CFM「空中分解」 #1814の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
彼は罪を犯し、地上に堕とされた。堕天使。後ろ指をさす、かつての仲間たち の聶きが辛いと泣いた。 それは大罪。妹を肉親以上に愛してしまったこと。 そして、僕も地に堕とされた。 彼とは、全く正反対の理由で。憎みすぎてしまったから。「「ただひとりの、 肉親を。 さくさく 雪を踏み分け、獣道を歩み、一夜の宿を探す。ハシバミの枝がしつこく絡みつ くのを、振り払いながら。 ふたりで旅を始めてから、数ヶ月が過ぎた。 しかし、罪を償うにはあまりにも時は短すぎる。虚しいほどの早さで日々は僕 の手元をすり抜け、やがてうつろい消えてゆく。そして、人の一生もまた、この 日々と同じ早さで終わってしまうのだと。気が付いたのはいつだったのか。 救われない人々の魂を百、浄化すること。それが僕らに科せられた刑罰。 「「僕は彼を愚かだと思っている。なぜそんな無益なことをしたのか。妹を愛 するなんて大罪中の大罪なのに。掟を破るなんて、なんて愚かなことを…… もっとも僕は、天界へ戻りたいとは思っていなかった。ただ、彼がそれを渇望 しているから仕事を一緒にしているだけ。別に、このまま堕天使の烙印を圧され て、地上に追放されても構わないのだから。 天使は必要以上に互いに関心を払ってはいけない。たとえ肉親でも、それは罪 になる。天使が天使どうし愛し合うと、仕事が疎かになってしまうおそれがある。 また、天使が人間を愛しても、仕事に支障をきたすおそれがあるので、それも禁 止されている。 子孫を残すことは人工受精で当局が管理している。僕たちが人工受精時代の、 最初の子供たちだったそうだ。親の顔さえも知らないし、知ることは一生ないだ ろう。ただし、感受性を豊かにするため、同じ組合せの精子と卵子で育てられた 兄弟は各々にひとり、いる。それ以外の人間に接触することは、15まで禁止さ れている。それが、「掟」。 また、人口は常に一定であることが原則になっているが、試験管の中で生まれ た同胞は、現在確実に増えつつあるのが現実だ。地球の人口に追い付かないのだ から、天使たちも増加の一途を辿っている。 俯き加減で歩き続ける僕を、彼は小突いて、 「ほら!家だよ。ねねね、泊めてもらえるかも」 彼の指し示す方角にあったのは、古い「「洋館。崩れそうなほどの。煉瓦はも うかつての面影を残さず、壁のひび。絡みつく枯葉色の蔦。 「ああ」 諾いて、今度はそこを目指す。このような辺鄙なところに宿などないだろう。 ヨーロッパとはいっても片田舎なのだから。民家を見るのは、三日ぶりだろうか。 「「「みづかっ!」 彼「「中性的な容姿のその少年の名は薙という「「は、不意に足を止める。身 をこわばらせて立ち。おびえた瞳で僕を見つめる。 「どうした?」ヒズ 「「「空間が、歪んでる。結界かな……?」 「え?「「ああ、おまえは敏感だからな。磁場の変化や空間の歪には弱いんだっ たな」 空間が歪む。それ自体はそんなに珍しいことではない。とるに足りない些細な 理由が空間を歪め、人を閉じ込めてしまう。ささやかな誤解や、憎しみ、怒り、 哀しみ。人の心を支配する闇の感情が、この世界の微妙なバランスを崩す。 「「蒼い……蒼い、蒼い地球。水と大気の星。僕らが護るべき星。たとえ、人 が滅びても、何億年経っても、僕らはこの星を守り続ける義務がある。その理由 は知らない。管理局の上層部の一部の人間が、その理由を知っているという。 どちらにしても、上層部の命は僕たちの護るべきこと。この地球を護るために はどんな手段さえも厭わないことが原則とされている。だから、ほんの少しの歪 みといえども修正せねばならない。人を食べて大きくなるそれは、いつかこの地 球さえ飲み込むとの予測がなされている。 浄化されない魂の多くは、これらの現象を起こしつつある。「「もう、既に。 キッ…… 片手で、もう錆び付いてしまった門をあける。僕の後ろに、薙が従う。 しかし、雪はかなり降り積もり、かつての小道の面影を伺うことはできない。 「あれを、見て」 薙は眼がさとく、いろいろなものを見つける。そのせいで、旅先ではしょっち ゅうトラブルに巻き込まれた。それは。幼さ故の、観察力なのか。 彼の指先は、墓標を十字架を、示す。朽ちそうなほど古い、鉄製の。もう既に、 錆びついていて、省みる人もいないのか、花さえ手向けられてない。 「ああ。「「本当に、訳がありそうなところだ」 薙。彼自身の、敏感な神経が感じているのだ。この空間に立ちこめる、空気。 本当に。何があるというのだろうか。ここに。 目の前は白い世界。白銀の。輝ける。 さらに雪を踏み分け、大きな木の扉の元へとたどり着く。 青銅でできたグリフォンのノッカーを、思いきり、叩く。錆び付いていて硬い、 それ。訪れる人も、すでにいない廃屋なのか? 僕たちは見当違いをしていたのだろうか……という、一抹の疑問。 暫くして、かなり唐突にドアが開いた。 「ヴィ!待ってた、待ってた……ヴィ……」 長身で美形なのだが、病弱そうな青白さの痩せた青年が、薙に抱きついた。 流暢な発音、正確且つ優雅なクイーンズ・イングリッシュ。 「げげーん!」 薙は、驚いて目を白黒させている。手足はじたばたと宙を掻く。 「ひ、人違い!僕は薙だってば!」 「「「薙……?これは失礼……」 青年は、そのとき初めて自分の失態に気付き、詫びた。 「へー。確かによく似てるじゃないか」 青年貴族「「アレンの見せてくれた、彼の婚約者であるヴィの写真は、驚くほ ど薙に似ていた。 「すまなかった。間違えたりして」 そう言う彼の顔にかげり。 「「「そういえば、君達の服はずいぶん変わっているね。どこの服かい?それに 名前も。みづかと薙、とは、外国の名前らしいね」 一応、20世紀の標準服に合わせてきたのだが、アレンの感覚とは違うらしい。 「え?ああ、日本の……日本の名前だから。洋服も」 僕たちは、名前に合わせて日本国籍、と言うことで打ち合せしてある。もっと も、姿形はあまり似ていないのだが。けれども、僕は一応栗毛なので、日本人で 通用するし、薙もハーフだと偽ればいいので、便宜上そうしていた。 「日本……東洋の国か?」 「そうそう」 しばしの沈黙。 「で、ヴィクトリアさんは、まだ来ないの?」 国籍などの核心に触れさせて、下手に疑われても困るので、薙は話題の転換を 図った。この辺りの巧妙さに、思わず感心させられるほどの話術を、彼は持ち合 わせている。 「そうなんだ。ずっと、ずっと、待ってるんだけれど。「「本当に長いこと」 「ねえ、彼女との馴れ初めは?」 「ああ、それはね……」 彼の眼は遠い過去を見つめ、やがて語り始めた。 僕は十代の頃、とても病弱で、17の時大病を患って、スイスの療養所へ入っ た。親元を離れて、一年間も独りで暮らさねばならなかった。「「辛かった、実 際。貴族のぼんぼんなので、甘やかされていたしな。 でも、そこでヴィに会った…… ヴィは、同じイギリスの少女で、もう落ちぶれかかった男爵家の次女だった。 彼女のお母さん似で、それはそれは綺麗な子だった……。天使のように優しくて、 朗らかで。天真爛漫ってことばが、あれほど似合う子は見たことがない。 彼女は、重い肺病でね。僕より療養生活が長かった。僕の方が退院が早くて、 彼女が退院したら結婚する約束で、別れたんだ。 要約すると、こんな感じの話だったろうか。 「ヴィって、素敵な子?」 「ああ、それはもう!誰もが彼女に夢中になった。老若男女、問わずにね。優し くて、本当に……。堅物だった両親も、すぐに結婚を許可したくらいだ」 ヴィ。聞き覚えのある名前。僕の知る、あの少女の笑顔が脳裏にオーバーラッ プする。明るく笑う、優しい瞳。すみれ色の。 「あ、ヴィって、幾つだったの?」 「16。ひとつ下で、あの記念すべき阿片戦争終結の翌年に生まれたんだよ」 え、という顔をして薙は視線を僕に移した。 地球の歴史ぐらい、教養として、知識として学校で習う。地球管理の基礎にな るからだ。だけど、阿片戦争なんて、百五十年以上も昔の出来事じゃないか! 「「アレンは、僕らをからかってるのか? 「「「本当に、本当にヴィは……」 なおも遠くを見つめる、アレンの瞳。 「綺麗で綺麗で綺麗すぎて、強くて強くて、それでも誰よりも脆かった……」 語尾は過去形。「「それはどうしてなのか? 思い出さなければ、みづか。庭の、墓標。あれの意味は一体なんだ?脳をフル 回転させて、考えなければ。 アレンがきっと握っている。鍵を。この辺りの空間の歪を造った鍵を。 「アレン。きみは、いつ生まれたの……?」 遠慮がちに尋ねた。 「え?僕?僕は、ヴィよりひとつうえだから、1841年だよ」 ぱちん。 暖炉の薪が、はぜる。 「じゃ、きみのお父さんたちは?」 「今でも元気に、ウェールズの本宅で暮らしているよ。この屋敷は、結婚したら 二人で住むように、って父が僕に与えてくれた物だから。最近は手紙もこないけ れど、二人で元気にやってるらしい」 人間が、天使と同じくらいの長寿だとは初めて聴く。 謎は謎を呼び、真実を覆い隠す。でも虚構はいつか瓦解する。愚かなのは愛だ と。最後にその事実だけが証明されるために、すべてが存在する。 (後編に、続く) 斎院くな
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