空中分解2 #0599の修正
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「もっと詳しく、落ち着いて話して」 地天馬が吉野を招き入れるようにして言う。しかし、吉野はごくっと喉を鳴 らすと、 「い、いえ。物置に行った方が話が早いでしょう」 と言って、廊下を歩き出した。 「私、夕食の片付けをしておりまして、調理器の一つが具合いの悪くなってい るのに気付いたんです。それで修理道具を持ってこようと物置に行きましたと ころ、血塗れののこぎりが目に入ったという訳でして」 「なるほど」 地天馬は転がっているのこぎりに目をやった。血塗れであるが、泥も付着し ている。指紋はどうだろう。あったとしても、ここには調べる道具がないが。 「ここは出入り自由だったな。あなたがここに入るまでに、ここに入った人が 分かりますかね」 「さあ……。私は何も。前に入ったのは、地天馬さん達ではないですか?」 「それは入りましたよ、藤堂さんとね。その後、誰か入ったかどうか」 物置に出入りした人物を把握する、それは無理というものだろう。一階の隅 にある物置なんて、人目につくものではない。 「ここで考え込んでいてもしょうがない。他の人に知らせ、話を聞いてみたら どうだろう」 私の提案は受け入れられた。 のこぎりが戻ってきた事が全員に伝えられたが、物置に出入りした人物を見 かけたという者はいなかった。 「それでメイ探偵殿はどうお考えで?」 言うまでもないだろうが、これは十和也の台詞。 「大したことではないと思っている。単に犯人−−多分、犯人だろう−−が隠 しにくいのこぎりを戻しただけだろうさ」 「ほほう。それでは、犯人はいつ、返しにきたのですかね」 「犯人でない可能性も捨てきれないと思っているんだがね。まあいい。返しに きたのは今朝だろうな」 「理由は?」 十和也は間髪入れず問いを出し続ける。 「今朝、僕は中島さんに部屋の調査を申し入れ、許可された。中島さんは他の 方に伝えた。それを聞いた犯人は、部屋を捜されるとまずいと考えた。色々と 部屋に隠していたんだろうな。そこで急いで戻したんだろう」 「じゃあ、他の物、正一郎氏の右腕とか拳銃とかはどうなったんですかね」 「どうにでもなるさ。腕なんていつまでも持っていてもしょうがない。ひょっ としたら最初の犯罪のときに海にでも捨てたかも知れない。拳銃はやはり<貴 重品>だからねえ。どこかに埋めたかな」 「何でのこぎりもそのとき捨てなかったんですかな」 「凶器になり得る物だからね、のこぎりも。何かの用心のため、もしくは第二 の事件のことを考えて、手元に置いていたんじゃないかな」 地天馬が次々と何らかの答えを口にするので、とうとう十和也も黙ってしま った。 「拳銃が埋めてあるとすれば、どこだと考えられます?」 今度は才野が聞いてきた。 「難しいなあ。埋めたとは断定できないしね。隠したのは館の外か内か、それ だけでも選択に迷うな。内だとしたら鉢植えの中、ゴミ箱にゴミ袋等があるか。 外だと手の打ちようがない。井戸が一応、有力かな。でも、朝になって隠した はずだから、おおっぴらに井戸に埋める訳にはいくまいな」 「私としては犯人を見つけてくだされば、それでいいのです」 中島が唐突に話し始めた。 「他のものはどうでもいいのです。早く犯人を見つけてください」 「ご主人の腕も見つからなくていいのですかね?」 「それは見つけてくれると助かりますが。私は死にたくはありません」 「これはまた率直な言い方ですな。何か狙われる心当たりでも?」 地天馬は相手に切り込むように視線を移した。 「そ、そんなものはありません。誰だって殺人鬼と一緒に同じ屋根の下に暮ら したくはないものでしょう」 するとこれに反応したのは、善次郎だった。 「ははん。我々の中に犯人がいると考えているんだ」 「……それは仕方ないでしょう。外部から入ってこれる者はいないんですから」 沈黙。分かってはいたのだが、はっきりとは口にしなかったこと。少しずつ、 しかし確実に恐怖がこみ上げてくる。割と慣れている私にだってこうなのだ。 事件に巻き込まれるのが初めての人には、もっと恐怖の度合が強いことだろう。 やがて口を開いたのは森本。 「あの、お休みの準備、できております。もうお休みになった方がよろしいか と……」 地天馬と私は一度部屋に戻り、風呂に入る準備をし、浴室に向かった。金持 ちの為せる業か、男湯と女湯がある。そのどちらも、かなり大きい。 「おや、先客がいるようだな」 地天馬は脱衣所に入るとつぶやいた。すると途端に、 「誰です!」 という浴室からの声。反響して分かりにくいが、この特徴のある声は野間比 呂見だろう。 「比呂見さん? 地天馬鋭です。入らせてもらっていいですか?」 「ああ地天馬さん。あの、悪いのですが、後からにしてください」 「だめですか? どうしても?」 「どうしてもです」 強い拒否反応。 「じゃあ、あなたがあがるまでここで待っていてもいいですかな」 「とんでもない! どうかすみませんが、一度部屋に戻っていてください。お 願いです」 この叫ぶような声を聞いて、私と地天馬は顔を見合わせた。そして地天馬の 方は、アメリカ人のように大きく肩をすくめて見せた。 「では戻ります。その代わりあなたがあがったら、部屋に言いに来てください。 頼みますよ」 「わ、分かりました。すみません」 先の拒否反応とは、対称的なしおらしささえ感じられる言い方。どうも分か らない。ともかく、十分ほどして比呂見が呼びに来て、私達は風呂に入ること ができた。 「どういうんかね、あの人は」 熱めの湯につかりながら、私は洗髪している地天馬に言った。ちょうどシャ ワーを使っていた彼は聞き取れなかったのか、 「何だって?」 と聞き返してきた。 「野間比呂見だよ。どうして、ああまで一緒に風呂に入るのを拒否するんだろ う」 「ああ。恥ずかしいからって言っていたじゃないか」 「でも、あれは異常だぜ。どうやら野間十和也とも一緒に入ることはないみた いだ」 「いいじゃないか。意味もなく他人のことを詮索するのはよくないな」 地天馬は湯船に入りながら言った。私はそののんびりした様子に腹が立って、 私は自分の考えを述べた。 「いや。僕は彼を怪しいと思っているんだ。一人っきりで風呂に入って、中で 何かをしていたんじゃないかって」 「何を? 死体を持ち込んでバラバラにでもしたって?」 「そうは言わないけどさ、例えば血だらけの服を洗っていたとか」 「はん、なかなか面白いな。あの外科医さんが犯人だとして、君は正一郎氏の 腕を切り取った理由とか、蔵の中の墜落死体の謎が解けるの?」 「う、腕は何か医学上の関係で切り取ったとか……。蔵は……」 私が頭を抱え込んだのを見て、地天馬は浴室に響き渡る大声で笑った。 「そんなにおかしいか」 「おかしいよ。君が脈絡のない言い方をするからさ。あまり無理をしないこと だ」 また笑う地天馬。私は不快になって、彼を置き去りにさっさと外に出た。そ のまま着替え、自分の部屋に入って眠ったから、その夜は地天馬とはもう顔を 合わせずじまいだった。 三度目の目覚めにして、ようやく自分で起きることができた。午前七時。案 外と気分がすっきりしていてよろしい。私は手早く着替えると仕度をすませ、 地天馬の部屋に行った。まだ十時間眠っていないだろうが、構うものか。少し ばかり早起きさせてもいいだろう。 「おい、起きろよ!」 ガンガンと音をたたせ、ドアをノックしてやったが、案の定、すぐには起き てこない。続いて何となくノブをがちゃがちゃさせると、意外にも鍵はかかっ ていなかった。 「何だ、開いていたのか。入るぞ」 私が中に入ると、地天馬はかなり憔悴したような表情で寝ていた。おかしい な。いくらなんでも隈がひどいぞ。 「どうかしたのか、地天馬?」 耳元で叫びながら、彼の身体をゆさゆさと揺さぶった。 「あー?」 これまた意外にも、彼は一度目で目を覚ました。どうやらまだ完全な眠りに ついていなかったらしい。 「何だ君は」 目をこすりつつ、怒っている地天馬。 「別に何もないが、どうしたんだその隈は」 「証拠がないから館内の見張りをやっていた。何も起こらなかったんで、つい さっき横になった」 @それだけ言うと、地天馬は再び布団を頭までかぶった。極めて手短に説明さ れたので、分かりにくかったが、多分、「犯人の目星はついているのだが、そ の証拠がない。だから現行犯逮捕をしようと、昨晩中館内を見回ったが、何も 起こらなかった。それでさっき眠りにつこうとしたばかりだった」ということ だろう。 仕方がないので、私一人で朝食の席に着いた。どうしたんだと聞かれたが、 私は曖昧にすませておいた。犯人に警戒心を持たせてはいけない。地天馬がい なかったせいか、朝食は静かに始まり、静かに終わった。 私は家政婦に、地天馬の食事はいらないから代わりに四時頃に軽い物を用意 しておいてくれとお願いした。「四時? 午後の四時ですか?」と驚かれてし まった。地天馬が午前六時に寝たとして、十時間後といえばそうなるのだ。そ れでも私が途中で起こしたのだから、連続十時間ではない訳で機嫌は悪いだろ う。 「地天馬さんは優雅にお休みですか。いいんですかね」 十和也だ。そう言われても困るのだが、へりくつでもこねておこう。 「彼はですね、昼間は事件は起こらないと踏んだんですよ、きっと」 「それはそれは。では、あなたはどうするんですか」 「彼の代わりに、捜査をしようかと」 口からでまかせである。 「何をするんです? 手伝いますよ」 「……行方不明になっている物の捜索をします。外を重点的にね」 「どこから行きます?」 うっとうしい奴である。どうせな拡渡天馬がいるときに言ってくれ。 「まとまって歩いても無駄ですから、野間さんは水車の方を頼みます。野間比 呂見さんも手が空いているのなら、蔵とか塔とかの周りを捜すように、あなた から言ってください。太田黒さんには僕が井戸を見てくれるよう頼みます。同 じく善次郎氏には風車の方を見てくれるように言います。私は森の方を捜しま すから」 「分かりました。成果が楽しみですねえ」 十和也は楽しげに笑いながら、比呂見の部屋の方に向かった。 私は太田黒と善次郎に無理を言って手伝ってもらい、なしくずしに捜索に入 っていった。十二時までの予定で。 いくら晴れているからといって、森の中はまだ湿っている。歩きにくいった らありゃしない。靴は当然ながら泥だらけだ。ズボンの裾が汚れては困るから、 不細工なのを承知で裾を靴下の中に押し込む。 足元を注意してばかりはいられない。ひょっとしたら犯人は、木の上に何か を隠しているかもしれない。でも上と下だけでいいかというと、木の洞なんか も注意しなければならず、かなり神経を要する。これは後から応援を頼んだ方 がいいかな。 1時間も歩き回ると疲れる。ちょっと休憩と適当な潅木に腰掛けると、汗が 吹き出てくる。手拭で汗をふき、また歩き始める。これを繰り返している内に 何の発見もなく、十二時が近付いてきた。 引き返す折り、私なりに犯人と犯行方法を考えてみた。犯行時刻がはっきり している第一の事件でアリバイのある人物は、地天馬に才野、浜村。野間の二 人は身内だから不可とする。この時点で容疑者は八人。私はもちろん犯人じゃ ないからだ。次の事件の被害者、藤堂も除外して七人。この七人には全員、正 一郎殺しの動機がありそうだ。正一郎の妻、弟、秘書、顧問弁護士、二人の使 用人。野間比呂見は十和也と共犯という可能性が強い。藤堂を殺したのは、正 一郎殺しの後始末をしていたのを見られたからか。うーむ、絞れない。 犯行方法はどうだろう。正一郎殺しは誰にでも可能だ。第二の事件は藤堂を 蔵に呼び出し鍵を開けさせ中で殺し、藤堂の鍵を奪い施錠しまた戻す。そして 壁伝いに天井近くの窓まで上り、そこから抜け出し地上に下りた? これなら 密室にはなる。ただ壁伝いに窓まで上れるか疑問である。調べる必要があろう。 てなことを考えている内に、森を抜け出た。するとわざわざ待っていたらし い野間の、えっと十和也の方が声をかけてきた。 「その様子じゃ、何もなかったようですなあ。こちらは獲物がありましたよ」 そうして彼が見せてくれた物は、血の付着した藍色のジャージだった。 −以下11−
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