CFM「空中分解」 #1289の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「そんな船なんか見たくもない。家に帰してくれ」。忘年会の会場を抜け出 した後、川崎から横浜に向かうタクシーの中でゴネる秋本氏を、 「まあ、いいじゃないですか。パソコン通信は双方向です。秋本文学につい てあれだけ長いレスポンスをしたんだから、今度は私の世界にもちょっとだけ つき合って下さい」、と山椒魚はひたすら頼み込んだ。ここで秋本氏に逃げら れたらクロスオーバー小説にならない。 山椒魚の必死の説得に押し切られて、秋本氏は渋々山下埠頭に接岸中の哲学 船山椒丸を訪れた。マストが折れ、船体に亀裂がはしり、今にも沈みそうな船 である。南氷洋まで航海するつもりで出港したが、こと志に反して日本列島を 一周しただけでガタガタになり、航行不能の状態になった。 「これが山椒魚さんの世界ですか。なるほどヒドいボロ船だ」。 「これでもまだ使いものになります。ドックで修理ができたら、また航海に 出かけたい、と思っています。私には、南氷洋で真理鯨を見つけるという使命 がありますから」。 「変わった人だとは思っていたが、哲学船に真理鯨とくると、歯歯歯、流石 に現実離れしてますな」。 「そうでもないですよ。パソコン通信をやる人は、似たようなことをやって いるんじゃないですか。あまり意識してないかもしれませんが」。 山椒魚は、10カ月前にパソコン通信を始めた時に、海のイメージを抱いた。 パソコン通信の世界は、無数の生きている言葉の波が寄せては返す広大な海で あり、ネットワーカーは、その海を漂流する航海者である。航海をしながら何 かを求めているのではないか。表面的には、技術、情報、交友、気晴らしなど を求めているように見えるが、心の深層のレベルでは真理や人生の意味を求め ているのではないだろうか、と思ったのである。 パソコン通信の世界が海だとすると、100以上あるSIGは島である。ネ ットワーカー達は、自分に合ったSIGを拠点として活動する。山椒魚は、お じさんクラブの酒場<とまり木>を拠点にした。酒を飲みながら、人生を語り、 ホラを吹き、酔っぱらったおじさんたちを山椒丸の航海に誘った。 <とまり木>での会話の合間には、他の島にも遠征に行った。これまでにだ いたい30の島を偵察している。<とまり木>以外で一番よく遊びに行く島は、 文学SIGのAWCである。ここは、サイボーグや両性具有者や奇人、変人の たまり場であり、中でも際だって風変りな人物が秋本氏だった。 「痛て!」。秋本氏は、タラップを昇って船内に入ろうとしたところで、天 井に頭をぶっつけた。足元がよろけて、手すりにつかまろうとすると、手すり はグニャリとへしゃげた。「何という船だ」。 「気をつけて下さいよ。この船はもともと構造的に欠陥があるところへ時化 で痛めつけられたんですから。こちらへどうぞ。ここがサロンです。まあゆっ くりして下さい」。 特別製のソファに腰をおろした秋本氏は、ペルシヤ絨毯をしきつめ、裸婦の 名画が壁に架かっているサロンの内部をジロジロ眺めた。わざわざ秋本氏の好 みに合わせてワキ毛を露出させた黒木香のポスターを裸婦の名画の横に並べ、 中島みゆきの歌をBGMでながしている。 「ふん、このサロンの雰囲気は悪くないな」。秋本氏は、ポケットからチェ リーを取り出して吸いながら言った。思う壷である。 「気にいって頂けましたか。実は本船は船員を募集しているんですが、如何 でしょう、ドックで修理が出来れば、一緒に航海をしてくれませんか」。 「ははぁ、何か魂胆があるとは思っていたが、そういうことだったのか。私 のような天才をスカウトしょうとするからには相当な役職を用意しているんで しょうな」。 「トイレ係ではどうでしょう。ウンコの話で売りだした秋本さんにはうって つけのポストではないかと」。 「何ですと」。 「実は、この船には1500人の哲学者が乗っているんですが、トイレがな いんですよ。難解な言葉で真善美を追求するばかりで、哲学的な排せつ物を処 理するシステムがない。どうも皆さん真面目すぎるんですな。秋本さんのツァ ラトゥストラのような笑いで哲学的な排せつ物を処理してくれませんか」。 「冗談じゃない。船員になるんなら女にもてそうなパーサーがいい」。 「パーサーはもういるんですよ。あ、この人です。<とまり木>のマスター のAkioさんを紹介します」。 秋本氏とAkio氏は握手をし、挨拶をかわした。この両雄には共通性があ る。年齢は30代の後半、やさしくて、ユーモアがあり、ハンサムで独身、女 にもてる条件を備えているが、残念ながら金はあまり持っていない。二人とも、 昇進のチャンスを蹴って、会社を辞めているが、組織に埋没することを潔くせ ず、自己に忠実に生きることを選んだ現代の英雄であるとも言える。 「秋本さん、はじめまして。御高名は、おじさんクラブでも鳴り響いており まして、最近は<とまり木>でも歯歯歯という笑い方をする人がいますよ」。 Akio氏は、如才なく言った。 「いやぁ、そうですか。私はおじさんクラブで有名になってもちっとも嬉し くないんですが」。 「<とまり木>の歯歯歯男はこの方です」。山椒魚は、ピーターパン氏を紹 介した。 「元祖歯歯歯男の秋本さんにお逢いできて光栄です」、とピーターパン氏は 言った。「私は山椒丸では、医務助手をやっておりますが、私自身が重症のパ ソ通中毒でして、歯歯歯」。 「もう一人の歯歯歯男は、柔道と相撲のチャンピオンのこもりさんです」。 「秋本さん、はじめまして。私は、体力をかわれて雇われたんですが、最近 はギックリ腰で悩んでいます、歯歯歯」。 「歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯、なるほどおじさんクラブだ。山椒魚さん、ここに は女性はいないんですか」。 「いますけれども、彼女たちに衝撃を与えてはいけませんので、今日は紹介 できません。ま、そのうち、ということで・・・」。 「じゃ、もう用事はない。帰ります。さいなら」。 「あ、逃げないで。トイレ係何とかお願いします」。 「いやです」。 「それでは、せめてパソコン通信の世界にカムバックして下さい。あなたは 今、旧約聖書の鯨に呑込まれたヨナのような状況におかれています。胃潰瘍も 直ったんだから、悔い改めてパソ通の神への信仰をとり戻したらどうですか」。 「何を言っているんですか。ヨナは、山椒魚さん、あなたです。あなたが今、 鯨の腹の中にいるのです。歯歯歯、さいなら」。そう言って、秋本氏は去って いった。山椒魚は、呆然として秋本氏が消えた空間を見つめ続けた。 (終)
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