CFM「空中分解」 #1282の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「なんだと!ババア、もういっぺん云ってみろ」。 京浜急行の車内で突然大声が響きわたった。二人の中年の女性との座席のと りあいで腹をたてた酔っぱらいがわめいているのである。 「なんだ、その顔は、逃げるなよ。今何て云った。ええっ。俺は酔ってなん かいないんだ。ばかやろう。聞こえないと思って、なんて云った。ええっ、も いっぺん、云ってみろ。どうしてここが婆あ、お前の席になるんだ。ええっ、 どうしてだよ。説明してみろよ」。 川崎駅で素早く席を確保した山椒魚は、目をつむって寝たふりをした。さわ らぬ神にたたりなし、こういう場合はかかわりを持たないに限る。酔っぱらい は、その席には自分が座るのが正当であるという理屈をとうとうと述べ、ね、 そうですよね、あんたも見てたよね、と周囲の乗客たちの同意を求めた。山椒 魚は、なおも寝たふりを続けた。すると、酔っぱらいは、 「おい、こら、そこのサラリーマン、寝たふりをするんじゃない」、とほこ 先をこちらに転じてきた。「おい、こんな時に眠れるか、ええっおい、酔っぱ らいが大声だして騒いでるこんな時に、おい。お前みたいな奴がいるから大東 亜戦争にゃ負けちまったんだ。そうだろうが。だいたいよう。ありゃあ。戦争 反対、戦争反対としか云い方を知らん莫迦がいけねえんだ。そうだろうが。お らーこう見えても平和主義者なんだ。戦争はいけない。誰だって死にたくはね ぇ。そうだろう。戦争は反対だ。でもだ。あんな風船もって歩きまわってりゃ あ平和になるんならこんないいことはないよなあ。そうだろ。おい、聞いてん のか。お前だろうが。この。なんだその目は。なに、すみませんだと!お前何 か悪いことしたんか。ええっ。してねぇだろうが」。 すっかり毒気にあてられた山椒魚は、唖然として酔っぱらいの説教を聞くだ けである。何を言われてもさからってはいけない。この酔っぱらいは、秋本氏 の作品「贈物をありがとう」に登場しているおなじみの人物なのだ。あの小説 が発表されて以来、京浜急行には似たような酔っぱらいが出没するようになっ たというもっぱらの噂であるが、まさか現実にお目にかかるとは思わなかった。 酔っぱらいは、再び二人づれの中年女性にからみ、若い女性に露骨なことを 言い、ヒットラーについてひとくさり述べ、言いたい放題のあげく、座席の上 にバカでかいウンコをした。乗客の阿鼻叫喚の中で電車は川崎駅のホームに滑 り込み、酔っぱらいは、「おおーい。婆ぁ!ここ座っていいぞ。俺は降りる」 という捨てぜりふを残して降りていった。 山椒魚もあわてて降りる。今日は、川崎市民病院に入院している秋本氏の病 気見舞いにきたのである。この前、喫茶店「閑古鳥」でいつまで待っても現れ ないので、調べてみたら、市民病院に入院していることがわかった。胃潰瘍が 悪化したのかもしれない。山椒魚は、駅の売店で売っている競馬新聞には目も くれず、駅前の花屋で花束を買い求めた。川崎にも花屋はある。 花束をかかえて市民病院に向かって歩きながら、あの酔っぱらいのことを考 えた。まったくひどいことをする奴だが、どことなく憎めないところがある。 秋本氏の小説に登場する人物の中で最もいきいきと描かれている野生的な人物 なのだ。一皮むけば自分もあの酔っぱらいと同じだ、と山椒魚は思う。理性と 教養がありすぎるために、日頃は、おとなしく猫をかぶっているだけだ。最近 は酔っぱらいの数がめっきり減ったということだが、一昔前までは、周囲に大 言壮語をする酔っぱらいがうようよいた。 秋本氏は、病室のベッドに寝そべって、ボンヤリしていた。病院ではタバコ を吸わせて貰えないので、ニコチンの禁断症状をおこしているらしい。 「今日は、お見舞いにきました」。山椒魚は、花束を差しだした。 「花ですか、これを私に?」。秋本氏は、意外そうな顔をしている。 「ツウジランという蘭の一種です。いやあ、過去のファイルをひっくり返し て秋本さんのお好きな花を探すのに苦労しましたよ。やっと見つかったのがこ のツウジランなんです」。 「そりゃどうも、ありがとさんです」。 「具合いは如何ですか」。 「歯歯歯の歯です」。 「そうですか。それはいけませんね。おうざきさんもバイクの事故で入院さ れたそうです」。 「誰です、それ」。 「KARDYさんのことですよ。SIG−OPの一員になったのを機会にお うざきあかんという名前に改名されたのです」。 「アカンさん? 氷屋阿寒堂だ! バイクの事故ねぇ。名前を変えたのがい けなかったな」。 「それより東京駅で秋本さんの野球帽を譲り受けたせいだ、と私は思ってい ます。あの野球帽のおかげでおうざきさんは、秋本文学の後継者となることが 約束されました。それはいいのですが、実生活の方まで秋本風にずっこけてき た」。 「私の責任だというのですか」。 「いや、秋本さんの責任ではないでしょう。すべては運命です。それに悪い ことばかりでもありません。美しい看護婦さんに注射を打って貰うという幸運 にも恵まれているそうですから。ところで、ここへ来る途中で、例の酔っぱら いに逢いましたよ」。 「また悪さをしましたか。あいつは作者の私も持て余しています」。 「私は、好きですね。あの酔っぱらいの言いたい放題のセリフを聞いている と、胸がスカッとします。今度またパソコン通信を再開されたら、是非酔っぱ らいさんをもっと活躍させて下さい」。 「あの話は、あれで終わりです」。 「でもあれは、京浜急行が舞台でしょう。京浜急行だけでなく、山手線や中 央線にも出張させればいい」。 「それを言うならオリエント急行と言って欲しいですね」。 「そうでしたね、アガサ・クリスティやジェームズ・ボンドをビックリさせて 下さい」。 「それより国会議事堂の方がいいかな」。 「いいですね。政治の浄化になるかもしれません」。 「カーネギーホールも面白い」。 「ルーブル博物館はどうですか」。 「歯歯歯。あそこはウンコの殿堂です。だいたいピカソの絵なんてものは、 ウンコ以外の何物でもない」。 「秋本さん、ノッてきましたね。その調子で是非お願いします」。 そこへ注射器を持った看護婦が病室に入ってきて、 「お注射の時間でございますわよ、秋ちゃん」と言った。 大屋政子のように堂々たる貫禄の看護婦である。彼女の姿を見たとたんに、 秋本氏の表情は、ゲンナリと青菜の塩のような状態になった。 (続)
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