊右衛門 にしてみれば、三条の狙いが館である、との考えを改めた訳ではなく、撃って出 てこそ敵の意図をくじく事が出来るのだ、というのであった。 う展開になっていった。 4 それまで、軍議もどこへやらそわそわしていた正信が、金太郎のひとことでが らりと態度を変えたのを、忠重は見逃さなかった。 正信はとにかく出陣したくて、うずうずしていたのであった。満面に笑みを浮 かべる正信の様子に、忠重は腹の中で舌を打った。 しかし、考えてみればこれは願ってもない機会かも知れなかった。なんとか三 条の軍を押し返すことが出来れば、正信を見る信就の目も変わるだろうし、何よ りもこの苦しい戦を通じて正信自身が成長してくれるに違いない。天保山に陣を 築いて戦えば、二千を相手に十分勝算はある。忠重は自分にそう言い聞かせた。 「雅楽、兵はいくらになった」 忠重は出陣の腹を固めた。しかも急がなければならなかった。 「はい、およそ四百かと。明朝までには、さらに百は」 「むっ。で、鉄砲組は」 「五十ばかり」 「幸いに、新式銃の訓練も昨日までに出来ております」 村田が、晴れがましい顔つきで付け加えた。 「よしっ、出陣ぞ」 正信であった。 絶叫すると、もう立ち上がっていた。金太郎と村田が先を争って飛び出した。 「子細は忠重に任す」 正信は、一言残すと紅潮した顔を震わせて身支度に向かった。軍議の部屋には 忠重と雅楽の二人だけが残された。 「問題は敵がどこまで出てきているか、だな」 敵は絶対に天保山を越えることはない。そうすれば三条の領地から遠くなりす ぎ、補給線が延びすぎることになる。そんな危険を犯すには二千の軍は中途半端 だ。それに、もし敵が天保山をすでに越えたとすれば、領民らからの知らせが届 いている筈で、未だにそれがない。また、小堺の話では、襲ってきた軍勢の中に 総大将の旗印は見えなかったというから、敵陣に三条頼親がいないことは疑いな い。三条頼親なしで館にまで攻め込むなど有り得ないことである。 雅楽は、そんな自分の考えを忠重に聞かせた。 つづく
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