CFM「空中分解」 #1465の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
6 今日は何をするにも気が重い日であった、彼女にとって。帰宅するとずくに寝込んで しまった。いまだもって、失跡した間借り人は現れていなかった。こうなると、最初に 思った言葉が過る。 “……………………………………………死………………………………………………” まさか。今頃、どうして?何がきっかけなの?彼しか感じることの出来ない痛みとは 一体なんなのか。私にはそれがどういう意味のあることなのだろう。やがて私の身にも 起こることなのかしら。 「………でもさぁ、あれだけ煩がっていたのがいなくなったんですもの、喜ぶべき事 よ………。」しかし、その言葉には実感が無かった。 彼の意識はゆっくりとではあったが回復しつつあった。しかし、まだ、人間としての 人格までは至っていない。エネルギーの増大が起こっただけだ。意識を縛っている鎖は まだまだ強かった。しかし、橋本の触手は鎖のあいまから以前のように勢力をはるため に伸ばされ始めており、鎖を破るのも時間の問題だった。 翌日、羅清仲右衛門は中村と接触するために、毎移動時間文学部の館内を走り回って いた。藤田も中村も哲学科で科こそ違えど彼と同じ文学部だった。ところが、中々彼女 を捕まえることが出来ない。どうも、避けているみたいだった。藤田にも会おうとして いないらしい。本人が逃げ回るとなると、高校とは違って規模の大きい大学だからいく らでも隠れられる。探すのは至難の技だった。 意固地になっているのかな。まあ、僕を嫌うのは当然だとしても藤田さんを避けるの はきっとこの間のことがあるからだ。謝るにも謝れず、ましてや仲直りなんかできやし ない。取り合えずは時間によって風化を待とうというのか。 もしかしたら、杉丘の方に走るかもしれん。なにしろ、進む道は予測出来るところ、 それしかないのだから。 彼は自分にいまいましさを感じていた。結局、探し出せなかったのだから。自分のカ リキュラムが放課となってしまえば、逃げられてしまう。4時間目が終了した今、彼女 は……… 奇人はエレベータの前に立った。彼は文学部棟2号館8階にいた。普通なら階段で下 るところなのだが、意気消沈しきっている彼は機械の力を借りることにした。壁面にあ った“▽”ボタンを押す。なんと、ボックスはB1にあった。すぐには上がってきそう もない。 と、そのとき肩を叩く者がいた。しかし、彼は振り返らなかった。彼をからかう者は たくさんいるのだ。そんな者をまともに扱っている場合ではない。くそくらえだ。 「おい。」しかし、背後の者はしつこかった。 仕方なく、奇人はゆっくりと振り向いた。 そこには背の高い人間が存在した。細いズボンを身につけ、流行のジャケットを着こ なしている。彫りの深い窪みの奥には三白眼の鋭い瞳がある。削られたかのように無骨 な頬。短い、スポーティな髪型。彼のことを、奇人は知っていた。 「何で政経の人間が………」 「いても可笑しくはあるまい。」彼は冷徹に笑った。「羅清だろ?」 「そうだが、何だ。」 男は前に出た。小柄な羅清に比べると恐ろしく体格がいい。 「滑稽じゃないか。御前に彼女がいたとはな。」 「………」彼は無言で挑発を受け流した。 「中村孝子だよ。藤田からきいたぜ。」 「ほお………。」 「しかし、残念だなぁ。何故なら、ありゃ、俺の女だからだよ。」決定的な事実をいい 放ったかのように彼は勝ち誇った。「知らなかったのだろうから今までのことはいいが、今後は近寄らないでくれ。」 ここで悔しい顔を見せようならますますつけ上がっただろう。しかしながら羅清はそ んなことはしなかった。それよりも、彼の言動のひとつひとつを脳裏に焼き付けていた。あとで彼を分析するためだ。こういった人種はなかなかお目にかかれんからな。 背後でチーンという音がして、エレベータが到着した事を告げた。奇人は男から視線 を反らさないで、ボックスに乗り込み、内部のコンソールボタンの“開”を押し続けた。 男は超然とした態度を取り続けていた。疲れることだろうぜ、羅清は腹で笑った。男 の方も、こっちの貧相な顔をみて、笑顔を浮かべていた。彼はエレベータには乗ろうと はしなかった。おそらく、彼を探してご苦労なことに7階まで上がってきたのだろう。 目標が達せられた今、塵とは一緒にいたくないといった感じだ。 「杉丘さん、」 このとき、小男の顔がサッと変わった。意を決した、強力なものだった。それを見て 杉丘修は計算通りに進んでいないことを初めて知った。 「あなたの性格が大体わかりましたよ。」 「なんだと!」彼は怒気を上げた。「なんだと!」 羅清は指を離した。グッグーという音と共に、ドアが彼らの間を仕切ってゆく。杉丘 の不快な顔、そして羅清の自信に満ちた顔が隠されてゆく。そして、閉まる寸前に奇人 は短く言い放った。 「一言で言って、甘えん坊、ですな。」 男が怒りを爆発させドアに向かって突進したときには、もう奇人は下り始めていた。 杉丘は怒りをドアに激突させた。フロアに重々しい音が響いた。 藤田は駅で張っていた。いくら逃げ回っても駅から乗らなくてはならないのが電車通 学者。学校では捕まえることが不可能でも、ここなら………と思ったが、浅はかだった。ここは田舎のローカル線でなく、都心の秒刻みのダイヤの黒字線なのだ。吐き出す人間 は波のよう。気をつけてみていても100%網羅するなんてことは不可能だ。そして夕 暮れになるにつれて混雑は混乱へと発展する。5時にもなると、何がなんだか分からな くなった。 「ちっ!」彼女は舌打ちした。この間のことを気にすることはないのに。まぁ、確か に腹がたったけれども………。それよりも、早く話をしなくては………。羅清くんは頼 りないし、あの野郎は狙っているし、彼女の付き合っている相手にはどうやって連絡を とったらいいか分からない。 「あ〜、もう!!」 中村は既に帰宅しつつあるところだった。彼女の家は直線300mのゆるやかなこの 坂を乗り切ったら、すぐだった。白い2階屋。通りの反対方向の窓が彼女の部屋のもの だった。 羅清くんも涼子を探していたみたいだったけれども………ついつい逃げてしまった。 何故だろう。そんなこと分かっているじゃない、意地よ。この間の手前?そう。あいつ らがからかい過ぎなのよ。本当にそれだけかなぁ。何よ。本当は謝りたいんじゃないの?…………。だけれども、恐いんでしょ?どうして。今までは、あなたのことにあーだこ ーだ言ってくれる人間がいたけれども、急にいなくなっちゃったからよ。そんなことは ………… 彼女は久しぶりに自問自答をしていた。これまでだったらそんなことをしなくとも、 始終、考えの違う話し相手がいたからだ。普通の人間の状態に近くなったのだけれども それが逆に彼女にとっては不安だった。 彼女は玄関の戸を開けた。そして一見普通の女の子が言うように「ただいま」と言っ た。 意識はほぼ戻っていた。しかし、彼の疲労は酷く、とても大家と話せる状態ではなか った。まだ、微弱ながら、鎖も存在していた。慌てることはない。何故なら彼にはどう してこういう状態に自分が陥るようになったのか、大方理解しつつあったからだ。 時間は無いが、カードはまだ手中にあるさ。 彼は少し眠ることにした。 下宿のアパートの6畳部屋に入るとムッとするものがあったので、奇人は窓を開け放 って空気交換を行っていた。外には恐ろしくも奇麗な夕焼けが広がっている。天中附近 にはもう早くも星が瞬き始めていた。細い雲が黒く、墨で書かれたようにたなびく。街 の夜景は地上に降りたった銀河のよう。遠くの方で青と黄色のサーチライトが天に向か って放たれているのが見えた。 羅清は窓に頬杖をつきながらこれらの様子を見入っていた。肌寒いがそれを代償にし らくは、こんな光景が見えるのも、この時代だけの一瞬だけなのだろう。彼はやがてホ モ・サピエンスが絶頂に達し、衰退すると思っていた。その後には、次の人類−−−人 類とそれが呼べるなら−−−がホモ・サピエンスと同様に、荒れ地の中から発展するで あろう。 ハードウェア的に限界があるのだ。もし、人間の個性に当たる部分をプログラム化し て、もっと効率のよい−−−−超伝導素子とか−−−−ものにRuningさせること が出来たなら、人類として生き残ることが出来るだろう。もっとも、やはりどうしても 効率の悪いホモ・サピエンスは死滅するわけであるが。 彼は笑った。 魂をプログラムと考えるのは良いとしても、どうやって脳から飛び出すというのか。 潜在意識の番地の中に拡張機能があれば可能だろうがね。 「出来るなら、魂だけ飛び出る経験をしてみたいものだよ。」 窓を閉めると、彼は現在に戻った。杉丘と中村の分析という、いやにせせっこまい問 題に取り組み始めた。 彼はまだ気がついていなかったが、彼の極近くには既にプログラム通信を行った人間 がいたのだ。そして、彼の考えはほぼそれに近いものであった。 .
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