CFM「空中分解」 #1062の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「うちのお母さんは、うちなんかと違うて、すごいきれいだった言う話よ。 お 父さんがそう言うてた。」 過去形で言わんならんのが残念やけど。 と、ちょっと意地悪い事を言って、彼 女はくすくす笑った。 何年も前から変わらない、魅力的な笑顔。 その顔を眺め ているだけで、とりあえず大阪まで来る甲斐があるのだと、たけしは思った。 出 張など三の次であった。 「なんも、ユウちゃんも充分かわいいっしょ。」 さして効果があるとも思えない、でも誰もがする返事を返しながら、彼は窓の外 に林立するビル群を眺めていた。 ここは大阪。 正確に言えば、新大阪駅近辺である。 職場の昼休みを抜けて来 たゆいると、出張の帰りがけであるたけしは、「千成びょうたん」で落ち合い、駅 からそう離れていないビル内の喫茶店で、乏しい時間を共有していた。 「日帰りの出張があって、良かったわ。 電車代、馬鹿にならんっしょ。」 我ながら、さっきからみみっちい事ばかり言っているような気がして、たけしは 苦笑した。 ゆいるは、それを良い方向に誤解してくれたと見えて、にこにこ笑っ ている。 いつもこういうたわいのない会話で、日々は過ぎていく。 本当に言いたいこと は、他にいくらでもあるのに。 彼女の決して長くはないがボリューム感のある艶やかな髪が、エア・コンディシ ョニングの風に乗って揺れている。 たけしは、それを満足げに眺め、次いで、口 に出せぬ思いを、視線に乗せて宙に投げ上げた。 −− もう、つき合い始めて何年になるだろうか。 そろそろ‥‥。 −− 「そろそろ、時間やさかい‥‥。 見送る。」 「なんも、僕もそろそろ時間やさかい。」 彼女につられて、たけしは関西弁で声を上げてしまい、二人は同時に笑った。 ピンポーン。 『上り極急、疾風14号新札幌行きが到着します。 お乗りの方 はドアの両側に並んでお待ち下さい。』 新大阪駅30番線。 たけしと同じ、出張のビジネスマンといった感のスーツの 男達や、カメラを下げた観光客らが、がやがやと移動を始めた。 第三幹線、俗称リニア線とも第2新幹線とも呼ばれる線を走る電車は、駅の構内 では、エレベーターのような概念で、プラットホームから完全に遮断されている。 したがって、プラットホームの壁の一部がドアになっており、ドアは電車のドア と連動して開いたり閉じたりするのである。 ただ、その壁やドアは透明であるか ら、見送りが可能なのだ。 二つの瞳が、おたがいを映し合った。 一方は、明らかに涙をこらえていた。 「後で、電話するわ。」 「たけちゃん。」 「なに。」 「元気でね。」 「うん。 ユウちゃんもね。」 「今度、いつ?」 「はっきりとは、言えんわ。」 ルルルルルルルル‥‥。 『もうじきドアが閉まります。 お見送りの方は、ド アの外に出て下さい。 入場券での御乗車は出来ません。』 「ね、たけちゃん。 就職して五年やさかい、うちに言えんような事、他にも沢 山あるんと違う?」 「なんも、ないって。 うそでない。」 「たけちゃん、女の人に追い回されたら、逃げ切れん方だと思うん。」 「なんも、ちゃんと逃げてきたって‥‥。」 「え?」 シュウーーー。 たけしを乗せた疾風14号は、ゆっくりと走り始めた。 発車の時に聞こえた車輪の音が消えると見るや、電車はその名にふさわしいスピ ードで、大阪市を後にした。 おわり
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