CFM「空中分解」 #1461の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
2 彼は起きていた。彼女はあれからあっちゃこっちゃ回って家に帰ってきたのは結局9 時過ぎだった。風呂に入ると眠気が襲ってきたらしく、彼女はすぐにベッドに潜り込ん だ。今日は寝る前にリモコンをコンポのスピーカーの上にのせていた。明日こそは寝坊 なしとしたいのだろう。それは彼だって同じことだった。体を享有している以上、彼も 彼女の一部であり、彼女に起こることは彼に起こることなのだから。中村が寝息をたて 始めたとき、彼は目蓋を持ち上げた。彼女の意識が離れているので、彼にコントロール 権が与えられたのだ。彼女の灰色の瞳は今、彼の意志通りに動いていた。 まだ目が慣れていないのか、何もかにもが闇だった。下から中村の家族の声がうっす らと聞こえてくる。TVでも見ているのであろう。 「つ………らい、よなぁ………」 寝ている筈の中村孝子の声が小さく響く。彼女を普通の人間と思っている人がみたら びっくりするに違いない。寝息をたてながら、目を開け、ときに喋るのである。まぁ、 喋るといってもボソボソッとしたもので相当注意して聞かねば分からぬものではあった が。ここまでくるのに2年半かかっていた。宿主には秘密に彼は毎晩練習を重ね、短い 文を発音することが可能になっていた。しかし、意識的に出来るというものでなく、感 情の高ぶりがMAX値を示したときに限るらしい。ようするに、まともに会話出来るわ けではなかった。会話の相手は3年前から変わらず、彼女だけであった。 橋本智樹は既に死んでいた。高校3年生になりたての春の夜、彼は馴染みの古本屋に 行く途中、暴走してきた車に引き摺られた。ほぼ即死に近い状況だった。しかし、その とき有り得ないことが起こった。 人間の魂と一般に呼ばれているものが滅びゆく体から遊離して、離れた場所でテニス 部の部活中に倒れて意識が不明になっている中村孝子の中に入った。そして2週間後、 彼は彼女の体の中で再び意識を回復し、現在に至るのである。 彼が発音の練習をしているとき、ときどき激痛に襲われることがあった。また、最近 で突然意識の空白が襲ってくるときもあった。もし肉体的なものであれば当然大家も同 じことを感じている筈だが、あるとききいてみたところ全く無いという。これはどうい うことなのだろうか。 “つ………らい、よなぁ………” 涙が頬を蔦って落ちた。彼の涙だった。 翌日は雨が降っていた。しかし、ゆううつなものではない。大学に着く頃には殆ど気 にならない程度になってしまっていた。 4時間まで順調に過ごすと、廊下で中村を藤田が待ちうけていた。今日は細い縁の眼 鏡をかけていたが、どうもそんなに度が入っていないらしい。プラスチックの安物だと いう点は、光を受けてのレンズの反射から見て取れた。今日はこんな天気なので見難い のだろう。 「ねえ、今日会わない?」 「昨日の話?」 「そうそう」彼女は少しだけ悪意に満ちた顔をしていた。完全に楽しんでいるのね。「 善は急げっていうでしょ。」 「こーゆー場合言うのかしら。」中村は宙に視線をさまよわさせた。「だけれどもさぁ、なんであんた、そんなに必死な訳?」 「その子もあんた同様、うちンところに投稿してくるのよ。それで知りあいになって… ……話のなりゆきで。」 “なりゆきばっか………” “ま、しゃーないンじゃないですか” 「で、どんな人」 「えへへ」やっぱり楽しんでる!いつかしっぺ返しをしてやるわ!「興味深々といった 感じね。そうねぇ、奇人ね、一口で言えば。」 「ちょっとぅ、なんでそんな人を押しつけるの!」 詰め寄る中村に彼女はぴしゃりと言った。 「変人には、奇人がぴったりでしょ!」 喫茶店ぶーむは大学通りから生まれ出た支道を幾つも継ぎ足して歩いた所にあった。 まわりが事務所とかに覆われているので何とかもっている感じの店である。植え込みに は蜘の巣が張り、入口のドアもペンキが剥げかかっていた。中に入るとすぐにカウンターが迫っていてまことに息苦しい。と、思いきや、レジのすぐ脇に殆ど梯子に近い細い階 段があり、2階のサロン部に続いている。利用者は殆ど上を使うらしい。手摺を蔦って 上にいくと、下の薄暗い雰囲気とは違って明るいイメージとなった。道に面している側 が全て大型のガラスになっている。壁にはステンドグラスがある。下の部分のイメージ もこうしたら入る人間もきっと増えるに違いない、中村はそう思った。 店には窓際で背を丸めて書きものをしている人以外はいなかった。その人間は6:4 に分けた髪に何度も手を往復させている。小柄で、あまりたくましいとはいえない。顔 はほおがこけているが、目は驚く程鋭い。重厚な眼鏡が重く顔に鎮座している。細い指 は神経質そうにルーズリーフに文字を書いていた。 “ほほぅ、学者タイプといったところだね。” “………一目で奇人と分かるところが凄いわよね。” “これからお付き合いをする気?” “あんたには関係ないでしょ!” “いやあ、関係あるさ。俺とも付き合うことにならざるを得ないんだからね。” “………” 「あの人よ。」藤田の悪戯げな栗色の目が舞う。「どう?」 「どうって………近寄ってみなくちゃあ分からない。」 「じゃあ行きましょう。」 藤田は彼女の腕を取って彼の座っているテーブルへと進んだ。彼のルーズリーフが覗 ける。人の絵らしきものと、それを説明する細かな文字。結び付ける矢印。これらの洪 洪水だった。 彼女ら2人が前に座っても彼は首を上げずに、作業に没頭していた。中村が驚いて、 紹介主に顔を向けると、彼女は肩をすくめた。なるほど、変わった人だ。 「羅清くん。」藤田が声をかける。と、彼は瞳だけを動かし、上目使いで彼女達をみ た。「連れてきたよ。」 彼は言葉をきき取るとパタンとルーズリーフを閉じ、顔を上げた。焦茶に黒の斑点の ある小さな瞳が彼女達に向けらけた。そして、中村孝子がいるというのが分かるや、藤 田には目を向けず、一心に注がれた。 「これが中村孝子さん。」 「ああ、間違いない。」掠れた、重々しい声だ。「まさに、中村さんだよ!!」 “あたりまえじゃない!” “へへぇ、なかなか面白そうな人じゃないか。”茶化す橋本。 「こちらは、羅清仲右衛門くんで−−−」 「文学部国文科2年です。サークルは社会観察クラブ。文系ですが、コンピュータもい けるくちでして………」藤田が紹介しようとするのを慌てて受け継ぐ奇人。「去年の大 学祭のときにはお世話になりました。」 「はあ?………私何かしましたっけ?」戸惑い気味だ。 「お忘れも無理はない!」彼は右手をふり上げた。「貴方は売れ残った我部誌を買って 下さったのでありますよ。」 「あぁ!」記憶の回路か繋がり、思わず声を上げる。 「おお、思い出されましたか。」 「ええ、しかし………」 「いやあ、嬉しいですよ、全く。」 喜んでいる相手を前に言えないことだったが、あれは橋本が読みたいと言い出して、 彼女が買ってやったものである。しかしながら、外見上は彼女が買ったことになるので あり……… 「じゃあ、会っているんじゃなぃ!」わざとらしく、声を出す藤田。小説のネタにし なければいいんだけれども、と中村は思った。「そうそう、2人ともライター・クラブ に投稿をしているんだよね、あ〜ら、共通点が信じられないほどいっぱい!」 「ちょっとぉ!!」ライター・クラブに投稿したのも実は橋本の作品だ。 「私、読みました。ああいう、冷めた文章を書くんですね。いやあ、別人のようだ。」 「………はぁ………」 「こうして見ていると不思議な感じがする。」彼は真顔で言っていた。横でにこにこ する藤田。頭の中で茶化す橋本。あ〜やだやだ、まるで小説みたいな展開。「何だか、 貴方の中に別の人格があるような気がしてならないんですな。」 このとき、中村は深い井戸に投げ落とされたような嫌な感覚を味わった。この奇人の 眼光なら、いとも簡単にこの秘密を見抜くことは可能なんじゃないか。もし、ばれたら ………どうなるか全く予想がつかないために、逆に恐怖であった。しかしここで取り乱 してはならない。気をしっかりもって……… 「そうなの、この子変でしょう。」藤田が笑った。「男とあんまり付き合ったことが ないからこんなになっちゃったのよねぇ〜、きっと。」 「私はそんなつもりでいったんじゃありません。なんとなく、不思議な感じがするなぁ と思っただけで……」羅清はおどおどしている中村を窺った。「気に触りました?」 「………い、いえ………」何にしても、この人は危険だ。 「きっと上がっているのよ。」あくまでもノーテンキな藤田涼子。 “わかりっこないじゃないか、しっかりしろ!” “でも………さっききっぱりと………” “あれは言葉のあやだよ!” “そうかなぁ〜” 「あれ、こんな時間だ。」ポケットから出した懐中時計をみて羅清は言った。「クラ ブに出なきゃならないんだよね。すいません。」そういって腰を上げた。 「あー、折角なのに」藤田が残念そう。 「また、今度。」一礼して、階段までいって振り返る。「今、マスター昼休みでいない けれども帰ってきたら、コーヒーでも飲んでやってよ。かわいそうだから。」 「分かった。」 彼の降りてゆく足音が聞こえた。続いてカランコロンというドアに付けられた鈴の音 中村は視線を落としたまま、動けなかった。本当に見抜かれていないのだろうか?確か めたい気がするし、近付くと危険なような気もする。 「どう?」 藤田の興味本意な質問に、中村は意外に本心を言ってしまっていた。 「恐い人。」と。 .
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