CFM「空中分解」 #1821の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
私は今、南原光次郎という男の経営する探偵事務所で働いている。決して儲 る職業じゃないが、ある事件がきっかけで勤めることになった。 ある事件とはちょうど私が二十六で、まだ自動車部品工場の作業員として働 いていた頃に起こった。 私の友人で田沼健三という男がいた。 彼は中学時代の同級生だ。中学のころはチビだの、ウスノロだのと、いつも みんなからいじめられてきた彼だが、今では彼に逆らえる者はいない。はずか しながら、私も田沼に借金をしているその一人だった。彼は交通事故で失った 両親の保険金を元手に金貸しを始め、そこから、さらに金融会社の経営にも乗 り出し、今ではその会社の数も都内で二十軒に昇るというすごいものであった。 彼の家は隣町にあった。これがなかなかの豪邸で、最近彼が建てたものだっ た。 私は彼の家の門の前まで来た。「田沼健三」と書かれた表札の前で私はネク タイを整えると、門柱のインターホンのボタンを押した。 返事がない。誰でもそうだが、私がドアをノックしたり、ベルを鳴らして、 相手が出た試しがない。こういう時は大概、よからぬことが起こっている。そ れが推理小説のパターンというものであろう。 もう一度、押してみた。ううむ……返事がない。いやな予感が−− めげずにもう一回。 「はい、田沼でございますが」 「私、尾崎と申します。田沼さんは御在宅でしょうか」 彼は独身で、両親もいないので、田沼だけで通じるのである。 「尾崎さん?ちょうどようございました。旦那様が大変なのでございます。ど うぞお入りになってください」 話の重大さの割にはインターホンからの声は不思議と落ち着いていた。 「はあ」 何だか予感が当たりそうであった。 門が自動的に横に開いた。私は門を抜けて、走り、田沼の家に入った。 「どうかしたんですか」 私は玄関で家政婦らしい女に尋ねた。 「じ、実は……」 家政婦が怪談でも話しそうな口調で言った。「旦那様が亡くなったのでござ います」 「本当に!」 私は喜んだ。 「え、ええ。でも、喜んでいるみたいですね」 家政婦は私を軽蔑の眼差しで見つめた。 「そんなことありません」 私は顔のゆるみを必死に押えながら、言った。「それでいつ死んだのです」 「たった今です」 「たった今?心臓発作ですか、それとも心筋梗塞?」 「わかりません。突然、苦しみだして……とにかく、来てください」 家政婦に案内され、私は書斎に入った。 「うわあ」 私は思わず目を背けた。人の死体を見るのはどうも苦手である。 だが、状況を説明しなければ、話が進まないので、見るとしよう。 書斎は私の部屋と同じ六畳ほどの部屋で、ドアの正面と右側の壁に大きな木 目の書棚がある。かなり高級な品だ。その棚には法律学や経済学の本がびっし りと並んでいる。漫画などは一冊もない。 左側の壁にはカーテンのかかった小窓があり、その下に木製の机。こちらは 彼が学生時代に使っていた机によく似ている。 机の上に何も書かれていない便せんと万年筆、そして、その他のペンの入っ た缶がある。私が何気なくその便せんを取ろうとした時、思わず手を引っ込め た。指を少し切ったらしい。すうっと細い線のように血がにじみだしてくる。 こういう傷は後からしみるように痛くなるから嫌である。全く新しい紙を手に するときは気をつけなければ。 机の引出は鍵がかかっていて開かない。 机の下にはダストボックスがある。机の横には小型の金庫があるが、こちら は鍵がかかっておらず開いていて、中には借用書があった。 そして、問題の田沼はふかふかのカーペットの上で仰向けに泡を吹いて死ん でいた。 服装はガウン姿。争った跡はない。死体はまだ温かく、家政婦の言う通り、 死んでからそれほどたっていない。 「病院には知らせたのかい?」 「いいえ」 「警察には?」 「いいえ」 「どうして?」 「知らせようと思ったら、あなたが訪ねてきたんですよ」 「だったら連絡してください。早く」 「わかりました」 家政婦は部屋から出ていく。 私はもう一度死体を調べた。 一見、発作的な死にも見えるが、しかし田沼はそれほど病弱ではない。しか も、まだ二十六だ。年老いた者ならともかく、この若さで発作的な死はやはり ありえない。 とすれば、殺人!そうだ。田沼は毒殺されたのだ。 私はさっそく毒物らしいものを捜してみた。しかし、そんなものは全くなか った。せめてコップでもプレパラートでもあれば、いいのだが。 「何をしてるのですか」 「ああ、家政婦さん、田沼さんはどうやら殺されたみたいです」 「殺された?」 「ええ。あなたが見る限りで、彼が病気もちだったようすはありますか」 「そうですわね、旦那様は健康でして、薬など飲んだ事もありませんでしたわ」 「そうでしょう。そうなると誰が殺したか」 私は家政婦を見た。 「私はやってませんよ。だってそんなことしてもなんの得にもならないでしょ う」 「そうですか。あなたもひょっとしたら田沼に金を借りていたんじゃないです か。なんとか借用書を手にいれようとして田沼を殺した。あなたなら事前に毒 を盛ることができますからね」 「そんなひどいですわ」 「しかし、警察は疑いますよ。現に私が尋ねなかったら、あなたは田沼の死体 を隠していたかもしれない」 「そこまで疑うのでしたら、仕方ありません。私でない証拠をおみせしますわ」 「ええ、見せてください」 「今、取って参りますので、ここでおまちください」 再び家政婦は部屋を出ていってしまう。 いったい何をもって来る気なのだろう。 私はしばらく待った。ところが、いっこうに来ない。 次の瞬間、私は謀られたと思った。慌てて家中の部屋を回ったが、ついに家政婦の姿は見つからなかった。 「畜生」 私は舌うちをした。まんまと犯人に逃げられてしまった。あの家政婦の事だ、警察にもどうせ連絡してないだろう。 私はすぐ警察に電話をかけようとしたが、思いとどまった。 よく考えれば、私が田沼を殺した犯人を見つける義理などないのだ。むしろ、 今、田沼の部屋の金庫は開いている。そこから借用書を持ち出せば、私の借金 はすべて消えるのだ。どうしてそんなことに気づかなかったのか。 私は田沼の金庫をあさった。ところが私の借用書などどこにもなかった。おかしい。ほかにも金庫があるのか。 ふと金庫の奥に鍵があった。机の引出しの鍵らしい。 私はその鍵で机の引出しを開けた。 そこにはノートが四冊あった。三冊は顧客管理の名簿のようだ。もう一冊は スケジュール表らしい。私はそのノートを手に取って、今日の日付を調べてみ た。 四月二十二日(木) 午前七時 井本に電話 午前九時 古川、来客。 午前十一時 安田、来客。 午後一時 宮田、来客。 午後三時 尾崎、来客。 M M これを見る限り、井本という名前以外はすべて知っていた。いずれも学生時 代の仲間だ。どうやら田沼は昔の友人に対しては自分で応対していたらしい。 多分、旧友が借金の返済に来る度に嘲り罵ることによって、学生時代の恨みを 晴らしていたのだろう。 私はしばらく考え込んだ。 ふと、あることに気が付いて、金庫の中をもう一度調べた。 「なるほどね」 私はニヤリと笑った。「しかし、俺の考えが正しいとすれば、あの家政婦の 存在は何だったのだろうか……」 私はいい加減立っているのに疲れて、机の椅子に座ろうとした時だった。 「まてよ」 私は顎をなでた。「田沼が来客中に殺されたとすると、ここに椅子が一つし かないのは不自然だな」 私はかがんで、カーペットをじっと目を凝らして見た。かすかにだが、ドア から死体までの間のカーペットの毛並が、他と比べて乱れている。 「他の部屋から運ばれてきた可能性が強いな。しかし、犯人が死体を運ぶ必然 性があったのだろうか」 その時、電話が鳴った。どうやらこれ以上の長居は無用だ。 私は玄関から靴を持ってきて、窓から出ると、塀を伝って逃げた。
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