空中分解2 #0485の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
藤森は気付かれないように獲物の跡をつけていた。その獲物は優秀なソフトウェ アデザイナーであった。彼はソフト後進国と言われる日本において、海外でも通用 するほどの才能をもっていた。藤森はその男、中島忠男をある大手の家電メーカー に引き抜くために、動いていた。今度、コンピューター関連の分野に進出するにあ たって、優秀な人材が欲しいらしいのだ。 中島が寂れた居酒屋へ入っていくのを見届けると、一応その店の名前と時刻をメ モし、財布の中味を確かめた。そして藤森は、男がほどよく酔うの時を待つために 向かいの喫茶店に入った。 コーヒーと文庫本で時間を潰した後、藤森はその居酒屋へと入っていった。席を さがすふりをして店内を見回した。中島は陽気に騒ぐわけでもなく、店の端で飲ん でいた。藤森は事前の調査が間違ってないことを認識した。中島が勤めている会社 では、彼が思う通りにやらせて貰えていないのだ。それは中島自身、仕事で失敗し たせいでもあった。きっと胸の中には吐き出せない思いが詰っているだろう。藤森 は自分の意志とは別に顔がほころぶのを感じた。 「ここ、座ってよろしいですか?」 疲れた表情を見せて、藤森はとなりに座った。すでに藤森は演技に入っていた。 「ええ、別にかまいませんよ」 中島のほうは、本当に疲れた表情をしていた。彼はどちらかといえば人付き合い の下手な人間であった。だから逆に言えば、自分の才能によって生きてきたのだ。 仕事がうまくいっている時はともかく、失敗をすると周りの人間は冷える。本当な ら、彼の悩むべき問題は自分の人付き合いの下手さなのだが、今の彼は会社や職場 の人間を恨み、また、自分の仕事に悩んでいた。 藤森は自分で二三杯ビールを飲み終えたころ、アプローチを開始した。 「まあ、一つ。どうですか」 中島の半分あいたコップに、藤森はビールを注ぎにかかった。 「えっ? ああ、すみませんね……それじゃ、頂きます」 「調子、どうです? だいぶ疲れてるみたいですね。仕事きついですか」 「……いや、仕事というよりは、人間関係の気疲れってやつですかね」 話しかけられて迷惑、といった様子で中島は答えた。 「営業なさってるんですか? そうですよね。私は営業やったことないけど、そう いう人いるみたいですよ。元々がそういうのに向いている人でも、そういう時ある って言いますし」 「そうでしょうね……」 中島は苦笑いをして相づちをうった。 (おそらく、彼は自分が営業でないと説明したくないほど疲れているんだな) 「私は営業じゃないんですが、そういう気持ち、分かりますよ。でも、大抵、仕事 がうまくいってないときなんだですよね……そういう時って」 そう言って、藤森はもう一つ突っ込んで中島の共感を得ようとした。 「そうなんですよね」 (よしよし、うまくいってるぞ。ここで方向転換だ) 「いっそのこと、会社移れたらって、考えたりしません? 私ならそんな風に思っ ちゃうなぁ。ま、実際、私は会社には恵まれてるほうなんでね。思ったことありま せんけど」 「それはいいですねぇ。それに比べて、うちの職場ときたら……」 綿々とつづく中島の愚痴に、藤森自身の思いを重ねていった。藤森も中島と同じ く、人付き合いがうまいほうではない。そして、中島のようなこれと言った才能も なかった。彼自身、嫌々この引き抜きをやっていたのだ。そして、人を引き抜くと いう、どちらかといえば職人芸的な仕事、いや藤森自身は自分の仕事を、家出少女 を捕まえて働かせるヤクザと同じような仕事と考え、罪悪感をもっていたのもその 一因だった。 『ヘッドハンター』なんて名前にひかれて、こんな仕事につくんじゃなかった。 そう思って藤森は、コップいっぱいのビールを一気に飲み干した。 その時、中島は藤森が待ち望んでいたキータームを言った。 「ああ、どっかいい会社ないですかね」 (待ってました) 「ソフト業界の営業なさってるんでしたっけ? 設計なんかだといいとこ知ってる んですがね……営業ねぇ……」 「いや、僕、実はソフトウェアデザイナーやってるんですよ」 「え、ほんとですか? それならぴったりだ。いえね、友人からいっつも話聞かさ れてたんですよ。本気だったら、連絡先教えときましょうか? そこ、まだ人材不 足でね。かなり自由にやらせてもらえるらしいし、いいんじゃないですかね」 「ほんとうですか? 一応話きいてみようかなぁ」 「じゃ、これ渡しときますから。藤森から話聞いたって言えば、わかりますよ。本 当にうまくいくといいですね。じゃあ、私はこれで。あ、これまでの分、勘定私が 払っときますよ。いやいや、いいんです。じゃ、がんばってくださいよ。それじゃ あ、また」 そう言ってもう少し飲んで帰るという中島と別れ、藤森は店を出た。やっと一仕 事終えた彼は、最初から飲みなおそうと思った。 その時、藤森は肩を叩かれた。 「あんた、転職考えてない? あんた勤勉で優秀な人間ね。是非欲しいあるよ。い い仕事ね。あんたの才能を生かせる仕事。あんた、さっきみたい嘘をつかなくて済 むね……ここじゃ話無理ね、どっかて飲んで話しませんかー?」 その男は妙に肌が黒かった。ヘッドハンターがヘッドハンターを引っ掛けるとは 間抜けな話だ、と藤森は思った。が、人のやり方を知っておくのも、自分にプラス になるとも思い、からかい半分でついていった。 中島は転職して吹っ切れたのか、表情が生き生きとしていた。中島は転職後に、 藤森はヘッドハンターとして優秀な男だと知らされた。結果として転職は成功だっ たとはいえ、中島にはだまされたと言う気持ちが残っていた。あの時、「自分も転 職したい」とか、「自分だったら転職するだろうな」なんて言ったのはすべて嘘だ ったと思うと、腹が立ったのだ。 しかし、ある朝、朝刊を眺めていると、藤森が自分にそう言ったのはまんざら嘘 でもなかったのだと思った。と同時に、藤森自身も嘘をつくのに疲れたのだな、と 感じた。 その新聞の見出しにはこうあった。 『日本人初の首狩り族酋長に藤森氏』 終
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