空中分解2 #0871の修正
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榊はやや皮肉を込めてそう言ったのだが、その皮肉も今回は空振りに終わった。 理事長は持っていたビールをごくりと一息に飲むと、意外そうにこう答えたの だった。 「なんだ、綾からなんにも聞いていないのか………。綾の両親の一回忌だよ。三 日後は」 理事長がそう呟くと、一同は顔を見合わせた。 綾は一年前、両親を交通事故で亡くしている。 その後、彼女の叔父にあたる理事長に引き取られたために、暮らし慣れたこの 地を離れ、榊達のいる学校へ入学することとなったのだが……。 「もう、一年もたつのですか。綾さんが入学してから」 「月日がたつのも早いな」 理事長は何か思うところがあるらしく、縁側の柱にかかる風鈴をしばらく見つ めていた。肌にやっと感じることのできる程度の弱い風に、風鈴はその身を揺ら し、ちりーん、とどこか寂しげな音を出した。 「理事長……では、私たちは何のために呼ばれたのでしょうか……そんな忙しい ときに」 「私は、お前らを雑用にこき使ってやろうと思っていたのだが………」 「ざっ、雑用……」 斉藤と弥生あたりが、思わず呻いてしまった。 「私はそう思って呼ぶよう、綾に招待状を書かせたのだが、何も言っていないと ころを見ると綾はあくまでお前らを客として呼んだらしいな。……まあ、それも 良かろう」 榊達はお互いに顔を見合わせ、暗黙の了解を交わしあった。 力一杯遊ぼうと思ってきた気持ちは変わらないが、綾一人に世話をかけるつも りなど初めからない。ここは一つ、綾のために一肌脱ごうかと、誰もが考えてい た。 そこにいたって、初めて思い出したかのように、榊がこう呟いた。 「そういえば、綾ちゃんは」 見渡しても広い部屋には他に誰もなく、ただ廊下からずいぶんと年のとったば あさんが冷たい麦茶を持って、こちらに向かって来ているだけだった。 軽快な調子で由岐がすっくと立ち上がり、7つのコップの乗ったお盆を受け取 る。 「すまないねぇ。お嬢ちゃん」 「いいんです! お世話になる身ですし」 由岐が一つ一つ冷えたコップを手渡していると、理事長が 「ばあや、綾はどこに行ったかな?」 と聞いた。 「いつものお墓参りですよ。旦那様……」 ばあやと呼ばれたおばあさんは、皺だらけの顔に満身の笑顔を浮かべた。 「もう、そんな時間か」 呟くような理事長の声に、ばあやはゆっくりとうなずいた。 郷里に帰ってきてからは毎日、綾は決まった時間にお墓参りをしているらしい。 規則正しく、そして優しい彼女の、彼女らしい行動であり、一同は説明された 後に納得したようにうなずいた。 ばあやの満身の笑顔も、おそらくそんなところから来たのであろう。 外を見ると、夏の日差しが庭の草花を照らし、弱い風が庭一面に広がる雑草を 揺らしていた。 その向こう、視界に入るか入らないかの所に、墓石の灰色の光の反射が見える。 特にすることもない榊達は、先ずは綾とその両親に会いに行くことにした。 ☆ 墓の入り口から随分と歩いたというのに、綾の姿はいっこうに見えなかった。 細い道はさらに何重にも入り組み、ばあやの道先案内がなければとてもではな いが、歩けたものではない。 墓場の道中にはときおり目印のように、齢千年かとも思わせるような柳がその 葉を深く地に垂らし、道の角には苔むしたお地蔵様がたたずんでいる。静かな墓 場は、なぜか涼しいほどであった。 とにかく、恐ろしいほど広い。 歩けど、歩けど、墓の終わりが見えることが無いのだ。 綾の一族を合わせたところで、ここまでいくまい。おそらくは、ふもとの人達 などの霊をも代々祭ってきているのだろう。 大きいものは5mをこし、小さいものは1mもない。そんな墓石が、無秩序に 見渡す限り広がっているのだ。 さすがに疲れが出てきた頃になってやっと、ばあやが救いの言葉をかけてくれ た。 「ほれ、もうすぐですよ」 腰の曲がったばあやが呟いてすぐの角を曲がると、数十m離れたところに綾の 姿を見つけることができた。 ………夏用の着物なのか、それとも浴衣なのか……。 二枚ぐらいに重ねたような白い和服を生の肌の上に着込み、綾は自分の身長ぐ らいはありそうな大きな墓石の前に座りこみ、静かに手を合わせていた。 墓石のてっぺんからは柄杓によってかけられた水がしとしとと落ち、墓前には 赤と黄の色鮮やかな花々が飾られてある。 そして、そのすぐ近くには、今まで見た中でも特に大きな柳が、その身を持て 余すかのようにゆったりと揺れていた。 空に向かって線香の煙が一本のすじを作って舞い上り、風がその途中で消し去 る。 その一枚の風景写真のような光景に、一同は思わず歩みを止めた。 暑いはずの気温も忘れ、蝉の鳴き声までが涼しく感じるほどに、その綾の姿は 自然にとけ込んでいた。 自然の緑に、石の灰色、その中の世界に一つ、綾の白い服が浮かび上がってい た。 「さながら、夫をなくした未亡人ね」 弥生が思わずそう呟き、誰も反論しなかった。 やがて綾は目を開け、ゆっくりと立ち上がる。 「………………」 しばらく墓の前でたたずんでいたが、やがて綾は前から気づいていたかのよう にゆっくりと振り向いた。 柳が一迅の風にさわさわと揺れたとき、自分を見つめる十六の瞳に対して、綾 はにっこりとほほえんだ。 ☆ 「中国さんは来れなかったのですか?」 「いや、疲れたとか言って家の方で休んでいる」 帰り道、ようやく少し日が傾いてきた頃、一同は家へと向かった。 先頭を歩く綾の足どりにはまったく迷いはなく、ここで育ったこと、毎日通っ ていることをうかがわせていた。角を曲がり、角を曲がり彼女はゆっくり着実に 歩を進める。 蝉が苦しげな鳴き声をあげたかと思うと、近くに川でもあるのだろうか、ふい に蛍が一つ飛び上がった。 その蛍も、ゆっくりとさまようように飛んでいたかと思うと、どこかの草むら へと消える。 風はどこか夏の匂いがした。 三本目ほどの柳の木をこえるまでは、夏休みに起こったことをあれこれと話し ていたが、急に思い出したように榊が話の口火を切った。 「そういえば、一回忌なんだってね」 「そうなんです。………すみません、叔父様の勝手でこんな時に来ていただいて しまって。あの、できる限りは私がやりますので、ゆっくりしていって下さい」 「いやいや、そんなことは気にしないで。力のあまっている奴らばかりだから」 榊がそう言うと、後ろの方で聞きつけた由岐と弥生が 「誰が、力があまっているですって!?」 と言ってきた。 榊がとぼけた様子をみせながら、二人の攻撃をひょいひょいとかわす。 「でも明日だけ、ちょっと変わったことをやるんですよ」 「え? 変わったことって?」 綾はくすくすと笑っていた。 一迅の強い風が吹き、さっきの墓場と同じように綾の長い髪と柳の葉が揺れる。 一瞬だけ蝉が鳴き止んだその時に、綾は髪を押さえながら榊の問に答えた。 「降霊をするんです」 理事長が昼寝をするために広い部屋から出て行ってしまうと、美里はひとりぼ っちになってしまった。 一人で座り込んでみると、ただでさえ広かった部屋がまるで学校の体育館であ るかのようにも感じた。 「気持ちぃ……」 女性ながら175cmもの身長がある美里は、いつもどうしても体を丸めてしま う癖がある。相手が榊のように183cmもの身長があれば話は別だが、たいがい 自分の方が背丈があったりして、どうしても体をのばす機会が少ないのだ。 しかし、今は誰も見ていないうえに広い部屋。美里は心まで大の字になって、 畳の上に寝転がった。 目を閉じ耳をすませてみると、庭からみーーん、みーーん、と蝉の声が遠くに 聞こえる。あれだけうるさかった蝉のこえも、これだけ離れると耳に心地よい。 色濃く、影をおとす樹木。 明るい、緑の芝生。 庭の様子を頭に浮かべていると、風鈴の、ちりーん、という音が聞こえた。 長くのびる、金属と金属のふれあう音。 その音の余韻を味わっているとやがて、体の上をゆったりと抜けていく風があ った。
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