空中分解2 #0879の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「ふぅ」 疲れてきた美里がゆっくりとバックで泳ぎはじめる。 一息ついた斉藤は対岸の岩に上がる。 そうなってはじめて、雄大な自然が目に入ってきた。 そびえ立つ大木。 あふれる木漏れ日。 小さな鳥の鳴き声。 ざざざっ、ざざざっと、滝の落ちる音。 すべてが心地よく、五感を賑わせてくれる。 川の流れの中にかまえる岩の上に座り込んだ由岐は、膝を両手でかかえ、滝の 落ちる音に耳を傾ける。 斉藤は岩肌に寝転がって、木漏れ日を見つめていた。 滝の落ちる細川では、きついはずの夏の日差しもいくぶん柔らかく、静かに休 む子供達の冷えた体をゆっくりと暖めてくれていた。 廊下の突き当たりの部屋は、半分が本で埋まっていた。 暗くそれでいて乾燥した部屋。小さな窓から漏れるいく筋かの光が、まるで太 陽のように明るい。 部屋はそのたったいく筋かの光によって照らし出され、古くさくも、懐かしく もある、茶褐色の木の肌を浮かび上がらせていた。 御影と未杉、それに阿綜先生は、綾や彼女の両親の写っているアルバムを取り 出して、見ていた。他人のアルバムと言えど、そこには暖かい想い出がつまって いることが誰でも感じることができ、時間を忘れるほどに3人は見つめ続けてい た。 降霊師といっても、彼のやる降霊は恐山のいたこのように口寄せをするのでは ない。 やりたくとも、彼には霊力はほとんど無いのだから、できるわけがない。 それでは、なぜ彼が有名な降霊師なのか? −−−− それは彼が霊力の代 に、煙の中に人の姿を浮かび上がらせる能力を持っているからなのだ。 そんな事情を知っている人達は、彼を「夢見せ師」と呼んでいる。 晴れた日の夕方、彼は太陽を背にしたところで煙を炊き、そこに会いたい人を 浮かび上がらせる。 会いたくても、どうしても会えない人。 遠きに忘れていった人に出会い、人ははかなくも涙を落としてしまう。 その後、人は彼に感謝し、彼を降霊師と呼ぶようになったのだ。 彼がどうやって、煙の中にビジョンを浮かび上がらせているのかは解らない。 が、どうも彼の話によると、子供の頃からそんなことができたらしい。 子供の時には、まるで空に浮かぶ曇のように「みたいに見える」といった程度 しかできなかったのだが、いまでは小さなほくろまでその煙の中に再現がするこ とができると言う。もう今では、その道30年のプロであった。 彼はだいたい浮かび上がらせたい人のことを事前に調べ上げるために、その家 にいっては「他の霊を呼び寄せないように」と言って、写真を見たり話を聞いた りしている。 そこで彼を呼ぶ人はだいたいの事情に、それとなく気づく。 だが会いたい人に会えたとき人は涙せずにはいられず、後で彼に深く感謝する のだった。 たとえそれが本物の像でないと解っていても、世の中にはたくさん会いたい人 がいるし、会って泣けてしまう人がいる。 そんな人達に映像を見せ続けるのが、「阿綜先生」と呼ばれる彼の仕事であり、 それ故、彼は「夢見せ師」と呼ばれるのだった。 綾の幼少から、今に至るまでの写真をじっと懐かしむように見つめては、目を つぶり、何かを思い出すかのようにして、憶えこむ。 そんな動作を幾度となく繰り返していた。 アルバムも残り少なくなってきたとき、ページをめくっていた榊の手が止まっ た。 「どうしたんですか?」 未杉が問いかけたが、榊はそれでもしばらく黙り込み、一枚の写真を見続ける。 やがて、榊はおもむろに首を横に振った。 「いや。この写真、綾ちゃんに似ているなっ、て思ってね」 よくみると、それは綾のお母さんがたった一人で恥ずかしそうに立っている写 真だった。 「本当ですね………、目元なんかそっくり」 阿綜先生もその写真を飽きることなく見つめていた。 日付を見る。 八月二十日 −−−−−− それは、事故のあった日だった。 ああ、やっぱり。 未杉がページをめくると、榊の想像通り、後は真っ白だった。 榊は目を閉じた。 藍色のワンピース。長い髪をてっぺんで結った頭。可愛らしいえくぼ。 間違えようもなく、昨日の夜あった女の人のそれであった。 そして目を開き、綾の一言を思いだした。 「『流産した弟』か………」 「えっ? 何?」 「いや………、何でもない」 榊は黙り、それ以上語ろうとはしなかった。 未杉も榊から何かを感じとったのか、やがて視線をアルバムの方に戻してくれ た。 榊の頭の中では全ての問題が解決していた。 アルバムから目をはなし、明かり戸を見つめる。 榊は、水と戯れる綾と御影と、そしてみずきのことを、思い浮かべるのだった。 弥生と綾はお互いにみずきの手をとって岸に上がり、休んでいたが、やがてみ ずきは御影が陸に上がったのを見かけると、話をしている二人を置いて御影の方 に駆け寄っていった。 御影は頭を振って髪の水分を取り除き、みずきがすぐに横に座ってもまるで気 づいていないように振る舞っていた。 「おい、御影」 「………………なんだ?」 「ねえちゃんのこと、好きか?」 髪をなぶっていた手を止め、振り向いてみずきの顔をじっと見つめた。 だがすぐに、まるで何もなかったのかのようにもとの方向に顔を向けると、何 も言わずに黙ってしまった。 みずきはさらにつめ寄った。 「ねえちゃんを守っていける自信はあるんか?」 この問にもまったく答えようとしなかったが、あくまで答を聞くまで顔をそむ けなかったみずきに負けたのか、一言だけ、 「それぐらいしか、やれることがない」 と呟いた。 それは御影にとって、どの程度の意味あいのある言葉なのか? 父のように仰ぐ綾の叔父に「守ってやってくれ」と頼まれたのは、一年前。綾 が入学してきたときのことだ。 とにかくその当時は、力だけが自慢だった御影は、自分は用心棒として頼まれ たものだと思っていた。 実際、そうなのかも知れない。 だが、みずきが問うているのはもちろん、そんなことではない。 「一生、綾を守ってやっていけるのか?」 そんな意味であることは、御影も気づいていた。 しかし、何故そんなことを聞いてきたのか? ………御影はそこまでは考えが 進まなかった。進んでいたなら、きっと榊が気づいた点まで、御影も気づくこと ができたかも知れない。 だが、この時はみずきの答を考えることで必死だった。 好きなのか? それは解らない。 守ってやれるのか? そのことには幾分、自信があった。 そして、なによりも、危なっかしい綾を守ってやりたい、という気持ちが強く 心の中にあった。 それが、好きというものなのか? それはやっぱり、解らない。 御影は、自分がそういった事が不得手である事を、自分でも良く知っていた。 ただ、自信をもって言えることは一つ。 綾を守る。 それだけは、言えるような気がした。 「俺が、守るよ」 それだけ答えると、みずきの問と、そして昨日から続いていたもやもやが、空 のように晴れてきたような気がし、御影は両手で髪をすいた。それは、頭の中で 答が浮かんだときの彼のいつもの儀式だった。 みずきもそれなりに満足のいく解答をもらえたようで、その表情にはだんだん ともとの少年らしい笑顔が戻ってきていた。 いや、違う。 その表情には幾分、恥ずかしそうな部分があった。 どうも、何か言いたいことがあるが、話しにくいといった表情だ。 しかし、話が終わったと思った御影はいきおいよく立ち上がった。 みずきは一瞬だけびくっと体を震わせ、御影の顔を見上げた。 そこにみずきは豹を見た。 「………………」 陽を背にした野生的で精悍な顔立ち。昨日の笑っていた顔からは想像できない ほど引き締まった顔は、まさしく豹のそれだった。 力強い、じっと目標物を見つめる目。
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