空中分解2 #0669の修正
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「むむ、これが分からん」 その日、空地先生は朝から机にしがみついたままであった。 「ということは、ほかはだいたい解けたんですか」 私は、お茶を替えてあげながら聞いた。 「おう。まず<太陽と月が時を等しく分かち合い>というのは、昼の時間と夜の 時間の長さが同じ、つまり<春分の日>か<秋分の日>のことだ」 「ああ、なるほど。で、」 「で、<私の手足が・・・>というやつだが、これは・・・はて、分からん」 「はあ?」 「この数式にいたっては、チンプンカンプンだな」 ということは、あれから十日以上たっているというのに、空地先生は一つしか 解いていない、ということなのだ。 「おい、笑っていないで協力してくれよ」 「はぁ」 私は気が進まなかった。空地先生からメモをもらうと、自分の机の上に置いて 眺めてみた。探偵事務所に勤めていながら、私はこんなのはほんと苦手であった。 「あれっ。先生、この引用文どこかで読んだことがありますよ」 そうなのだ。たしかにどこかで・・・。空地先生はあまり期待していないのか 返事もしない。 「そうだ」 「先生、<千曲川のスケッチ>です。間違いありません」 「本当かい」 私の上ずった声に空地先生も身を乗り出してきた。 「ところで、それはなんだい」 「ええ−、知らないんですか、藤村を」 「いや、ト−サンならもう十年も前に死んだが」 何をくだらないことを、と思ったが私はせいいっぱい笑顔を作ってみせた。 「千曲川のスケッチということは」 「ということは・・・」 たしか、この一節はおわり方に出ていた筈だが。う−ん、どこだったか。 「先生、ちょっと本屋さんに行ってきます」 「おう」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− この間を利用して「小話」を少し。 「今年の夏、緊張の夏」(某中学校の三年生の夏休み帳の表題) 「受験生来たれ、東大への近道」(東大正門まで徒歩2分・代余木ゼミ) 「出世率低下」(こう大卒ばかりじゃ係長のイスも無理か・高卒の中年サラ リ−マン) −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「先生、やっぱり藤村でした。ほら、ここに」 私は、買ってきた文庫本を開いて問題のペ−ジを空地先生に示した。 【 星 月の上るは十二時頃であろう暮方、青い光を帯びた星の姿を南の方の空に望ん だ。東の空には赤い光の星が一つ掛かった。天にはこの二つの星があるのみだ った。山の上の星は君に見せたいと思うものの一つだ。 】 (「千曲川のスケッチ」新潮文庫 P147) 始まった。 それは、「その十二」の中の「春の先駆」という一節に続いていた。 「<春の夜>ですよ、先生」 「うん、すると暗号はこうなるな。<春分の日の夜>・・・、あとは時間さえ解 れば」 「時間かあ」 「そういえば、いま何時かな」 「え−と、・・・あっ」 私は思わず声を上げた。 時計の針が・・・ちょうど午後一時五分を指していたのだが、私の時計はアナ ログ式なので三本の針が重なって見えたのだった。短針と長針はわずかにずれて いたが。 「先生」 そうだ、そうに違いない。<私の手足がすべて一つになった時>とは、時計の 三本の針が一つに重なったときの時刻のことを言っているのに違いない。それは 12時以外にない。ただし、午前と午後の都合2回あるが、<春分の日の夜>か ら続くのだから夜中の12時ということになる。 私は、空地先生に自分の考えを話した。 程式の方も解いてくれ」 「ええ−、だめですよ。私は数学がだめでこんなところにいる位なんですから。 あっ、いっけねぇ」 最後の方は空地先生は聞いていなかったらしい。 「チャレンジ精神だよ、小林くん」 空地先生はすっかり燃えている。私は仕方なく、ダイヤルの番号が隠されてい る数式に目をやった。とにかく、私のような凡人は初歩的なところから迫るしか えっと、まず( )の中から計算すると、ル−ト4mの二乗だから、これは2 mになる。それからこっちは、8掛ける2分の1だから4になるか。ええと、整 理すると、 −2*2m+4m だから、−4m+4m 「あれ、なんだこれ。足すとゼロになるじゃない」 私はあまりのばかばかしさに思わず大きな声を出した。 「なんだって小林くん。いまなんて言った」 「あれ」 「その次」 「なんだこれ」 「その次」 「え−と」 「え−と、じゃなくてほら」 「−4m+4mだから」 「もういっちょ」 「たすとゼロ」 「それだ。それそれ。それだよ」 「はあ」 「いいかい。左の式は<足してゼロになるように右辺の数字を直せ>という意味 なんだよ、小林くん。まず、4だ。これをゼロにするには?」 「ええと、−4をたす」 「ちがうちがう。それじゃ同じ数字になるだけだ。たしてゼロにするとは<10 >にする、つまり一ケタ目がゼロ<0>になることだ。いいかい、4に6をたす と1<0>、3に7をたすと1<0>、7に3をたすと1<0>、0は1<0> としなければならないからこれは0には0をたすとなる。1に9をたすと1<0 >、とまあこんな具合いだろう」 それを並べてみると次のようになる。 元の数字 加えた数字 1ケタ目 4 6 0 3 7 0 7 3 0 0 0 0 1 9 0 したがって、<たしてゼロになる数>を順に並べると、 67309 となる。 これが「ダイヤル」の番号である。 「知合いに電話番号を暗号にしていた奴がいたよ。最後の四桁に1,2,3,4 と順に数をたしていった番号になおして手帳に書いておくんだ。431−025 7なら431−1481と。落としても拾った奴に悪用されないからってね。や り過ぎだと笑ったことがあったが、あれと同じ仕掛だろうな」 空地先生は、温くなったお茶をおいしそうにすすった。 「きょうは焼肉でも食いにいくか」 でも、本当に謝礼は間違いなく入るのだろうか。 おしまい −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 正解 日時=春分の日の夜12時 番号=67309
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