CFM「空中分解」 #1214の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
予備校生の丸井壁夫は、あらゆる色彩の中で黄色が一番嫌いだった。どうい う訳か黄色を見るとムカムカして反吐が出そうになる。高校の頃、美術の時間 では絶対に黄色のクレパスを使わなかった。もちろん、部屋の調度品や衣服類 を選ぶ時は黄色は避けている。 嫌悪感はやがて恐怖に変わった。そのきっかけはゴッホの絵とビートルズの 音楽である。ある日、友人に誘われて美術館にのこのこついて行き、ゴッホの 自画像を見た。気持ちが悪くなるような顔である。特に耳のない自画像がいけ ない。ゴッホは、黄色い家で発狂状態になり、カミソリで自分の耳を切ったと いうが、じっと見ているとその異常な精神状態が伝染してくるような気がする。 自画像の次に「カラスのいる麦畑」を見た。嵐の日の暗い空を背景として、 黄色い麦畑が波うっている絵である。麦の穂は、1本1本がまるで意志を持っ ているかのようにうごめき、それらの穂の色の異常なまでの黄色が丸井壁夫の 神経を圧迫した。脳の中に黄色い麦の穂が侵入し、神経細胞が次々と破壊され てしまいそうな恐怖さえ感じた。 丸井壁夫は友人を放っておいて、美術館を出た。うららかな春の日の午後で ある。そよ風が心地よく頬をかすめていく。自然は健康だと思う。不健康なの は人間の心だ。何故不健康な心を描写した絵が芸術作品として評価され、美術 館に麗々しく展示され、人々はわざわざ金を払ってそれを見に行くのだろうか。 丸井壁夫が間借りしているアパートの周囲にはまだ田畑が残っており、私鉄 の駅から歩いていく途中には麦畑があった。その麦畑を見て、丸井壁夫はホッ とした。麦の穂の黄色はほとんど目だたず、青や緑が優勢である。ゴッホの絵 のような麦畑は現実の自然界には存在しないのだ。 しかし、麦畑がつきると、菜の花畑だった。一面に菜の花が咲いている。こ こでは圧倒的に黄色が優勢だった。菜の花だけでなく、黄色い蝶が舞っていた。 1匹や2匹ではない。数十匹、数百匹の蝶が乱舞しているのだ。黄色の過剰で ある。丸井壁夫は、めまいを覚えた。 あやうく倒れかけたところへ、反対側から歩いてくる若い男女のカップルの 姿が目にとまり、辛うじて踏みとどまった。そのカップルは、手をつなぎ、肩 を寄せあっていた。男の片方の手はラジオをさげており、ラジオからは音楽が かかっていた。聴き覚えはあるが、感じのいい曲ではない。そうだ、思いだし た、ビートルズの「イエローサブマリン」だ。 丸井壁夫は、耳を手でふさぐようにしてそのアベックとすれ違った。この曲 には、何かしら神経にさわるところがある。倦怠と退廃の沼から湧きあがるメ タンガスのような音楽だ。こんな曲を聴きながら公道を歩くとは何という無神 経な奴らだろう。しかもアベックである。こんな奴らが恋をしているなんて信 じられるだろうか。 菜の花畑から1匹の蝶が飛んできて、丸井壁夫の行く手に立ちふさがった。 普通の蝶よりかなり大きい奴である。しかも、時間がたつにつれてだんだん大 きく膨張し、やがて黄色い潜水艦のような形になった。た、たいへんだ、化物 蝶だ、黄色いUFOだ、宇宙人だ、助けてくれ。丸井壁夫は逃げようとしたが、 足がすくみ、そのまま気を失ってしまった。 気がついた時は、病院のベッドに寝ていた。白衣を着た美しい女性が丸井壁 夫に微笑みかけている。心の傷を癒し、不安や恐怖心を取り除いてくれるよう な微笑である。丸井壁夫は安心して笑顔を返した。 「やっと気がついたようね」。白衣の女性が言った。 「お世話になりました。あなたは看護婦さんですか」。 「医者です」。 「え、お医者さんですか。失礼しました」。丸井壁夫はビックリした。こん なに若くて、美しい女性が医者だなんて信じられなかった。 「いいのよ。それより一体どうしたの。見たところ、どこも悪いところはな さそうだけど」。 「黄色い潜水艦のようなUFOを見たのです。それで怖くなって」。 「ほんとにUFOだと思うの」。 丸井壁夫は、麦畑で起こったことを思いだそうとした。たしかに黄色い蝶が 潜水艦のようなUFOになったと思ったが、絶対にUFOだと言いきれる自信 はない。もともと黄色が嫌いだったし、ゴッホの絵やビートルズの音楽の影響 を受けたせいだということも考えられる。 「UFOに見えたのですが、気のせいかもしれません」。 「ふーん、正常ですね。もしUFOだと言い張るようだったら、かなり重症 の心の病だと思うけど、その程度なら軽いノイローゼといったところね」。 丸井壁夫は、軽いノイローゼと言われて、むしろガッカリした。病院は、清 潔で、薬のにおいがして、黄色の類がなかった。それに、何よりも女医さんが 素晴らしい人で、丸井壁夫は、目を覚まして、彼女の微笑にふれた瞬間から恋 に陥った。このまま入院して彼女に治療をして貰ったらどんなに幸せだろう。 その後、丸井壁夫は黄色恐怖症になった。女医からは軽いノイローゼと診断 されたが、黄色恐怖症の症状は深刻になる一方だった。黄色い服装の女や黄色 い車を見ると、足がすくんで動けなくなり、黄色い信号が目にふれると、その 信号は恐ろしくて渡れなくなった。 救いの女神は、やはり女医だった。丸井壁夫は、毎日のように病院に行き、 女医の診察を受けた。注射など打ってくれなくても、女医の前に座り、 「丸井君、黄色というのは中間色で、平凡な色なのよ。予備校でも教えてい ると思うけど、赤と緑を混ぜれば黄色になるんだから、怖がることはないのよ」 などという話を聞くだけで恐怖心は雲散霧消した。しかし、一旦、病院の外に 出ると、やはり黄色に対する恐怖がよみがえるのであった。 ある日、診察が終わってから、女医が突然、 「丸井君、ほんとは私を抱きたいんじゃないの」、と思いがけないことを言 った。そして、ドギマギする丸井壁夫を自宅に連れて行った。丸井壁夫は、す すめられるままに、ワインを飲み、ステーキを食べ、シャワーを浴びた。バス タオルを腰に巻いて風呂から寝室に入った丸井壁夫の目の前には信じられない ような光景があった。ベッドの白いシーツの上には全裸の女医が恥ずかしそう に横たわり、彼女の前には黄色い物体がチョコンと載っていたのである。丸井 壁夫は、死にものぐるいで、その物体からたちこめてくるにおいや黄色い潜水 艦の幻想と闘い、やっとの思いで、物体をバスタオルに包んで処分した。そし て、両手を広げて歓迎する女医の体に飛びついた。 かくして、丸井壁夫の黄色恐怖症はめでたく克服されたのであった。(了)
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