空中分解2 #0591の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
我々は、島の土を踏まない内に、張りのある丁寧な声に迎えられた。 「よくお越し下さいました。探偵の地天馬鋭様に、作家の……」 白髪だが背筋のしゃんとした男が、私の名前を言おうとした瞬間、地天馬が 大声で訂正をした。 「肩書は正確にお願いしたいな。僕は名探偵であって、ただの探偵ではない」 「それは失礼をいたしました。私、無角館執事の藤堂志津雄でございます。さ あ、お荷物をどうぞ」 藤堂は軽がると私達二人分のカバンを担いでみせた。 「大丈夫かい、藤堂さん」 気安く声をかけたのは、仮面の秘書、太田黒。 「あなたもそろそろ歳なのだから、無理をしない方がいいですよ」 「いえ、まだまだ大丈夫です。それよりも太田黒さん。陣内正一郎様がお呼び でしたぞ」 「それは大変だ。急がないと。あ、地天馬さん。お先に失礼します」 太田黒は慌てたようにかけだした。機嫌をそこねるのが恐いらしい。 私達の方は、執事の案内で、ゆっくりと無角館に向かった。 「大きな門があるぞ」 私は前方に見えた門を指さして言った。下部に小さな車輪が付いていて、横 にスライドする型のやつだ。遠目にも苔がはえているのが分かる。 「あまり使っていないのです。全くと申し上げてもよろしいでしょう」 聞いていないのに、藤堂は説明をする。何か気恥ずかしいようだ。無角館に 比べて、門はきれいだとは言えないことを気にしているのだろう。 さらに進むと、水車が見えた。他の物が西洋風なのに、この水車だけは日本 的な水車である。流量は割と多く、水車は機械ではなく水の力で回っている。 「いつもこんなに、水が流れているんですか」 「そうでもないんですが、この時期は結構天候が不安定で、雨が多いのです」 藤堂は空を見上げた。つられて私も上を見る。朝、出発したときは晴れてい たのだが、今は曇っている。雨になりそうだ。 玄関の手前まで来て、藤堂はこちらに向き直って聞いてきた。 「お部屋にご案内しましょうか、それとも屋敷の周りをご案内するのが先でし ょうか」 「やっぱり、部屋だよな、地天馬?」 私はさっきから黙っている地天馬に聞いた。 「うん。一応、他の人に挨拶しとくべきだろうから。それに僕としては、無角 館の中身の方が興味あるし」 「では、どうぞ。スリッパにお履き替えください」 そうして私達が案内されたのは、二階の4号室と5号室であった。一つのフ ロアーには五部屋ずつあり、この二階の1号室には陣内善次郎、2号室と3号 室には野間双児が入っているというから、ここは来客用の階らしい。ついでに 部屋割をまとめて次に記しておこう。 1号室 2号室 3号室 4号室 5号室 三階 才野有一 森本優子 浜村深百合 空室 空室 二階 陣内善二郎 野間比呂見 野間十和也 地天馬 「私」 一階 陣内正一郎 中島美々 太田黒清尋 藤堂志津雄 吉野光雄 むろん、各階には個室の他にも、色々な用途の部屋がある。例えば一階には 食堂にバスルーム、二階には遊技場を兼ねた広間といった具合いである。 それにしても、各階に五部屋ずつというのは、床面積に対して少なすぎる。 ちょっとぐらい走り回っても、同じ階の部屋には騒音は届かないのではないか。 防音もよくしてあるようだから、他の階の者にも聞こえぬかもしれない。 それでは各階の部屋の位置関係はどうなっているかというと、3号室が蔵や 水車、展望塔のある方向、つまり東に大きな窓を持っている。その反対の風車 側、つまり西方向は昇降のための螺旋階段がついている。3号室と螺旋階段に はさまれる形で、1、2号室が南より、4、5号室が北よりにある。螺旋階段 から反時計回りに1、2、3、4、5号室と順に巡って、また階段に戻るのだ。 私と地天馬があてがわれた部屋はすっかりと整えられていて、快適のようで ある。電話にラジオがあったが、テレビはない。ともかく、今はそれを試して みる時間はなく、招待主に挨拶に行こうと思う。 執事の藤堂の案内で、一階の1号室に行く。陣内正一郎の部屋だ。希望した のは才野有一であろうが、名目上の招待主は正一郎となっているのだ。 「もう、お話はおすみになりましたでしょうか?」 藤堂がドアの前に来て、言った。先ほど、太田黒が呼びつけられていたが、 そのことを配慮しての言葉であろう。 「ああ、終わった。何の用だ」 ドアの向こう側から聞こえてきたのは、割と傍若無人な声。 「探、と。名探偵の地天馬鋭様とお連れの方が、ご到着になりました」 「そうか。通しなさい」 その声を合図としたかのごとく、ドアがすうっと開いた。もちろん藤堂が音 もなく開けたのである。 「よく来てくれました」 室内にいたサングラスの老人が、そっけなく言った。膝の上には黒い子猫が いる。ゆったりとしたソファに深々と腰掛け、片手にはまだ火の着いていない 葉巻。あまりにも金持ちのイメージを具象化しているので、目を疑ってしまっ た。 「どうもこの度はお招きいただき……」 こう私が言おうとしたら、陣内正一郎は、手を大きくふって、 「堅苦しい挨拶は抜きにしてください」 ときた。何か切羽詰まった用件があるようにうかがえる。 「どうかされたので」 地天馬も相手の様子のおかしさに気付いたらしく、そう尋ねた。 「実は、こんな物が舞い込んでいるのだ」 正一郎はガウンの懐から、紙切れを取り出した。予告状らしかった。「陣内 家の頂点に立つ者に死を」と赤い字である。ボールペンらしい。字は定規を使 って、筆跡を分からなくしてある。 「いつ、これが?」 「一月ぐらい前、7月の15日くらいだったと思う。会社の方に届いていたの だ。郵便物に混じっていたんだが、それが入っていた封筒に消印はなかった。 誰か身近にいる者が、直接放り込んだのだろうな」 「失礼だが、今までにこれと似たような物を受け取った事はありませんかね?」 地天馬はちっとも失礼に思っていないような顔で言った。 「それはこういう地位にある身だ、何度かはある」 サングラスの下の口元がゆがむ。 「それらを本気にされたことはありましたか」 「……ない」 「では、どうして今回はそんなに深刻ぶっておられるのか、その理由をお聞き したいな」 年来の親友と会話しているかのように、地天馬は話す。こいつは大抵こうで ある。 「……」 長い間考え込んでいる正一郎であったが、やがて口を開いた。 「今までのは、色々と恨み事が書いてあったし、明かに会社の外から来た脅迫 状だった。だが、今回は違う。明かに殺人の予告だし、会社内部の仕業と思え る節もある」 「なるほどね」 地天馬は意外に興味を示しはしない。一言言うと、その後は黙ってしまった。 その内、正一郎の方がしびれを切らしたらしい。 「守ってくれぬか。表向きは、息子の有一の要望であなた方を呼んだことにな っておるが、本当は、こちらが本命なのだ」 「何故、そんなまどろっこしいことを。直接、頼めばいいのでは? 警察に頼 むという手もある」 「警察とはできるだけ、関わりあいを持ちたくないんでな。直接、頼まなかっ たのは、見えない敵に弱味を見せたくないからだ」 「それにしても、信用ならないなあ。予告状を受け取ったのは、一月前でした ね? どうしてあなたは、その時に頼んで来られなかったのかな。一ヶ月の間、 あなたの命が無事だったからよかったものの」 皮肉を効かせて、地天馬は言いたい放題である。目の前にいる企業のトップ に立つ男は、いらいらを募らせているように見える。 「もういい。あなた方に頼もうとしたのが、間違いであったようだ。自分の命 は自分で守るとしよう」 「ああ、そうしてもらいたいね。何にせよ、僕達は、推理マニアの有一君とか いう子のために来たのだから」 「分かった。あなた方はただの客人だ。だからだな、仮にこの館で何か事件が 起こっても、口出しはしないでくれ。それだけは忘れないでもらいたい」 「いいでしょう。さて、もうここにいても時間の無駄のようだから、おいとま するかな」 芝居がかった調子で、地天馬は私を促した。人間関係をうまくしておきたい 私としては、盲目の招待主が気になったが、結局、部屋の外に出てしまった。 「あいかわらずだな、君の口は」 廊下を歩きながら、私は言った。執事はどこかに行ってしまったので、勝手 に歩いている。 「いいじゃないの。あの正一郎とかいうのが信用ならないのは確かだ」 「確かに、ちょっと合点のいかない感じはするね」 「僕はね、彼の行動に対していくつかの解釈を持っているのだよ。今、そいつ を口にするには情報が少なすぎるから、やめにしておく。しかしその解釈の一 つは、少しばかり厄介なものだよ。これが当たっていないことを、願うばかり だね」 地天馬は含みを持たせた言い方をした。私は気になって、その解釈とはどん なものか聞こうとしたのだが、相手の口の方が早かった。 驕uさて、これで僕らの滞在目的は明確になった訳だ。早く、有一君とやらに会 いに行って、事件の話でも聞かせてあげようではないか」 そこで、すぐに才野有一の部屋を目指す。彼の部屋は、確か三階の一号室だ ったはず。 「どうやら先客がいるようだな」 有一の部屋のドアをノックしようとする手を止め、地天馬がつぶやいた。中 から話し声がするのだ。どうであっても、ノックせぬことには話が進まない。 「はい、誰?」 ノックに対して、まだ声変わりしていないのではないかと思える澄んだ声が 返ってきた。有一は二十歳と聞いているが、こんな声なのか、と訝しく思って いたら、ドアが開いた。 ドアを開けたのは、才野有一ではないらしい。何故ならドアを開けた人物は、 二本足で歩いているのだから。澄んだ声はこの人が発したようだ。部屋を見る と、車椅子に腰掛けた青年が一人に、純白のドレスを着た少女が一人。そして ドアを開けた人物とそっくりの男が一人。 「地天馬鋭、です」 「ああ、あなたが噂の。ご活躍はかねがねうかがっています」 ドアを開けたままの姿勢で、野間双児のどちらかが言った。彼らは本当にそ っくりで、見分けがつかない。容姿から背格好から、着ている服まで、何もか もが一緒である。違っているのは、ドアを開けている方が僅かに髪が長いか。 サれもほんの少しの違いだから、簡単には分からない。 「それは光栄。ところであなた達は?」 「これは申し遅れてしまった。私は推理作家・野間双児の一人、比呂見です」 ドアを完全に開き、私達が中に入ったところで、相手は答えた。 「そして僕が野間双児のもう片方たる十和也です。よろしく」 ずっと部屋にいたままだった男が、快活に答える。 と、今度は、少女に車椅子を押してもらって前に進み出た形の青年が言った。 「本物の地天馬鋭? うわあ、想像通りの人だなあ。僕の無理を聞いてくれて、 どうもありがとう。あ、僕、才野です」 少し顔をしかめてしゃべるのは何故だろうと考え、私ははたと気付いた。彼、 才野有一は背骨にも損傷を負っているのだ。その関係なのだろう。 「今はお亡くなりになったある作家は、床に臥したままで作品を書き続けたと 聞いているけど、君は書く方もやるの?」 地天馬がそう聞くと、才野は少し照れたような顔をして答えた。 「ちょっと前に、一度だけ書いた事はありますよ。あんまりうまく行かなかっ たので、それ以来書いていません。今は読むのが専門です」 「それは残念。機会を見て、また書き始めるのもいいと思うよ。何かに熱中す るというのはいいことだし。……ふむ。今はラジコンという訳か」 地天馬は部屋を見回しながら、最後の言葉を口にした。才野の部屋には、目 立つ物が二つある。推理小説がいっぱい詰まった本棚と、いくつかのラジコン が飾ってあるガラス戸の棚だ。飛行機のラジコンが多い。 驕uあはは。分かりますよね、やっぱり。自由に動かせるおもちゃは、見ていて 楽しいですから。それに彼女も興味を持っていますしね」 才野は自分の後ろに立っている小柄な少女の方を見た。小さいが、何かを訴 えているかのような目。そのすぐ上で切りそろえられている黒髪は、肩まであ る。「少女」の上に「美」の字を付けても、文句を言う人はいない顔立ち。 そんな彼女には不似合いな携帯ワープロを取り出したかと思うと、彼女は文 字を打ち始めた。画面に現れた文字は。 「はじめまして 浜村深百合です」 「はまむら……みゆり、と読む?」 地天馬が言うと、浜村は嬉しそうにうなずいた。 この娘が正一郎の後妻、中島美々の従姉妹か。口がきけないとは知らされて いなかった。ラジコンみたいな機械が好きには見えないが。 「手話はできるの?」 地天馬は自分で手話の手つきをしながら聞いた。すると浜村は手話で応じた。 当然できるのだろう。 「さて、お互いの紹介が終わったところで、話の続きなんですが」 有一が切り出した。何の話で? と私が言うと、 「去年、この無角館で起こった盗難事件のことです」 −以下3−
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