CFM「空中分解」 #1398の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
先程から白い冷たいものが登山者達の足をなめてゆく。それはあれよあれよという間 に増長してきていた。サァーッと白いカーテンがかかったかのようにガスって殆ど視界 を失うまでにさほどの時間はいらなかった。5人のパーティはホワイトアウトした世界 で唯一動くものとして道を下っていった。彼らはこの下りの先にある筈の非難小屋に宿 泊する予定であった。無料である宿泊設備の非難小屋はその名称の仰々しさとは違って 気軽に登山者に利用される。それゆえに、小屋そのものの質はある程度我慢しなければ ならず、たまに発見することがある堅牢な非難小屋ほど感激するものはなかった。 パーティは道を急いでいた。ガスッていたし、微量だが体温を奪い疲労させる風が吹 き出してきていた。それに予定時間を大幅に遅れていたのだ。このぶんだと小屋につく のは日が落ちてからになってしまうだろう。とは言っても、10年振りの大雪を相手に してはなかなかそうもいかなかった。リーダーとサブリーダーは高校時代からやってい たれっきとしたヤマヤだったが間にいる3人は夏山こそ百戦錬磨だったが冬将軍とあい 交えるのは初めてだった。雪はそういった人間に対して無情なことは、ヤマヤの中では 広く知られた知識である。 雨具をつける為にザックを降ろすと、硬直しきった同志の表情に僅かながらだが微笑 みが過る。リーダーが見計らって飴を出した。口にいれると唾液がグワッと湧き出す。 疲労感をまぎらわすのにはいい手段のひとつである。リーダーは雨具のついでにヘッド ライトも出させた。おそらくこれからはこういう風に止まることも出来なくなるだろう からだ。 そう言えば向かいあっている仲間の顔がはっきりみえなくなってきている。山に訪れ る夜は平地よりも早くやってくる。その足音が、聞こえるはんちゅうにまで接近してい るらしかった。とにかく急がなければならない。 しかしリーダーはそんなことを微塵たりとも表わさなかった。何回もパーティを組ん だ仲間には分かっているだろうし、こういう場合は誰もが微妙な心境なのだ、それを触 発するようなことは絶対にしてはならない。不安や恐怖といったものは一瞬現れるとた ちまちのうちに人間を支配してしまう。また、他の人間に飛火する。心がやられれば疲 労している体が動かなくなり、危機が訪れる。先程の飴の配給だって栄養から言えば微 々たるもので、心理的に作用させるものなのだ。ヤマヤはとかく無頼漢のように思われ がちであるが、強大なエネルギーを持っている自然の中で生きる彼らほど繊細・素朴な 人種はいまい。 再び行動を開始してから30分ほどするとあたりはまっくらになった。地面と木々を 覆う雪のみがボワッとおぼろげな映像として浮かび上がってくる。しかしながらまだ見 えるのでライトはつけない。こういう緊急時にはライトはかかせないものである。なる べくなら節約したい。 ときどき意味不明の音が彼らをびくつかせる。踏み固めた筈の足場の雪がズボッと崩 て腿まで埋まってしまうことも度々あった。下り道とはいえ、何回も登りはあった。下 に下っていることはまわりの木々の様子から分かる。カサリカサリという音が頭上でし たかと思うと、白いものが落ちてきてきている! おい、ちょっと。何ですか?ライトをつけよう、落ちてきたらしいからな。 黄色い目映い光のスポット5つが雪上に現れた。と、その中に白いものが奇麗に輝い て落ちてくる。光が再び隊列を組んで進み出すと、それは星のように見えなくもなかっ た。 雪が降り出した。これからは時間からではなく、疲労から小休止はとれなくなる。何 故なら、止まれば体が冷えてしまうし、張りつめた緊張が切れてしまうかもしれない。 今の原動力はほとんど気力だった。これが断ち切れることは………とても危険だった。 隊列は2m間隔になっていた。だからリーダーからサブリーダーは見えなかった。た だボワリとした光が彼の存在を伝えているので別に不安ではなかった。山は登りよりも 下りの方が恐い。しかし、サブリーダーは適切な足運びをしていたのでそれも心配ない だろう。この場合恐いのは、自ら危険を招くことだった。山の事故の大半はこういった 心理的なものなのだ。 足下でグブグブという踏み固めた雪の悲鳴を聞きながら、彼らの思考は次第に現実離 れをし始めた。今日の晩飯はなんだっけ?今頃、あいつは何しているだろうか?学校に レポートを提出しなくっちゃな。明日はマガジンの発売日だったな。こっちの方には温 時計を見ると8時を指していた。もうあるいは諦めてビバークをした方が懸命なのか もしれない。が残念なことに、この道の脇は急な勾配でどうやら雪の下にはびっしりと 笹のカーペットが存在するらしいのだ。ビバークをするにしても場所を選ばなくてはな らない。風が避けられ、なるべく平らに近く、メンバーが並んで寝れるところ。そして 寝ている間に事態が変わらぬところ。条件がリーダーの頭に過ったが見合うところはな さそうだった。 スパッツにバリバリに張りつく雪を両足をぶつけて払い落としてから、リーダーはサ ブリーダーに声をかけた。とたんに3つの光が振り返り、彼の視界を奪った。が、先頭 を行くサブリーダーはそのままズンズン歩いていってしまっている。 聞こえないのか? 3人に何でもないんだといった顔を見せて歩くのを促しながらつぶやいた。あるいは 自分の中に入り込んでしまっているのかもしれない。 暫くして再び彼は声をかけた。が、8m先にいるサブリーダーはまたしても無視した もしかしたら、彼はこの道を知っているのかもしれない。が、こうも無視をするという のはどういうことだろう。普段の彼にはこんなことは無かった。リーダーは首を傾げつ つも、行軍を続けるしかなかった。 道がおれた時にまたもや試みた。こうすれば直線的な距離は縮まっている筈だから、 声は聞こえる筈だ。彼の額のライトがボワッとしたサブリーダーを照らし出す。あいか わらずはっきりと見えない。青い彼のザックが浮いているかのように見えるのだ。 ちょっと確かめてみないか? リーダーの問いに彼は振り返りもせずに右手を盛んに振ってみせた。 大丈夫らしいな。道を知っているのだろう。小屋までいけなくとも、ビバーク・ポイ ントを押さえているのだろう。何にしても心配はない。さっき答えなかったのは聞こえ かったのか、先頭で足場を切り開く為に疲れ切っているためか、どちらかであろう。だ としたら、タフガイでも口は重くなる。しかし今の手の振りようからすれば、意識はし っかりしているようだし、心配はいらないだろう。 それから1時間ほどしたとき、突然右の斜面から巨大な黒い影が出現した。不透明な 視界の中に現れたそれにむかって5本の光の矢が走り、そのものを闇の中から引き摺り 出した。途端に、パーティの全ての人間に喜びが充満しきった。それはからっぽである 腹から一気に上昇したかと思うと、これ以上感情表現は不可能なくらいに顔をしわくち ゃにさせた。脳をブルリと震わせた歓喜の念は声帯を震わせて凍りつく外気へと出てい った。 さびたトタンの屋根。皮の捲れた丸太の壁。封鎖された窓。そしちちょっとやそっと じゃこわれんぞ、といいたげな鉄の扉。スボッと雪に埋まるようにして非難小屋はあっ た。極めていい!風は完全にシャットアウト出来る。それに5人のパーティだったら、 広々と使えそうだ。自分達の他に誰もいないことは、まわりに足跡がないことからすぐ に分かった。 丸太であり、内側はブロックなのだ。土間は全体の1/3程度で、そこにはドラム缶を 横倒しにしてつくられた簡易ストーブがあった。これで塵は燃やせる訳である。もしう まくいったら、弾を取ることだって可能だろう。彼らは声を弾ませながら板の間にこし かけ、まずは凍りついたスパッツ、そして登山靴を外し、そして雨具を脱いで、小屋に 渡してあったロープにスパッツ、雨具をかけた。 2人に食事の用意を任せ、あとは小屋の中の整理にあたった。やはり塵などが散らか っており、掃除をするとかなりのものになった。1人にこれをストーブで燃やすことを やってもらうことにした。リーダーとサブリーダーは各人の寝袋のセッティングに当た った。実はリーダーが彼と2人で話すように仕組んだのだが、これには誰も気がついて いないようだった。 シートを敷き、その上にマットを置く。シュラフカバーをかけた寝袋を5つぴっちり と並べる。そのとき、リーダーの視線にサブリーダーが気付き、その強張った顔を上げ た。 この道に慣れているようだねぇ。はぁ?いやさぁ、さっき実のところを言うとかなり 心細かったんだよ、もしかしたら道を間違っちゃったんじゃないかと思ってね。私も不 安でしたよ、途中までは。 「途中までは………???」彼はいぶかしんだ。 「ええ、ここはあんまり詳しくなかったですから。前に通ったルートとは別のところだ ったんですよ、通ってきたところは。」 「地図にそんな道が載っていたか?」 「台風で荒れちゃったんですよ、昔通った奴は。で、近年開かれたらしいんですがね。」「しかし………よく分かったな。」 「私は教えられたんですよ、途中新しい道に入るときに。」 「誰に?」彼は土間にいる3人を見やった。「調べていたのかなぁ。」 するとサブリーダーは衝撃的な言葉を吐いた。 「いやぁ、彼らじゃないですよ。」 「じゃあ………」彼は言葉に詰まった。 「私の前にいた人ですよ。かなりのヤマヤでしょうね。」 「御前の前に………誰かいたのか?」リーダーは男の目を見入ったが、真剣な眼差し以 外そこにはなかった。「俺には誰もいなかったように………」 「紫のザック背負って、青のスパッツ、青のミクロテックスの雨具、水色のバンダナで サングラスをかけた………いたでしょう?だってそうでなきゃあ、私は不安でこんな道 歩けませんでしたよ。所用時間から考えても違う道を通ってきたことはあきらかなんで す。それに昔のルートだったら途中に大きな岩があってそこに観音様があるはずじゃな いですか。それを見てないし………。」 「おい、誰か俺達のパーティの前にいたのか?」彼は土間のひとりに声をかける。そ いつは彼を見上げるようにして言った。 「いませんでしたよ。サブリーダーがの独り言は聞こえましたが。」 登山者達の中をそのとき、温かさと冷たさのいり交じった何かが駆け抜けていった。 スゥイ-トホ-ムヲ ミマシタヨ。/ウ-ン ナカナカ アクセス デキヘンヒスイデシタ。デハマタ。
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