CFM「空中分解」 #1395の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
スポット照明に照らされ、光の円筒の中にいる二人の影。 「カオリ……」 一歩進みでたアキコは駆け寄ろうとするが、男が「「こいつが坂上なのだ ろう「「微小手術用のメスを握っているのを見て、立ち止まった。そうでな いとすれば、アキコの声に微かに反応したカオリの具合が分ったからだ。 以前カオリという名だったアンドロイドは、首の辺りからワイアーが何本 も引っ張りだされ、口から粘着した液状のものが垂れていた。手首も赤紫の 疑似筋肉が露出していて、その関節からはやはりワイアーが出ている。どう やら今日一日のうちに自分の感覚が麻痺してしまったようだ。これだけの情 景を見せつけられても、吐き気もなければ、貧血ももよおさない。 ちらりと後を振り返ればそこに警備員の濃いブルーのヘルメットがあり、 背中に当たる物を感じた。そして、突き飛ばすようにされてタマゴ型の縁を 跨いだ。 「ようこそ、藤原さん」 坂上は「「カオリの脳位図では信彦という呼び名の方が強かった「「皮肉っ ぽい微笑みを浮かべ、 そう言った。 「銃は捨ててもらおうか。もっとも、こちらから見た様子では弾は残ってな いようだが」 「……カオリに似た彼女を使っておびき寄せるとは、あんたもなかなか凝っ てるよ」 動かないでいたアキコは振り返り、非難する様な目で「「擬人化して言え ば「「見た。もし私の言った通りだとしても、アキコには罪の意識はないの だ。意識下に埋め込まれた命令が別の理由付けで昇華されたか、あるいはア キコにとって正当な理由を付けた命令を埋め込まれたのだろう。私はもっと も信じがたい気持ちを抑え込んでいた。それは、アキコが自発的に私に助け を求めたのではないかという希望だった。 「会社を強請ってきたのがわるいんだよ。君」 「なんのことだ。私は強請なんかしてない」 「少なくとも、我が社の情報を盗んだ事は認めるだろう」 帰す言葉がない。実際に強請っていなくとも、そうとられるのは当然のこ とだ。以前にも幾度かこういう疑いをかけられたことはある。だが、利用し て金を取ったことは一度もない。私のもとに来るのは殆どが看護の仕事で、 かなりプライベートな情報で金を取るに足る情報はなかったせいでもある。 カオリの仕事が価値ある情報が手にはいる、秘書であったということ。そこ に直樹が殺される理由があるのだ。 「彼は強請をかけたよ。一度は本社ビルにまで忍び込んできて、な」 「違うわ……直樹はそのために……強請る為に来たんじゃ……」 幾筋も唾液のように垂れてくる潤滑ゼリーが、カオリの声をくぐもらせて いる。アキコがその言葉を継いだ。 「直樹さんがビルに来たのは、何度も来たのは、秘書と面会させろと言った のは、単にカオリに会いたかっただけなの。そして忍び込んで来た日は、私 に、いえ、カオリに別れを告げる為だったのよ」 「誰がアンディーなんぞと真剣に愛し合うか」 直樹がそんなに真剣になるとは、私にも思えない。だが、危険を回避する ために人間とは浮気をしない奴が、どうしてそんな危険を冒すだろうか。こ れほど邸内に警備員を配するような男のいるビルへ、忍び込んで行くだろう か。答えは二つある。奴が本当に強請を目的にしていたか、カオリとの関係 が他のアンディーとそうするような、”遊び”を越えていたかだ。 「それより、田中とかいう男の処刑の仕方は気にいって貰えましたかな、藤 原さん。まさか親友を撃ち殺すとは私も思いませんでしたがね」 いまさらながら突き付けられた事実によって、私の心は震えた。信彦と言 う男はきっと残酷さの計算に猛た奴だ。私はそっとまぶたを閉じ、涙など流 すまいと思った。 坂上信彦は額に掛った前髪を後に撫でつけながら、カオリの方を向いた。 彼女はぐったりと頭を垂れていて、信彦が近付くのも気がつかない。 「それでは、ショーを始めるとしよう」 「やめて……やめてください、坂上さん」 「やめろ」 信彦は立ち止まり、恐ろしい微笑みを私たちに向けた。 「あなたたちがこの後どうやって殺されるか、知っておいても損はないでしょ う」 そして彼はカオリにメスを当てた。私とアキコが歩み寄ろうとするが、背 後で警備員の動きを感じて立ち止まる。私は部屋に入ってからそのブルーの ヘルメットをかぶった連中のことなど忘れていたのだ。 信彦はまずカオリの関節部分を切り開いていった。指、肘、首、膝、足首 から液状になった潤滑剤が床にたれて広がる。切り開く度にカオリは顔を上 げ、激しく体を揺すさぶった。彼女の首にある端子が引き出されているとい うことを考え合わせると、おそらく信彦はアンドロイドのリミッターを「「 感覚遮断の機能を壊してしまったのだ。 切り裂いた箇所すべてに、メスを使って結線を穿りだしていく。首と手か ら伸びたワイアーが張り詰めたような音をたてている。その音から、カオリ に走る激痛が見ている私たちにも強く伝わってきた。信彦は屈託のない無邪 気な微笑みを浮べており、まるで自分が作った芸術品を見せびらかしている ようだった。スポット照明の下で、痛みに痙攣するように動くカオリは悲劇 を演じるダンサーにさえ見えた。私は直樹の死に際して感じたのと同様に、 自分の無力さを感じていた。もし弾丸が残っていたら、私は自分の頭を打ち 抜いていたかも知れない。 一つ一つ抉り出した金属線がカオリの体の回りに床に放射状に投げ出され る。それは糸を切られた操り人形の様で、その悲痛な光景は美しくさえあっ た。事実、私はその情景に対する嫌悪感が薄れ始めていて、信彦の処刑のや り方に目を奪われていた。純粋な残酷さ。もしくは、フューチャー・ビーク ルという巨大企業を仕切る者だけが持つ、権力の大きさに見入られていたの かも知れない。 「まって、信彦さん」 アキコの透き通った声が響いた。 「圭子さん「「あなたと手紙を交わしていた菖蒲崎圭子という人は、彼女は ……」 信彦の体はその言葉に素速く反応し、動かしていた手を止めた。 「菖蒲崎圭子はカオリなのよ」 その前の言葉より信彦の目は変化が少なかったが、信じられないと言った 様子は代らなかった。 私はその菖蒲崎なる人物の名を何処かで見かけた気がする。おそらく、カオ リの脳位図の中だろう。だが、それと信彦の関係は分らなかった。 「そんな……そんな馬鹿な!」 不意に信彦は動揺し、彼女を吊っていた首と手のワイアーをメスが切断す ると、カオリの体は自分の流した潤滑剤の湖へ膝をつくように倒れた。液状 の潤滑剤にカオリの指が触れ、高電圧の放電が潤滑剤に火をつけた。指先の 開かれた関節に揺らめく炎が這い上り、次第に大きくなっていく。カオリの 手首、次に肘から燻った煙を吹き出し、体から溶けた潤滑ゼリーが流れ始め た。 私は目を見開いた。 「カオリ……が、だと」 声を出したのは信彦だった。 カオリの腕全体を炎が覆い、表皮は焼かれ、赤紫の疑似筋肉が露出していっ た。 「三年前から菖蒲崎圭子という名の人物は存在しないわ。その後であなたが 受け取った手紙は全てカオリが書いたものよ。私があなたの仕事に影響が出 るのを恐れてカオリに頼んだの」 信彦の視線は、カオリに注がれていた。アキコはさらに言葉をついだ。 「アンディーに恋文が書けるわけがないと言いたいのね。それは違うわ。私 にはわかるの。あなたがどれほど圭子という人物を愛していたかを知ってい るから。それもカオリが書き始めた三年前からあなたが夢中になっていった ことも。それは何を意味するの。アンドロイドにも、人間と同様に恋するこ とができる、愛することができるということじゃないかしら」 すでに炎はカオリを包み込んでいた。潤滑剤特有の刺激臭が部屋を覆って いる。私は右肘で口と鼻を押えたが、アキコと信彦は茫然と立ちつくしてい た。 と、光の輪のなかで揺らめく炎に包まれたカオリが口を開いた。 「信彦さん……愛していました。それだけは信じて下さい……そして、私の 事を忘れないで……」 赤紫の疑似筋肉の醜悪な塊りは、熱によって赤黒くなっていった。頬を知 らぬまに流れ始めていた涙を、私は拭うことを忘れていた。なぜ泣いている のかは分らない。ただ、一体のアンドロイドが「「一人の女が火に包まれて 死んでいくことが悲しかった。愛をしったアンディーの苦脳の炎。そしてそ の炎の中に、愛を知る為に利用された哀れな友人の死にざまを見たような気 がした。 僅かにそのライトの下に踏み込んでいた信彦の頬にも、光るものが流れて いた。 「カオリ……君だったのか、君が」 そして信彦はカオリを抱きしめた。炎は彼の衣服を焼き、二人は炎の中で 抱き合った。警備員は動くことも出来なかった。 その時私は、その赤黒く変色した人工の肉塊の顔が僅かに微笑んだような 気がした。それは安らかで、やさしい微笑みだった。 涙を流すことが出来ないアキコも、不思議に頬を拭っていた。 これで、何もかも終わってしまった。秘密保持という理由で殺された友人、 愛を知りすぎた自分が怖くなったアンドロイド、そしてそれと気付かずにア ンディーと恋愛におちていた男。それら全ての決着が、このスポットライト の下に燃え盛る炎の中で終っていったのだ。
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