空中分解2 #0598の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
かなり遅い朝食の後、陣内正一郎の遺体も蔵に移そうということで、太田黒 と吉野が骨を折っていた。やっと日が照りだしたとはいえ、かなりきつい労働 ではあろう。 「野間さんは懐中電灯を持って、蔵の再調査に行ったようだぜ」 私はまたも捜査を放り出してしまった地天馬にはっぱをかけるつもりで言っ た。しかし、彼はベッドに寝っ転がったまま、持ってきた何かの写真集を見て いる。 「何かしなくてもいいのか?」 「僕がしたいのは、各自の部屋の中を見ることだ。ここの女主人が許可してく れないことには始まらん。そうだ、君。頼みに行ってくれ。今なら許可が出る はずなんだ」 「そうかい? 昨日、あれだけきっぱりと拒絶されたんだ。難しいんじゃない かな」 「いや。きっと大丈夫だから、早いとこ頼むよ」 どうして大丈夫なのか知らないが、私は中島の部屋に向かった。 「あの、失礼します」 ノックをし、自分の名を名乗ると、中島はドアを開けてくれた。 「何の用かしら?」 「言いにくいのですが、私の友人が昨日言っていた各人の部屋を調べることを ですね、許可してもらえないかと思いまして」 「ええ、いいですわよ」 「あ? ああ、いいのですか」 地天馬が言っていたにしろ、あまりに簡単に許可が出たので、あっけにとら れてしまった。 「それではいつ、開始しましょう?」 「それは他の人の都合もありますから。私の方から伝えときますので、皆さん の都合のいいときにやってもらいましょう」 「はあ、分かりました」 用が済むと、さっさと地天馬の部屋に引き返し、いきさつを話した。 「言った通りだったろ。これでとにかく、範囲が狭められるな」 「範囲って何のだ?」 「隠し場所さ。右腕、のこぎり、拳銃、宝石、そして黒猫のね。今、僕がやろ うとしているのは、紛らわしい要素の排除であり、その結果はほとんど想像が つくのだ。しかし、やっておかねばならない。今度の場合は特にね。さらに、 予想外の情報がもたらされる可能性、なきにしもあらずと踏んでいる」 それだけ言うと、地天馬はまた写真集に見入り出した。私は仕方なく、某社 から依頼されている原稿に手を着けた。締切は当分先だから構わない。だが途 中、何か羽虫の羽音のような、小さいが気になる音が聞こえてきて、閉口して しまった。 そうこうしている内に、昼食の時間がきた。考えてみれば、食事のときくら いしか、全員が顔を合わせることがないのだ。食事を中心に生活しているよう で、何だかおかしな気分ではある。 皆が食べ終えると、中島がしゃべり出した。午前中にお願いしておいた、各 人の部屋を調べることについてだ。 「……ということで、先ほどお話しましたように、この後部屋を調べる訳です が、女性の部屋はどうしましょう?」 中島は地天馬に問う。 「やっぱり、男がやるのはまずいでしょうねえ。中島さん。あなたと浜村さん と森本さんとで、お願いしますよ」 そんないきさつで、各人の部屋調べが始まった。 ところが、部屋の調査を言い出しておいた地天馬はほとんど動こうとせず、 部屋に入るなり、ぼーっとつっ立っているだけだ。調べるのを私に押し付けと いて、ただただ部屋を見回す。私が文句を言っても聞いていない風だった。 ところで調査の成果であるが、これが何にもなかったのである。誰の部屋か らも、正一郎の片腕や凶器、宝石に黒猫も見つからなかった。念のため、個室 として使われていない部屋、例えば物置、遊戯室等も調べてみたのだが、結果 は同じであった。 「何にもないじゃないか」 私は地天馬を非難した。成果があがらなかったことだけでなく、私だけに捜 させたことも含めてだ。 「どうせ、こんなことだとは思っていた。考えても見るんだ。宝石や拳銃は小 さくてどこにでも隠せるし、右腕や黒猫は切り刻めばこれまた小さくなる。の こぎりは最初の犯罪の後、どこか海にでも捨てておくチャンスは十二分にあっ たんだし」 地天馬は「予想外の情報が得られるかも」という前言をあっさりと翻した。 「こちらでも、何も見つかりませんでしたわ」 中島がいささか冷たい口調で伝えてきた。そうして彼女はさっさと自室に戻 ってしまったようなのだが、中島のそばに着いてきていた浜村深百合は場に残 った。みずみずしい青のブラウスを着ている。 「どうかしたんですか?」 私が口で聞くと、彼女はワープロを持っていないため、手話で語り始めた。 自分では理解できないので、地天馬に解読を頼む。 「……ふむ。ジャージが盗まれたそうだ」 「どういうことだい?」 「さっきの部屋調べのとき、自分の部屋のクローゼットを覗いてみたら、ジャ ージが上下ともなくなっているのに気付いたって。そうだな、部屋を見たいん だが、いいかな?」 地天馬が浜村に言うと、彼女はうなずいた。 浜村の部屋に入るのは、考えてみれば初めてであった。いつもは才野の部屋 で歓談していたからだ。 ドアを開けると、ぱっと目に飛び込んできたのは大きなピアノ。どうやらピ アノもやるらしい。窓からは展望塔の先が見える。他の感覚にうったえるのは、 香りだ。何か花の香りがする。花瓶が見えないことを考えると、どこかに芳香 剤を置いているんだろう。本棚には飛行機のラジコンが一台だけあって、本当 にラジコンみたいな機械が好きなんだなと思わせる。 で、問題のクローゼットは、ドアの右方にある。 「ここにいれておいたんです」 私への配慮か、彼女はワープロを持ち出し、ディスプレイで話し始めた。 「どの棚?」 の問いに、浜村はクローゼットの一番上の棚を指した。 「他の棚は、荒された様子はあるの?」 「いいえ ジャージがなくなった棚さえ きれいなままでした」 「もう少し詳しく」 「全く荒された様子はなかったということです ジャージだけがぬきとられた という感じで」 「ふうん。棚の中、見てもいいかな?」 地天馬の言葉に、やや戸惑った様子の浜村。 「一番上の棚だけなら」 と答えた。 「ありがとう。では、開けてください」 地天馬は彼女をエスコートするようにして、クローゼットの前に立った。 開けられた棚の中身は、上着ばかり揃えた棚らしい。無論、しわになっても いい上着である。きちんと整理してあって、それも色別になっているから白、 赤、ピンク、青、黄、緑と実に鮮やかである。 「ジャージの色は?」 「藍色でした 青の下の方にいれておいたのです」 そこで一端、浜村は手を止めたが付け足すことがあったらしく、少し考えて からまたキーを打ち始めた。 「ジャージは上下ともここにいれておいていました」 「なるほど。ところで、さっき気付いたということは、いつ盗まれたか分から ないってことだ。ここ数日の間で、誰かがこの部屋に入った形跡はあった?」 地天馬の質問に、また少し考える浜村。 「わかりません 思い当たりません わたし 部屋に鍵はかけないものですか ら 入ろうと思えば 誰だって」 「結構。この服ですがね。ちゃんと整理してあって、我々男とは比べ物になら ないほど清潔です。で、その配列というか順番というか、とにかくその並び方 におかしくなっている点はない?」 「いろごとのならびかたは ちゃんとなっています 白は白 赤は赤って」 「じゃあジャージを盗んだ犯人は、クローゼットの棚を荒しジャージを捜し出 すと、またきれいに元に戻したことになるなあ。それにしても分からないのは 何のために犯人はジャージを盗んだかということだ」 「決まっているじゃないか。犯行の際、返り血を浴びても大丈夫なように他人 の服を着込んだんだろ。ジャージなら動きやすいし」 私が答えると、地天馬は疑問を呈してきた。 「ジャージの持ち主は誰だろう?」 「何言ってるんだ。浜村さんに決まっている」 「その通り。正解だ。では次の問題。ここにいる人達の中で、そのジャージを 着られるのは誰だろう?」 「誰って……。あ、そうか! 浜村さんのジャージじゃあ」 「そう。小さいんだ。着られる人といえば、せいぜい中島さんか森本さんくら いだろう。肩幅が全然違う男が着ても、ファスナーが閉まらなくて滑稽なだけ だ。ファスナーが開いたままじゃあ、返り血を防ぐ役目を果たさない」 「それなら犯人は中島さんか家政婦の森本と考えてもいいんじゃないのか?」 そう言うと、浜村の顔が曇った。そうだった。中島とは従姉妹の間柄なのだ。 「あ、いや、別に断定した訳じゃなくて」 「・・・いいんですよ」 浜村はワープロで上の文章を打ち、くすっと笑った。 「また一つ、考えるべき事実が増えたって訳だ。あーあっと!」 地天馬は大きく伸びをしたかと思うと、すたすたと廊下に出た。そしてまた 言った。 「これ以上レディの部屋を踏み荒すのはよくないな。ここらで退散しよう」 「本当は、あの匂いが苦手なんだ」 自分のへやに戻ると、地天馬は内緒話でもするかのようにつぶやいた。 「匂い? あのローズか何かの花の匂いのことか」 「そう。あれのおかげで、僕は長居できない」 ここで地天馬は鼻をしごくと、大きく深呼吸をした。 「女の部屋ってのは、どうしてああいう匂いがするんだろう。いや違うな。芳 香剤か何かが置いてあるから、匂いがするんだ。不思議なのは、どうして芳香 剤なんかを置こういう気になるのか、だ」 「清潔だからだろ」 「清潔さとあの匂いとは直接には、結び付かないと思うなあ」 「まあいいじゃないの。今は捜査が本道だ」 私は笑いながら言った。どうも地天馬の奴、照れ隠しに言っているとしか思 えない。 午後は無意味な部屋の調査でほとんどつぶれてしまった。もう夕食である。 浜村のジャージがなくなっていることがみんなに伝えられたが、誰もその行方 は知らないと言う。 「やっぱり、連続殺人事件に関係あるんでしょうか」 不安な響きを含み、才野が言う。 「連続殺人ねえ」 地天馬はそう言った切り、難しい顔になって黙ってしまった。 「名探偵がいながら、殺人が二件も起こったんじゃあ、イメージダウンですね え」 十和也が嫌みを言う。それでも地天馬は黙ったままだ。代わりに才野が反論 をする。 「他の名探偵だってそうじゃないですか。ヴァンスだってH・M卿だってポワ ロだって。日本も同じだ。明智小五郎も金田一耕介も。野間さんのミステリー に出てくる浅見刑事や女弁護士の美由紀だって、登場人物の半分が死んでから でないと解決できなかった事件があったでしょうが」 「こいつは参ったな。あれは小説の中のことさ。話を面白くするためには、何 でもする」 十和也は苦笑いしながらの抗弁だ。 「話が面白ければいいのですか? 小説の中の探偵は、事件を解決するだけで いいのですか?」 「何と言ってもだめだめ。現実の場合、早く犯人を捕まえられない探偵はヘボ だ」 十和也は比呂見と向き合うようにして言った。比呂見の方は、迷惑そうな顔 をする。 「それなら君、今度の事件を絶対小説にしてくれよ。小説の中ならば、いくら 人が死のうとも、いくら解決が遅れようともいいそうだから。僕も楽ができる ってもんだ」 地天馬は私にそう言うと、肉片を口に運んだ。 「善次郎氏に元気がないのは何故だろう」 また部屋に戻ってから私は口にした。彼は食事中、一言もしゃべらなかった。 「ほう。君も気付いていたか。僕もそう感じたよ。もちろん、理由があるんだ ろう」 「それが何か分かっているのか?」 「見当はね。事件との関係はあるかどうか、まだ分からないが」 地天馬が言葉を切ったとき、ドアを激しく叩く音がした。私がドアを開ける と、いつの間にやって来たのか、コックの吉野が立っている。随分と息を切ら している。 「どうかしましたか?」 「も、物置に、戻っているんです。のこぎりが戻っているんです」 コックの言葉を解するのに、私は少し戸惑った。まさか凶器ののこぎりが? −以下10−
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