CFM「空中分解」 #1830の修正
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(3) 夏。 窓に映る、太陽の光。 人工の明かりに見慣れた目には、まぶしい。 街の中のビルのフロアに縁の勤める会社があった。 空調でコントロールされた室内は、冷房がよくきいていて、故に、縁は長袖を着てい た。 薄い白いブラウスの袖をまくりあげる事はない。 その下には、薄く傷が残っているのだから。 うっすらとした傷であったけれども、何かと聞かれるのがうっとおしかったから。 だから、なるだけ腕を見せるような服装はしなかった。 そして。 22歳の誕生日。 同じ会社の男性にプロポーズされた。 ずっと付き合っていた人だった。 傷の事も知っている。 その日、親にも報告した。 親もよく知っていたから、承諾してくれた。 あの母親の希望に沿った人だったから。 将来、有望な。 っていう人だったから。 −−−でも、私にとってはそんな事どうでもいい。 例え母さんが何と言おうとも、これだけは、私自身のことなんだから。 だから。 『はい』 即答。 −−−本当に問題は何もないもの。 縁は上機嫌だった。 「ちょっとお、縁。さっきから何にこにこしてんのよお」 友達が声をかけてくる。 「何でもないよお」 「うそつけ」 「怪しいなあ。絶対なんかあるに決まってるもの」 −−−どうしよう。 困った表情が、いつの間にか笑みに戻ってしまう。 「ほらほら」 「何でもないよ」 −−−困った。 縁が真剣に対応策を考えはじめた時。 「あ、ちょっときたよ、おじさんが!」 集まっていた中の独りが目ざとく、上司の姿を見付けた。 「げ、ミーティング終わったんだ」 「さっ、仕事仕事」 そそくさと自分の机に戻る皆の姿を見ながら、縁はほっとため息をついた。 −−−これは、しばらくこの調子かな・・・。 まだまだ、先は長いのに・・・。 ☆ 夏。 縁の誕生日。 プロポーズの場所は海だった。 だいたいデートコースっていうのは、皆考えることが同じなのか、他にも数組のカ ップルが歩いている。 彼−−−正樹は、縁の速度に合わせてゆっくりと歩く。 沈黙が続いていた。 何か2人とも緊張して、縁はそれに耐えられなくなっていた。 −−−何か・・・。何か、話は・・・。 海は干潮の時で、岩場の幾つかに海水が溜っていた。 その中の一つに小さな魚が泳いでいる。 縁はそれを見付け、立ち止まった。 小さな、小さな−−−金魚みたいな、魚。 −−−こんな所いたら、干上がった時、死んじゃう。 その時、縁の頭の中を赤い金魚が泳いだ。 それは、遠い過去の思い出。 ずっと遠い事なのに、何かの拍子に思い出す。 忘れたいって強く思えば思う程、忘れられない思い出。 −−−怖い。 突然そう思った。 海の側にいるのが怖い。 私、『泳ぎたくない』のに・・・。 思って、だけど。 また思う。 −−−何でだろ。 泳がなくていい所にいるのに。 いつだって。 金魚を見る度に、そんな思いにとりつかれる。 『泳ぎたくない』って・・・。 −−−何か違う事、考えたい。 何か違う事。 「あのね」 縁はやっとの思いで口を開いた。 「あのね、前に、友達と、一番行きたい所はどこかって話をしたことがあったの」 そう言って、正樹の方を見上げ、視線があって慌ててうつむいた。 「誰もいない海岸に行きたいった、皆、そう言ってたのよ」 「君も?」 「私は違うの。私は海、あまり好きじゃないの」 「へえ?どこか別の所がいいの?」 「どこだって、人のいない所なら」 正樹は不思議そうに首をかしげた。 「どうして、海が嫌いなの?」 聞かれて、縁はとまどった。 自分自身、何故か、なんて判っていない。 感覚的に好きになれないだけ。 縁は迷って。 そして、答えた。 「中学校の時、水を使った実験で事故があって、怪我したの」 縁は右の袖をあげた。 薄い傷が何ヵ所も走っている。 正樹は驚いたように、その傷を見つめた。 「それ以来、『水』にかかわるもの、って好きじゃないの。プールとか、海、川も・・ ・」 「そうだったのか。トラウマって奴かな」 「そうね」 −−−違うの。 縁は言葉と裏腹な返事を心の中でした。 −−−判ってないの。本当は。 だって、あの水の事故が起こる前から、私は『水』が嫌いだったんですもの。 トラウマ。 小さい頃の障害が原因だとしたら、私に一体何が起こってたんだろう? あの『金魚』の思い出。 一体何なのか判らないけれど、関係あるんだろうか。 今まで、何回も自問し、そして、決して答を得られなかった問いは、再び解答を得る 事はできそうにない。 ☆ 波の音。 ただそれだけが響く。 どうかしたくて、それでも、どうしようもない沈黙が2人を包む。 この雰囲気を維持したくて、だけど、このままでは耐えきれない。 「だけどね」 沈黙を破ったのは、正樹の方だった。 縁はほっとし、だけど、残念な思いにかられる。 「人間ってのは、どんなに水が嫌いだって思ってたって、でも、本当はずっと心の奥底 で、水が大好きなんだと思うよ」 優しい声。 「どうして?」 縁の問いに、正樹は笑って答える。 「だって、地球の生命は水の中から誕生したんだよ。いわば、水ってのは、生命全部の お母さんってとこだろ。自分の生みの親が心底から嫌いだっていうものなんてそうそう いないと思うからさ」 言って、正樹はそっぽを向いた。 自分の言った台詞に照れたんだ、と気付いた縁は、思わず笑ってしまう。 と。 「笑わないでくれよ。後悔なんかしてしまうじゃないか」 正樹の怒ったような口ぶりに、止めようとした笑いが再び再発してしまった。 「おい」 「だって・・・」 縁は笑って、笑いながら、ほっとする。 「ありがとう」 「えっ?」 「何か、凄くうれしくなっちゃった」 「そう」 正樹はとたん、優しい表情に戻った。 「子供産む時って、羊水っていう水の中に胎児を浮かべるんだってね」 「ええ」 「そんな水も嫌い?」 「ううん。だって、そんな事いってたら飲み水なんかまで嫌いって事になって、私生き ていけないじゃない。私が嫌いなのは、ある程度大きな水なの」 「そうか、じゃ大丈夫だね」 「何?」 「だって、僕の子供産むのに必要な羊水まで、嫌だって言われたらどうしようかなって 思ったから」 「えっ?」 縁は驚いて、正樹を見た。 一瞬、何言われたか判らなくて・・・。 理解した途端、かあっと血が昇った。 正樹は、今度は真剣な表情で、縁を見つめていた。 「一応、プロポーズなんてものの、つもりなんだけど・・・」 縁の頭は混乱し、それでも、言うべき言葉は決まっていた。 だけど、それすら言えなくて。 「はい」 一言。 そして、正樹に抱きついた。 その時。 頭の中に再び金魚が泳いだ。 小さい金魚。 赤い金魚。 −−−怖くないよ。 もう、怖くない。 何があっても怖くない。 だって、何かあったら、たよれる人ができたんですもの。 だから、もう怖くない・・・。 泳ぐ金魚。 白い腹。 干上がった池。 −−−それが何なのかは知らない。 だけど、もう怖くない。 水は、私達の生みの親なんだってね。 −−−『水』−−− 舞火 *********************************終*****
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