空中分解2 #0902の修正
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同時に、さしのべた両腕の中へ、葉子の裸身が飛びこんできた。 見開かれた双眸の奥に、異様な光が瞬く。 柔らかい乳房が胸におしつけられた。 「武彦さん」呼びかけた声もまた、情欲に濡れている。「抱いて」 口唇が喉を妖しく這いはじめた。どこかたどたどしく、限りなく淫蕩に。 「悪い冗談だな」 冷徹な視線が、虚空をにらみすえた。 激痛が咽喉部を直撃した。 赤く濡れ光る唇の下でためらいもなくたてた歯に、葉子は思いきり力をこ めていた。 血臭が立ち昇り、喉の肉がごそりと噛みちぎられた。 背にまわされた白い華奢な少女の腕が、万力のごとく胴を絞めつけた。 みしりと、骨が音を立てる。 武彦の顔面に苦痛の表情が浮かんだ。 その口腔内で、呪文が紡がれた。 葉子の腕の中に固定されたまま、武彦の身体がゆらりと震えた。 だが、噛みちぎられた喉の傷は、消滅しない。 「野郎」 つぶやき、奥歯をきしらせた。 胸骨が今にも砕き潰されそうだ。抱き締める葉子は、とろけるような微笑 を浮かべている。 「いいかげんにしやがれ」 絞り出した声とともに、武彦は葉子に微笑を返した。 凄絶な笑顔だった。 捕縛された腕に、ぐいと力をこめる。筋肉が隆起し、絞めつける万力の腕 が徐々に圧しかえされた。 胸と胸との間に、空隙が開いた。上腕で葉子の圧力を跳ね退けながら、武 彦はその空隙に両の掌を据えた。 印が結ばれた。 咒が流れ―― 電光が放射された。 激烈な光の圧力が、葉子の裸体を弾き飛ばした。 と同時に、武彦の身体が再び前進を始めた。 飛翔を始める光の矢の行く手を、葉子が阻んだ。 否。葉子の姿を借りた者が。 憎悪に充たされた、邪悪な魂が。 「どけってんだよ」 叫びざま、右手がベルトの後ろにまわされた。 銀光が白い裸身に縦線を刻む。 一瞬、愛くるしい少女の顔が鬼女の形相と化した。 その鬼の顔が、苦痛に歪む。肩から腰骨にかけて切り裂かれた縦線に朱が 奔る。 噴き出した血が汚汁となって飛び散った。 美しい裸身が急速にしわがれていき、そして二つに断ち割れる。 左右に別れる汚物をぬって、電光と化した武彦が進撃する。 ――どこだ、ゆかり。 問いかけは気の矢と変じて放射された。 ――こっちよ。 ゆかりの意識が応えた。 赤く燃え上がる空洞の彼方に、門が開いた。 その周囲に、血管が縦横に走り抜けている。中心に口を開けた穴は、星を たたえた黒瞳か。 一気に突き抜けた。 「兄さま」 二つの影が視界に入る。 ゆかりと、そして葉子だ。 今度はまぎれもなく本物に違いあるまい。 武彦は短剣をふりかざした。 ゆかりと葉子の背後に、吐き気をもよおす光景が展開していた。 風荒涼と吹き荒ぶ灰色の砂漠。 格子状に枝を広げた、繊毛のたうつ樹状の触手。 宙に浮かび武彦に焦点を定める無数の血走った眼球。 漂う塵芥は、そのひとつひとつが白子のぶよぶよとした昆虫だった。 なんという荒廃。なんという寂寥。これが、この異世界を造り出した者の 心象風景だとしたら、それはあまりに残酷で、そして絶望に充ちていた。 「見て、兄さま」 ゆかりが指差す先に、武彦と葉子は視線を向けた。 個々の奇怪な構成物がひとつになって、それはさながら一枚の巨大なだま し絵のように別の映像をつくり出していた。 蒼白の微笑を浮かべた、一人の男の肖像を。 「これで終わりだ」 つぶやき、武彦は目を閉じた。 呪文が響きわたる。 ふいに絵画は揺らぎ、溶けるように歪み始めた。 狂ったように砂塵が逆巻き、眼球が群れ集って苦痛に涙を垂れ流した。 ――ひーーーーいーーーーいいいいいいいいいいいーーーー 哀切極まりない苦鳴が、武彦の呪文に重なった。 そして――激烈な圧力の奔流が三人を跳ね飛ばした。 破砕音が響きわたり、同時に暗黒が世界を支配した。 ――出セ! ――出セ! ――オレヲココカラ出セ! “声”は今や、三人の耳にひとしなみに届けられていた。 ――オレヲココカラ出セ! ――出セ! ――出セ! ――出セ! 狂える叫び声にこめられているものは、呪咀、怨念、憎悪、そして―― 「……もうやめろよ」 武彦の声が、闇に響いた。 静かな声だった。 「もう帰るんだ。な……」 声は、沈黙した。 哀しげな静寂が、遠く闇を満たす。 武彦は短剣を握り、鞘を払った。 白光が闇を薙ぎ――両刃の剣が閃光となって飛翔した。 そして、絶叫が世界を揺るがせる。 その背後には哀しみと、そして――安らぎがあった。 秀明の腕の中で、葉子が微かに身じろいだ。 「――葉子!」 千草が叫び、秀明も目を剥いて娘の顔を凝視する。 静かに、両のまぶたが開かれ、少女はうっすらと微笑んだ。 「葉子!」 安堵の叫びとともに、千草は娘の体をかき抱いた。 秀明がゆかりに視線を移すと、少女は組んだ足をほどこうとしているとこ ろだった。 問いかける視線に、ゆかりはにっこりと微笑みながらうなずいてみせた。 「終わりです。全部」 立ち上がり、暖炉の中をのぞきこんだ。 「兄さま」 呼びかけに、地の底から緊張感を欠いたのんびりとした声が応えた。 「生きてるよ」 そして、ほんのりと灯火が灯された。 柔らかく、暖かく、そしてどこか寂しげなその光は、蝋燭の炎だ。 「今いくわ」 ゆかりは火明かりに呼びかけ、四人は順に梯子を降っていった。 つつましやかな炎の光に浮かび上がった地下室の内部に、舞い上がるほこ りがゆらゆらと漂っていた。 乱雑に散らかされた室内――イーゼルの立ち並ぶ奥まった一角に、一枚の 肖像画が掛けられていた。 豪奢なフレームの中で胸に短剣を突き立てたまま微笑む南条隆行の顔は、 まるで泣いているように見えた。 「四角く囲まれた狭苦しい場所――」 哀しげな、そして限りなく優しい口調で、葉子がつぶやいた。 「形が似れば魂が宿る……」 応えて微笑んだ武彦も、どこか寂しげだった。
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