空中分解2 #0617の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
大型釣り船・東洋丸は港を離れ、沖に出ようとしていた。乗客には、休みの 一日を好きな釣りですごそうという太公望や家族揃って遊覧がてらの父親等、 色々な人がいた。子供達のほとんどはデッキに立って風景を楽しんだり、駆け 回ったりしている。 「危ないんじゃないか」 そんな声がどこかであがった。いつの間にか釣り船の至近距離に別の船−− どうやら観光客船らしい−−があった。 「ぶつかるぞ!」 誰かが叫んだときは、すでに船全体に衝撃が走っていた。観光客船に比べる と小型である釣り船は、かなりの勢いをもって沈み始めた。悲鳴や怒号があち こちで起こる。いや、船が叫んでいる。 デッキにいた人は大人も子供も問わず海に投げ出され、船の沈没によって起 こる渦に呑込まれていく。中にいてすぐには何が起きたのかを把握できなかっ た人達も、慌てて脱出しようとするが、うまくいかない。泳げるかどうかなぞ 関係ない。ほとんどの人は溺れつつある。その人達は、観光客船の方に、助け を求めるように目を向けた。 観光客船のデッキでは、目の前で起こった事故を見逃すまいとするためか、 数多くの人がひしめき合っている。中にはこんな声が。 「おーい! カメラ持ってこい!」 溺れている人達の耳に、この声は届いてしまったであろうか。 東洋丸の沈没は、乗員・乗客八十名の内、行方不明者を含め五十五名の命を 奪うという惨事となった。 どうして死んじゃったの。いくら海が、釣りが好きだからって、船の事故で 死ななくてもいいじゃないの。アハハ……。事故じゃないわ、事件よあれは! 溺れて助けを求める人を写真に撮るなんて、信じられない……。ユルサナイ。 「あの女は人間じゃあないね」 新聞記者の一人が言った。呼応するのは、ある週刊誌の記者。 「おうよ。あれは冷血女の極致だな」 「恋人が溺れている写真を見て、<私に何の関係がありますの>だもんな」 「いくら女はホテル社長の娘、男はその系列会社の一平社員に過ぎなかったか らと言って、こいつはないんじゃないかね」 曳間ホテル社長の娘・了子は、当時、時の人といった観があった。 新聞に雑誌にと、東洋丸遭難の記事が載り、事故写真が掲載された。その写 真は引き延ばした物で、溺れていく男性の表情を、かなり克明に写していた。 その男性は誰かということに興味を持った週刊誌があり、そこが調べていく 内に、男は曳間ホテルの地方支店従業員の内海俊和と分かり、当ホテルの社長 令嬢の恋人らしいとまで分かった。こうなると、どこも放っておかない。曳間 了子の元には連日、マスコミが大挙して押し掛けた。彼らに対し、了子が吐い た言葉が 「私に何の関係がありますの」 であった。恋人なんかじゃないという訳だ。 当初、曳間了子を悲劇のヒロインに仕立てようともくろんでいたマスコミは、 この答えに驚いてしまった。それでも抜け目ないマスコミのこと、180度方 向転換し、会社のために恋人を見捨てた冷たい女として、曳間了子を取り上げ たのだった。曳間ホテル側はいっさいノーコメントだったため、これ幸いにと 取材記者は「釣合のとれていない二人の仲を快く思っていなかった社長がもみ 消しに出た」「曳間了子はすでに新しい男を見つけている」等、好き放題に書 きまくった。当然と言えば当然ながら、ホテルの客足は落ち込んだ。 それから何年かが過ぎる……。 「あれから何年経ったかしら」 知っていながら、野坂美也子は了子に聞いた。書き物をしていた手を止め、 顔を上げる了子。 「……何のこと?」 「本当に分からないで言っているの? 内海さんのことよ」 「ああ、あれ。あんな迷惑な事件はもうたくさんだわ」 そう言うと、了子は、何かを払拭するかのように、首を振って髪を揺らした。 「あれ? もうたくさん? 本当にそう思っている訳?」 「そうじゃないの。毎日毎日、記者が押し掛けて来てうるさいし、ホテルの客 足は落ち込むし。何のいいことがあったって言うの」 「お客が来なくなったのは、あなたの態度がいけなかったのよ!」 野坂はソファの腕をどんと叩きそうになった。 「何を興奮しているの。あなたにとってあの従業員、何て言ったかしら……」 了子は首を傾げ、しばらくしてから言った。 「そうそう、内海。内海某がどれほどの存在であったか知らないけれど、私に はどうでもいいのよ」 「同情していないの?」 「同情ですって?」 鼻で笑うような言い方をする了子。 「とんでもないわ。事件があったときは、かえって迷惑に感じてたのよ。まあ、 今じゃ、客足も回復したことだし、許してあげてもいいけれど」 「……何でもないふりしたって、だめよ。内海さんがどれだけあなたを好きで いたか、そしてあなたがどれだけ内海さんを愛していたか。私、この目で見て きた私には分かる」 「大学時代のことを言っているのね。向こうはどうだったか知らないけれど、 私の方は何でもなかったのよ。黙っていてもよかったんだけど、あなたがそん なにしつこく言うんなら、こちらも言うわ。ちょっとあなたをからかってみた くて、あなたがお熱をあげていた内海さんを借りただけ。でも、事実は小説よ り奇なりって、本当ね。あの時の内海がウチの従業員になっていたなんて」 腹が立った。野坂は何かを言い返そうとした。が、何から言っていいのか分 からない。言いたいことが多すぎるのだ。おもむろに立ち上がると、しばらく の間、身体が怒りで震えていたが、結局言葉が見つからなかったため、そのま ま部屋を出るしかなかった。 部屋を出るとき、野坂はドアに張り付けてあるプレートを見た。「副社長室」 とある。 「何よ、偉くなったからって……。どうして変わったの。……本当に?」 (今日で十年目か。どうしたもんかな) 所沢省吾は興信所調査員である。十年前の東洋丸の事故で、衝突相手になっ た観光客船に仕事で乗っていた。仕事で乗っていたのでカメラを持っており、 たまたま起きた事故の写真も収めることができた。内海俊和の溺れているとこ ろを撮ったのは彼だ。 (自分は公開するつもりなんかなかったんだけどな。金が入り用だったし) だが、撮影者の名前として、彼の名は出なかった。彼の友人である柳川英明 というアマチュアカメラマンが、事故写真を撮っておきながらどこのマスコミ にも送ろうとしない所沢に業を煮やして、ネガを買い取ったのだ。そして柳川 は自分が撮った物として、その写真を某写真週刊誌に高く売りつけた。 (どうしたもんかな、ホントに) 仕事中である彼は、それを掘ったらかしにして、墓参りに行こうかどうか、 迷っているのだ。無論、内海俊和の、である。命日ともなると遺族が来るであ ろう。彼らと顔を合わせるのは心苦しい。向こうはこちらの顔も名前も知らな いのだが、何となく後ろめたい。今までは日にちをずらして墓参していたのだ が、せめて十年目の今日だけは、命日に参りたい。いや、本当は毎年命日が近 付くと、今年こそはと思うのだが、決心が着かないでいた所沢であった。 (誰もいないな……) 蝉の声が響く墓地の中を、所沢はきょろきょろしながら歩いていた。額にに じむ汗は、暑さばかりのためではない。 (あ、誰かいる) 目的の墓が見える場所にたどり着いたとき、所沢はその前に誰かがいるのを 見つけた。女が一人。 黒いつばの大きな帽子が目立つ。サングラスも黒。着ているのが黒服なのは当然だとしても、この暑さの中、ここまでやるとは。 (まるで顔を隠すみたいにして……。遺族じゃないな、きっと) 調査員のさがか、あれこれと推測してしまう所沢。 (誰なんだ?) そう彼が思った瞬間、女はサングラスを外した。 (あっ、あの女……) 「ふんふんふーんと」 夕焼けがきれいな中、柳川英明は聞いている人がいたら失笑を買うような鼻 歌を唄いながら、アパートの一室に向かった。まとまった金が入ったので、浮 かれているのだ。 「おーい、春美。いるか」 その返事がない内にノブに手をかけ、戸を引く柳川。 「どしたんだ? いるなら返事しろよー」 靴を乱暴に脱ぎ、懐の金を確かめる。 「何かうまいも……」 玄関を抜けて最初の部屋に彼が入った途端、その目には生気のない光景が飛 び込んできた。カメラマンとしての目だからこそ為せる業か、そこには生命の 息吹を感じ取れなかった。しかし春美という名の女の身体はあった。 恐る恐る近付き、女の身体に手を触れる。冷たい。 「死んでやがる」 柳川はそれからどうしたか。信じられないかもしれないが、カメラを持ち出 したのである。そうして充分に特ダネ写真を撮ってから、警察に電話した。 「これは変わっているな。溺死ですぜ」 鑑識課の者が、やや乱暴な口調で報告をする。 「溺死? 溺れたのか、部屋の中で?」 花畑刑事は耳を疑った。 「どうもそうらしいですな。早速、台所とか風呂場とか調べますわ」 どこかの方言を口に出し、のそのそと移動する鑑識員。それを目で送ってか ら、花畑は第一発見者の男に聞いた。 「花畑と言います。あなたが通報してくれたそうですが、お名前から伺いまし ょうか。それとお仕事なんかも」 「柳川英明です。フリーのカメラマンをやってます」 「カメラマンね。被害者、えっと関口春美との関係は?」 「恋人同士してました。共働きで」 「……同棲していたということですかな?」 「平たく言えば、まあそうです」 「それで発見したときの様子ですが」 「様子ですか。そうだなあ、出版社から金をもらって、部屋に帰ってきたんだ。 そしたら何か様子が変で、この部屋に彼女が死んでいたんです」 「もっと詳しく願います。時間は?」 「午後六時にちょっと足らないくらいでしたかね」 「様子が変だったと言われましたが、どうしてそうお感じになったんで」 「別に……。ただいつもは返事があるのに、このときにはなかったから」 「鍵はかかっていなかったと。現場には触れていませんね?」 「もちろん。そりゃ、春美の身体に手を触れるくらいはしましたがね」 「おかしいんですなあ。どうやら春美さんは、溺死らしいんですよ」 「溺死って、溺れたってことですか?」 「そうです。近くに水の入ったバケツとか洗面器とかはありませんでした?」 「なかったな」 「そうですか。どうも。今日はこの辺で結構です。またお話を伺うことがある かもしれませんので、連絡先を」 そうしてメモを取り出し、花畑は柳川の言った電話番号を書きとった。 「でも、ほとんどそこにはいないと思いますよ。フリーカメラマンだから、あ ちこち飛び回っているんで」 「まあ、なるだけいてもらいたいもんですな」 花畑は相手を威圧するように言うと、風呂場に向かった。 「確かに、浴槽には髪の毛があり、それは被害者の物と一致しました。しかし、 どうも犯行現場ではないようです」 花畑が下田警部に鑑識の結果を報告している。しきりにメモをとっていた下 田は顔を上げ、当然の質問をした。 「どういうことだ?」 「被害者の肺や胃から採取した水ですが、塩水なんですなこれが」 「何だそれは? 何のために犯人はそんなことを」 「分かりません。塩を水に溶かしただけの本当の塩水です」 「それじゃあ、浴槽には塩なんか見つからなかったんだな」 「そういう訳です。ただし、風呂場にあった洗面器の一つに塩がちょっぴり残 ってましたから、洗面器に塩水を入れ、被害者を意識不明にして押し付けたと 言うのが、鑑識の見解で」 「意識不明にしたってのは、どうやって?」 「額の辺りにこぶがありましたから、何かで殴りつけたんでしょう。凶器は分 かってませんが」 「ふむ。で、目星はついてるのかい」 下田が見つめると、花畑は困った顔になってしまった。 「いや、それが一向に。物盗りではないのは違いないんですが、被害者に恨み があるようなのは見つかってません。そりゃ、小さなことならいくらでもあり ますが、殺す殺されるってのはどうも」 「では、相手の男の方を叩いてみたらどうだ?」 「どうもそっちも芳しくありませんや。喧嘩は時々してたようですが、不仲っ てほどじゃない」 「そうか。まあ、今までの線で追ってみて、何も出なけりゃ、男の方に恨みを 持っていた奴がいないかどうか、調べて見るんだな」 −以下2−
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