CFM「空中分解」 #1342の修正
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★内容(1行全角40字未満、500行まで)
■■■昭和最後の日■■■ コスモパンダ とうとう、Xデイと密かに言われていた日が来ました。 この文章を書くに当たって、私は極めて平静にと努めております。 まず、先に言い訳をしておきますと、私は右翼でも、左翼でも、天皇崇拝者でも、 天皇制打倒派でもありません。 ただ、今は去り行く昭和の、しかも前半に生まれた、昭和人なのであります。 残念ながら、理論派というよりは感情派であり、書いている内に、何を言い出すか 心配でもあります。 ■■■天皇裕仁■■■ まず、裕仁天皇ご自身に対する私見ですが、あまりこれといってありません。 ただ、亡き母親に子供の頃に言い聞かされた記憶があります。 私が小学生の頃、クラスのグループ共同で何か(内容は忘れました)をしていて、 私がリーダーにまつりあげられたのですが、そのグループの仲間は全く非協力的でし た。 ままならぬ事態に、私は家に帰って母親の膝で泣きました。 「もう、やめる!」とわめいた私に、母はこんな話をしたのです。 「昔、戦争前の話だけど、天皇陛下の玉座の前に、一人の大臣がやってきて、 『私は大変な失策を致しました。責任を取って辞職します』と言ったの。 そうしたら、天皇陛下は静かにこう言ったのよ。 『天皇に辞職はないぞ』」 これが、私の裕仁天皇に対する印象であり、また人間として感じた時でした。 天皇制は過去千年以上も続いてきた制度です。 「差別云々」もあるでしょうし、「民主主義」の世界に合わない「習慣」であるか もしれませんし、「戦争責任」の問題もあるでしょう。 ただ、アマチュア・ライターとして、ある種の感慨があるのは、映画「ラストエン ペラー」と重なるシーンがあるからです。 『天皇に辞職はないぞ』の言葉は様々な意味を含んでいると思います。 若き日、半年にわたってのヨーロッパ旅行を、裕仁天皇は「かごの鳥だった私が初 めて『自由』と『楽しさ』を知った時だった」と、終生述べられていたとのことです。 ここに、人間としての裕仁天皇を伺い知ることができます。 さて、あなたが、もし天皇になるべくして世に生を受けたとしたら、どうでしょう。 私なら御免です。 昭和初期、天皇の権限は既になく、内閣が実権を握り、それも軍部に支配されてい った時代。 「天皇」の名の下に、戦乱の時代に突入したのです。 ただ、この戦争に関しては、仕掛けたのが日本で、負けたのが日本だから、戦争責 任は日本にあるのです。 ABCDラインによる経済封鎖を、乗り越える術が無かったのか、軍部の台頭を抑 えられなかったのか、という愚問は我々にはできません。 そりゃ、そうでしょ。 「御時世」という言葉が流行語のように台頭し、「自粛」に走った世間を抑えられ ましたか? 個人的には心配しています。世の変わり目にはアホな人間が必ず、天下を握らんと 暴れます。 天皇崩御と天皇即位は、非常に重要なターニング・ポイントだからです。 私は「御時世」も「自粛」も嫌いでした。そして、今も嫌いです。 これを放っておくと、我々はまた暗黒の歴史を繰り返し、後世の人に恨まれ、馬鹿 にされないとも限らないのです。 「あんたらが、しっかりしてないから、あんな戦争が起こったんだ」と・・・。 話が逸れましたが、戦争中は「天皇陛下のため」,「天皇陛下万歳」と、何でも天 皇陛下です。 この正月、叔母を尋ねた時、その叔母の口から、 「『自粛、自粛』と言い過ぎる。戦争中は、『兵隊さんのために』と我慢し、感謝し てきた。その兵隊さんは、『天皇陛下万歳』と言って死んでいった。わたしらも、そ んなふうにして、身内を亡くした。それを思うと複雑な気持ち」 と言っていたのが印象的でした。 裕仁天皇が戦争を望まれていたかどうかは、私には分かりません。 しかし、正常な神経の人間なら、あんな悲惨な戦争続行を指示するとは、思えませ んね。 そして、降伏、終戦。 戦後は神から人間にと格下げになり、戦後復興の時代に全国訪問。 天皇はただの「象徴」になってしまったのです。 ますます『天皇に辞職はなくなった』のです。 しかも、『天皇自身はなんの実権もないのです』。 正月と天皇誕生日、皇居で一般参賀でガラスの中で立っているのが、晩年の裕仁天 皇の印象です。 言い方はよくありませんが、これでは「上野動物園のパンダ」と同じです。 しかも、ちやほやする人間ばかりではなく、「天皇は戦争犯罪人」という人間もお ります。 良きに悪しきに、象徴たる天皇は、それらの両方の注目を浴び、反論することも許 されず、後年は日米数千万の戦没者の御霊を背負って、世界のさらしものとして、生 きながらえ続けたように思います。 「悲惨な過去の責任を問われ、反論を許されず、国の象徴たる天皇であり続ける」 というのは、非常に運の悪い人だったと言わざるをえません。 戦争犯罪人として、戦犯法廷に立ち、自らの口から事実を述べることの方が、人間 として一番楽なのではなかったかと思います。 私はこう思います。 戦前、戦中、戦後、世間で報道された録音の無い、裕仁天皇が述べられたと言われ る「お言葉」の大半は、何者かが歪曲し、国民に伝えていたのではないかと・・・。 天皇を利用するのは簡単なのです。 何しろ、絶対に言い訳も弁明もできないのですから。 『裕仁天皇が人間として言いたかった何か』があったのではないかと思います。 一国の象徴として、波瀾の時代に生まれ、「敬われ」、「親しまれ」、「憎まれ」、 「利用され」、言い訳することも、死ぬことも自由にならずに死んでいった、一人の 人間。 ここに、わたくし、コスモパンダは、一人のアマチュア・ライターとして、裕仁天 皇の崩御に接し、波瀾の時代に翻弄された不運な一人の人間の死に対して、哀悼の意 を表すものです。 −−−−−−−−−−−■■■昭和最後の日■■■(続く)−−−−−−−−−−
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