空中分解2 #0779の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「何? いなくなっただと?」 下田警部は、自分の耳を疑った。 「はあ、面目ありません」 電話の向こうで、米つきバッタのようにペコペコしているのが目に浮かぶほ ど情けない声で、相手の若い刑事は言った。 「信じられん。ちゃんと見張っていたんだろう、君は?」 「それが彼女、旅館の人に聞いて、裏口というか勝手口みたいな所から出して もらったみたいなんです」 思わず、下田は舌打ちをした。旅館の方に事情を説明しておかなかったのと、 玄関の他に出入口があることを確認していなかったのは、こちらのミスだ。 「後悔していても、しょうがない。君は鬼面良美がどこに行こうとしていたか、 旅館の人に聞いてみてくれ。まあ、聞くまでもないかもしれんが」 「分かりました」 元気のない声で、電話は切れた。 下田はため息をついてから言った。 「面倒なことになりそうだ。鬼面良美が、旅館を抜け出して、どこかに行っち まった」 「ええ? どこにでしょう?」 と、花畑。 「九分九厘、浜岡の所だ。まだ復讐をあきらめていなかったんだな」 「どうします? 浜岡の所へ、ガードをやりますか?」 花畑の言葉に対し、下田はしばらく沈思黙考した。そして言った。 「……いや。もう、引っ張ろう。こっちの手の中で護る方が、手っとり早い。 逮捕状は無理だろうからな。重要参考人として、任意同行を求める手で行こう」 「同行? どういうことですか?」 浜岡は、訳の分からないといった様子である。 「ですから、重要参考人としてですね……」 花畑の言葉が終わらない内に、浜岡は反論した。 「何故? 私は何の関係もない。今現在、あなた達が追っている事件にも、五 年前の事件にも。それはこの前訪ねられたときに、お分かりになってもらえた ものだと考えていましたが」 「実はですな、鬼面良美がですね、あなたのことを犯人だと思い込んでいるの です。それで、あなたの命を狙っている節があるのです。そのガードのために も、ぜひ……」 下田はさりげなく言ったつもりなのだが、相手は何か感づいたらしく、納得 しなかった。 「どうもおかしいな。断わったら、どうなりますかね?」 「……逮捕状を持って、やってきますよ」 「ほう、それならあなた達警察は、私が何か犯罪を起こしたと疑うに足る理由 とかいうのがある訳だ。はて、どんなもんでしょうかね?」 「……参りましたな。仕方ありません」 そして下田は、五年前の事件に関する浜岡のアリバイが崩れたことを説明し た。 「……これであなたが申し立てていたアリバイは崩れます。つまり、犯行は可 能だったってことになるでしょう。動機があって、アリバイがなければ、<疑 うに足る理由>になるんですな。鬼面麗子殺しは言うまでもないでしょう」 下田の説明に驚いたのか、浜岡の表情は、みるみるうちに蒼白となり、つい で紅くなった。 「冗談じゃない。たまたま、アリバイが崩れただけで、殺人犯にされてたまる か! だいたいだな、オートバイか車か知らんが、そんな物を、私が仙台で使 ったという証拠があるのか?」 「そいつはまだですがね。他にも色々と物証らしき物が出てきてますんでねえ」 「何?」 「こいつは、鬼面麗子の事件の方ですが、セーターっていう遺留品が。花畑刑 事、写真を持っていたな。出して」 「はい」 花畑はセーターの写真を取り出すと、浜岡の方に示した。 「これ、あなたの物でしょう?」 「あ、ああ。そうだ。どこにあった?」 「鬼面麗子の部屋にありました。これに染み込んでいた汗を調べましたら、浜 岡さん、あなたの血液型と一致したんですがね」 「知らん! このセーターはだな、一ヶ月かそこら前、クリーニングに出して いたら、盗まれてしまったものなんだ!」 「何ですと? 詳しく聞きたいですな」 そうして浜岡の話によると、問題のセーターは、クリーニングに出したとこ ろ、いつまで経っても戻ってこない。店に聞いてみると、女子事務員みたいな 方がビーエフの者だと言って取りに来たから渡した、と答える。浜岡としては、 そんな使いを出していない。結局、いたずらだったのでは、とうやむやになっ てしまった。時期としては、鬼面麗子殺し事件の起こる前に当たるという。 「そいつは確かでしょうな?」 「もちろん。その女が、私に罪を被せるために、盗んだんじゃないのか」 「クリーニング店の名前、お聞かせ願えますか」 すると浜岡が店の名前を口にしたので、下田は目で花畑に合図し、メモを取 らせた。念のため、店の名前を反復しておく。 「しかし、困りましたな。浜岡さんが犯人であろうとなかろうと、鬼面良美は、 あなたが犯人だと思い込んでいますから、あなたの命を狙うかもしれない。充 分、注意してください。外を歩く際は、なるべく多人数でお願いします」 「ふん、分かりましたよ。そちらも、重々、気を付けてもらいたいな」 浜岡の言葉が、良美を発見することを指しているのか、自分・浜岡が犯人だ と誤った捜査をしたことを指しているのか、下田には分からなかった。 「どうして、引っ張らないんです?」 「引っ張りたいのは山々なんだが、新しい話を聞かされたんじゃな」 不満そうな花畑に対し、下田はしょうがないといった態度で応じた。 「早速、クリーニング店に行ってみよう」 浜岡が口にしたクリーニング店に行き、話を聞いてみたところ、確かに、そ の様な事があったということだった。 「顔は、覚えていませんですかね?」 「か顔って、受け取りに来たお女の人のですか?」 まだ若い、丸眼鏡で小柄な女性は、どちらかと言うと、おどおどした口調で 答えている。ただの店員らしい。 「さあ、あんまり印象にないです。ももう一度見たらまだしも……」 「そうですか。ところで、ビーエフはいつもこの店に頼んでいる?」 「はい、いえ、いいえ」 意味不明の受け答えに、下田は戸惑った。 「どっちなんですか?」 「あ、あのですね、ビーエフさんとこが頼まれるんじゃなくて、は浜岡さん個 人がひいきにしてくれてるんです」 「ははあ、なるほどね。そのこと、誰でも知っている話なんだろうかね?」 「そうだと思います。一度、何かの雑誌に載ったはずだから」 より詳しく聞いてみると、何かの経済誌に浜岡がインタビューを受けた時、 ビジネスマンの顔の一つと言える背広の仕立てやクリーニングはどこでやって いるか、という質問が出たということらしい。 「結局、店の補償とかは問題にならなかったのですかな?」 「はい。浜岡さんが、まあいいよってことで、許してもらいました」 この後、一応、店の人の名前を控えてから、下田達二人は、恐縮しきってい るその女店員に、礼を言って店を出た。 「セーターの件が本当だとしたら、また分からなくなるぞ」 「そうですね。少なくとも、今度の皮剥ぎ事件は、誰の犯行か分からない」 店を出るなり、そんな会話を交わした二人は、雨が落ちてきたのに気付き、 急いで車を止めている場所まで走った。 「あいつらのおかげで、仕事にならんね、全く」 受付嬢にそんなことを言いながら、ビルを出た浜岡は、数日前に下田が言っ たことなぞ忘れてしまったのか、わざと無視しているのか、一人であった。 駐車場に行き、自分のに近付くと、運転席に乗り込む。まだ、運転手を雇う までにはなっていないのだ。 二十分ほどで自宅に到着し、車を車庫に入れて、車から降りる。 「浜岡さん」 背中で声がした。振り向くと、女性が立っていた。外灯がないので暗いのだ が、浜岡にとって忘れられぬ女のはずだ。 「何だ、良美ちゃんか」 よほど驚いたのだろう、浜岡は顔に感情を出した。 「良美? いいえ、私は麗子。あなたに殺された鬼面麗子よ」 「な、何だって? そんなはず、あるものか。麗子ちゃんは死んだんだ。冗談も休み休みに言えよ、良美ち……」 「そう、麗子は死んだの。あなたが殺したんだものね。冗談なんかじゃないわ。 こうしてやって来たのは、何故だか分かる?」 浜岡はその言葉に、身を震え上がらせたようだった。良美なんだと言い聞か せるように、ぶつぶつと口の中で言うと、彼は何か言おうとした。けれども。 「MU、JUDNH……」 震えて言葉にならなかった。 「あなたに復讐しに来たのよ。私達、鬼面家の恨みを晴らしにね」 「IIKGN……いい加減にしろよ、おまえ!」 浜岡は途中で唾を飲み込み、やっとのことでそれだけ言った。そして全力疾 走した直後のように、はあはあと息を切らせ、また口を開く。 「……ほんとに。俺は殺してないんだ。誰も! いい加減にしないと、こうし てやる!」 浜岡は折り畳み式のナイフを取り出すと、それを開いた。やはり刑事の言う ことが気になっていたのか。 そうして、鬼面麗子を名乗る女に襲いかかった……。 鬼面良美は死んだ。背中を刺されて死んだのだ。 犯人は良美の死体を前にし、鋭利な刃物をその手にかまえた。 刃先を死体の顎にあて、切口を付ける。箸を突っ込み、そこから徐々に、上 に向けて皮を剥いで行く。 下唇まで到達すると、一旦、止まる。唇の筋肉を切り離し、再び皮を剥ぎ始 める。むろん、上唇の筋肉も切り離す。 途中で、目玉がくっついてきたが、気持ち悪いので、無理に外し、眼窟に押 し込む。生え際まで持って来ると、あとはそこを切り離すだけだ。 皮を剥いだ顔を見るのは、これで二度目だが、まだ慣れない。まあ、一度目 のことが経験になってはいる。と、犯人は思った。 剥いだ皮は、手元に置いていてもしょうがないので、河原に行って焼いた。 返り血を浴びた服も一緒だ。嫌な臭いがしたが、夜だったので気付かれなかっ たはずだ。 「もう、これで終わり」 犯人は、小さくつぶやいた。 「待つんだ、浜岡!」 ナイフで女に襲いかかろうとしていた浜岡に、声が飛びついた。 その瞬間、浜岡は我に帰り、ナイフを取り落とすと、声の方を見た。 「け、刑事さん」 そこには下田警部と花畑刑事が立っていた。いや、立っているのではなく、 こちらに走り寄ってきている。 「見張りをしていてよかった。たまたま、今日は、私らの番でしたんでね」 下田警部は本当に安心したらしい声を出した。花畑刑事の方は、鬼面麗子を 名乗っている女を取り押さえている。 「鬼面良美、殺人容疑で逮捕する」 下田警部は、少ししわになった逮捕状を示した。 「……どうして? 私が殺した? 何を言っているのよ、あんた達!」 取り乱したように、鬼面は叫んだ。 「すっかり、だまされましたよ。我々は、あなたのことを、両親や姉のために 復讐をしようとする、自制はきかないが、情熱的な人だと見ていました。だが、 それは違った。あなたの演技だった。冷静な計算のもと、あなたは復讐を至上 目的とする女を演じたんだ。浜岡さんを犯人に仕立てるために」 「どうやって殺したのか、詳しく聞きたいわ」 鬼面は、装って見せているのか、そんな態度に出た。 「いいでしょう。その前にここは寒いですから。浜岡さん、あなたの家に上が らせてもらえませんかね」 「え? ……ええ、いいですよ」 ナイフを振りかざしているところを見られたという気まずさもあって、浜岡 は応じた。 家に入るや否や、下田警部はしゃべり始めた。早く話を済ませたいみたいだ。 「五年前の五月二十日、君と麗子の二人は、大学から帰って来るなり、鬼面安 治と竜子を殺しにかかった。どちらがどちらを殺したのかは知らないが、手際 よくできたはずだ。相手だって、何の警戒もしていないだろうからね。 その後、警察を呼び、浜岡の車を目撃したと偽の証言をする。はっきりと、 浜岡が殺しているところを見たと言わなかったのは、どうしてだろう? あま りに都合がよすぎるからかな。まあ、それはいい。 ところが証言をしてみて、君らは困った。いつもなら神戸近辺にいる浜岡が、 その日に限って、仙台に行っていたなんて、全く運が悪い。君達は最初の証言 を変える訳にいかず、押し通した。が、浜岡にアリバイがあれば、警察だって 取り合わん」 ここで下田は、聞き手の反応を見るかのように、間を置いた。そしてまた、 話し始めた。 −続く−
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