CFM「空中分解」 #1286の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
山椒魚は、見てはならないものを見てしまった。秋本氏の病室から小学生の 男の子を連れた中年の女が出てきたのである。秋本氏は、独身だと言っていた が、さては隠し妻と隠し子がいたのか。そういえば、「わーい」という作品で は、秋本氏自らが主人公となっていた。奥さんの名前は、今日子、息子の名前 は、統一郎といった。 統一郎クンは、誕生日のお祝いを貰うことだけを楽しみにしている頭の悪い 子である。ある日、母親から近いうちに赤ちゃんが生まれることを告げられ、 「わーい」と言って喜んだ。次の誕生日には、弟を下さい、と神様にお願いし、 好きなたまご焼きまで断って祈っていたからである。もちろん、この話はフィ クションであるが、ひょっとしたら秋本氏の隠された私生活の一面を反映して いるかもしれない。 山椒魚は、秋本氏を見舞うのをやめて母子の後を追うことにした。写真週刊 誌の記者みたいで、あまりいい趣味とは言えないが、好奇心を抑えることが出 来ない。母子はバスに乗り、バスを降り、川沿いの道をしばらく歩いて、団地 の一画に入った。市営住宅のような雰囲気である。山椒魚も以前に市営住宅に 住んでいたことがある。不思議なことに、どうもその市営住宅に感じが似てい る。 母子は、5階建ての集合住宅の階段をあがっていった。見覚えのある狭い汚 れた階段だ。そんなバカな。呆然として立ちすくむ山椒魚。それは、山椒魚が 以前に住んでいた団地の棟の階段そっくりではないか。まさかあの母子は、山 椒魚が借りていた3階のあの部屋に住んでいるのではないだろうか。 おそるおそる3階まであがって、表札を見た。秋本という表札や山椒魚とい う表札ではないので、ホッとする。しかし、右側の家には山本という表札があ った。そういえば、秋本氏には「暗い山本さんちの明るいお話」という作品が ある。すると、これはあの失業者の山本さんの家か。山本さんには敏夫という 頭の悪い男の子と敦子というツッパリの女の子がいた。どうやら、病気の秋本 さんを見舞ったのは、山本さんの妻の優子さんと敏夫クンらしい。 なんだ、そういうことだったのか。それなら話がわかる、と納得した山椒魚 が帰ろうとしたところへ、ドアが開き、 「あなた、お帰りなさい」、とさっきの女が言った。 「ち、違いますよ。人違い・・・」、と言いかけて、山椒魚はアングリ口を 開けた。何とその女は山椒魚の妻ではないか。 「何をぼんやりしているんですか。早く家の中に入ったら」。 「では失礼します」。 「どうしたの他人行儀の口をきいて。また競馬で負けてきたんじゃないの」。 「うん、まあ、その」。 六畳と四畳半の二部屋。食卓には晩御飯の用意が出来ている。鯵の開きと納 豆とキュウリの酢のものが今晩のメニューだ。 「ほんとに家のことを考えてくれてるの。敦子は来年高校なのよ」。 「わかってるよ。しかし、おかしいな。ここはほんとに俺のうちか。山本さ んちじゃないのか」。 「あなたの家にきまってるじゃないの。山本さんて誰ですか」。 「秋本さんの小説に出てくる人だ」。 「私ね、はっきり言わせて頂きますけど、秋本さんとはもうおつきあいしな い方がよろしいんじゃないですか」。 「何をいう。秋本さんは天才だ。あんなユニークな小説が書ける作家はめっ たにいるものじゃない」。 「秋本さんのお書きになった文章なら私も読みましたが、正直いって感心し ません。あの人の感覚は、まともじゃないんです」。 「まともでないところが魅力なんだ」。 「いいえ。まともな考えをしない人は危険です。あんな人とつきあっていた ら破滅しますよ」。 「でも秋本さんの作品には妙にリアルなところがある。「暗い山本さんちの 明るいお話」という作品にしても、まるで俺の家のことが書かれているような 感じがするんだ」。 「あなたは失業者ではないでしょう」。 「似たようなものだ」。 「少しは家族のことも考えて下さい。敏夫はまだ小学校4年生なんですよ」。 「おい、敏夫、ファミコンはやめろ」。 山椒魚に言われて、敏夫は黙って、ファミコンのスイッチを切った。頭が悪 くて、性格の暗い子なのである。娘の敦子のように親に反抗するようなことも ない。ふびんな息子だ。たしか、秋本氏の小説では黙々と納豆を食べているう ちに敏夫は涙を流し始めた。誕生日なのに誰も祝ってくれないからである。そ れを知った敦子は、発狂したように、 「バカヤロウ、おまえら、それでも親かあ。今日は敏夫の誕生日だったんだ ぞ」、と大声を出した。 いけない、わが家ではそういうことがあってはいけない、と山椒魚はあわて た。先手をとってふびんな息子の誕生日を祝ってやった方がいい、と思って、 「おい、敏夫、誕生日を祝ってやろうか」、と言った。 「いらない」。意外なことに敏夫は嬉しそうな顔もしなかった。 「遠慮するな。今日は誕生日なんだろ」。 「誕生日は一ヶ月前だったよ」。 「一ヶ月前か。それは悪かったな」。 「別にいいよ。うちでは誰も誕生日の祝いはしないんだから。それより、今 日はお父さんの誕生日じゃないの」。 「今日は11月5日か、そう言えば俺の誕生日だったな。敏夫、おまえ頭が 悪いとばかり思っていたが、けっこう記憶力がいいじゃないの」。 「ぼく、お父さんが好きだから覚えているんだよ」。 「泣かせることを言ってくれるじゃないか。おい、優子。今日は俺の誕生日 だそうだ。ビールでも飲ませてくれ」。 しかし、山椒魚の妻は、冷たく言い放った。 「ビールはありません。それに誕生日は祝わないのがわが家の家風だという ことはご存じでしょう」。 山椒魚は、誕生日を祝って貰ったことのない淋しい少年時代を思いだした。 そしておそらく秋本氏の少年時代もそうだったのではないかと想像してみる。 誕生日にこだわる統一郎クンや敏夫クンには少年時代の秋本氏の気持ちが投影 されているのではないだろうか。 「ハッピィバースディ・トゥ・ミー、ハッピィバースディ・トゥ・ミー」、 山椒魚は、やけくそで歌い続けた。 (続)
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