CFM「空中分解」 #1063の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
去年の今頃に書いた作品です。 −−−−−−−−−−−−−− 彼女は今日も来ていた。 こんなに雨が降っているのに、ずっと毎日。 いつもの時間に、いつもの場所、この公衆電話へやってきては電話をかける のだ。 この公衆電話は、ボックスタイプのではなく、電話機だけがすっぽりとカバ ーに入っているという感じのやつである。 辺り一帯、典型的な住宅街で、古びた酒屋の角にあるこの公衆電話には、都 会の真ん中とは思わせない寂しさと、一種の情緒のようなものを感じさせる。 そんな場所で電話をかけている彼女。目立って美しいとか、かわいい、とは 思わないが、楽しそうに電話をしているその様は、どこかしら男心を揺さぶ るなにかがあった。その情景そのものになっている感じなのである。 その彼女が、今日も来ている。 来て、これまた例によって、楽しそうに話をしている。こう僕が、見つめて いるのにも気付かずに。 これはいけないことだが、彼女がどこへ電話をかけているのかを知っている。 といっても、番号だけだが。この前、タバコを買いに来た時に、ふと、ダイ ヤルする彼女の指の動きを覚えてしまったのである。 もちろん、僕は、その番号をダイヤルしたりしたことはない。これは、言う までもない当然のことだが、それほど、電話の相手の素性を探ったりするほ ど、彼女に興味がなかったからかもしれない。 と、僕は、彼女の様子が、いつもと違うことに気が付いた。 泣いているのである。 何があったのだろうか。先程まで、あんなに楽しそうだったのに。 僕は、他人事なのに、自分が何をしたらよいのか分からなくなった。 ついに、彼女の感情は頂点に達し、顔を両手で覆い、泣きながら、彼女は僕 の脇をかすめ、走り去って行ってしまった。視界には、だらんと垂れ下がっ た受話器と、投げ出された黄色い傘だけが残った。 僕は、はっと我に帰り、今の情況におかれた自分に気が付いた。追うのだ。 彼女を追うのだ。そして、なぐさめるまではしなくとも、傘は返すべきであ る。僕は、振り子のように揺れる受話器を電話にかけると、かさを拾い、彼 女の後を追った。 街は、梅雨の雨ですっかり色あせてしまっている。この季節、この時間にし てはめずらしいほど人通りの少ない街道を彼女は走っていた。そんな彼女を、 傘を振り回しながら追う僕を、他の人達はどんな目で見ているのだろうか。 だが、そんなことはどうでもいい。とにかく、彼女に追い付き、自分にでき ることをしてやりたかった。これは、あの場にいた僕への義務である。 彼女は、思ったよりもずっと速かった。たとえ、傘を持ち、サンダル履きで あったとしても、相手は女の子である。そんなに追い付けないことはないは ずなのだが、それでも僕と彼女との距離は、なかなか縮まらなかった。 しばらく走っていると、右側が長い石塀になった。彼女はその石塀の終わり の方にある門をくぐり、中へと消えた。 石塀の中。僕は、この石塀の中に何があるか知っていた。孤児院。孤児院で ある。彼女は孤児だったのか。僕はいささか驚いた。あの彼女が孤児。 その孤児院の門をくぐると、広い庭を掃除している老婆が目に入った。他に は誰も見当たらなかった。見失ってしまったのだ。僕はまっすぐその老婆の ところへ駆け寄り、尋ねてみた。 「すいませんが」 「なんでしょう?」 「ここに、今、女の子が入って来ませんでしたか?」 「女の子?さぁ、さっきからここにいたけど、誰もここには入って来とらん よ」 「えぇ、そんなはずはないんだけど。背格好はこの位で、それで、あ、この 傘持ってました」 僕は持っていた傘を老婆の前に出した。老婆は、最初驚いたようにその傘を ながめたが、そのうち目を細めて言った。 ----------------------その2につづく
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