CFM「空中分解」 #0938の修正
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(16)男の残したもの 爆発の中、ノバァとリン、それに僕は辛くも脱出した。 クラブ「ベベ」は火災で全焼。客や従業員が何人も死んだり、怪我をした。 だが、<子供>達の死体はジョンを含めて発見されなかった。 死んで、身体が溶けたのか、それとも、僕らのように炎の地獄の中を無事に脱出した のか。それも分からなかった。 ジョンも<子供>達も二度と現れなかったのだ。 そして、ミッドナイト・マンイーターもあの事件以来、消えてしまった。 ハザウェイ警部の依頼は「メイソンが薬の売人になった理由を探る」ことであり、ジ ョンの証言でその理由は分かった。しかし、ジョン亡き今、それを証明する手立ては僕 らに無かった。 だが、ノバァはどうやったのか、ハザウェイ警部から調査料を巻き上げ、新しいピッ クアップトラックを買ったのだ。 ハザウェイ警部が、なぜ僕らにその調査を依頼したのかは、結局分からなかった。 それに、<子供>とは、なんだったのだろう? <子供>達は<施設>とやらが、産み出した新人類だった。 ミュータントと言ってもいいだろう。 二つある心臓、超音波の会話。消費エネルギーの低減された、高効率の生体組織。 ハリソン先生はその一部を我々に公開した。その理由は今となっては分からない。 先生は、全ての記録を消した。あのメモリ・プレートさえ、もう無い。 ハリソン先生が言っていた通り、<子供>達は未来の地球に最適なのかもしれない。 狭くなった地球では、省エネ、省資源の彼らこそが生き残るのかもしれないのだ。 宇宙旅行だって、大食らいの僕らより、胃が小さく小腸が短い、<子供>らの方が食 料や酸素の節約といった点でも有利に違いない。将来の恒星間移民船は、きっと<子供 >らで一杯になるだろう。 でも、ハリソン先生が言ってたっけ。<子供>達は生物としてはまだ未熟だと。 <子供>達は、自己防衛のための生体反応に無理があった。死んで身体の細胞が分解 するのも、その一つなのだろう。<子供>達は、まだ品種改良中なのだ。 そうまでして、<子供>達を産み出したのはなぜなのか? <施設>とは? 『産めよ増やせよ。地に満てよ』だ。 たとえ、我が身は変わり果てようとも、子孫を残さなければならないのか? 北欧神話では、かって天上を支配していたのは、身の丈七メートルはあるという巨人 だったと伝えられている。ある時、神の怒りに触れ、巨人は小人にされ、天上から地上 に落とされた。それが、人間だ。 今、また同じことが繰り返されているのかもしれない。 人間は愚かな巨人なのだろう。再び、神の怒りに触れたのかもしれない。 小人にならなければ、この地上でさえも暮らすことができないのだろうか? 結局、<救世主>も、<施設>も、<子供>も、何も分からなかったのだ。 アンナもメイソンのメモリ・プレートのことを話さなかった。 結局、事件は何も解決していないんだ! 「事件は解決しなかったかもしれないけど、あたし達の仕事は終わったんだよ」 ノバァは呑気にそう言った。 僕は一向に解けぬ謎に遣り場の無い怒りをぶちまけた。 そんな僕を見てノバァは、聞き分けのない子供に言い聞かせるように微笑んだ。 「全てが分かり、ハッピーエンドで終わるのは小説や映画だけだよ」 あの一連の事件から、既に三ヵ月が経っていた。 不思議な小人や動く人形、ミッドナイト・マンイーターの話、「ベベ」の事件もみん な忘れられてしまった。 世間は全て元通りに戻ったのだ。 一方、ノバァ探偵事務所は、相変わらず閑古鳥が鳴いていた。 ある夜、僕はノバァとリンを連れ、「パープル・ムーン」を訪れた。 客は以前にも増して多かった。 ステージに照明が点くと、彼女が現れた。例の黒っぽいドレスで、スパンコールの一 杯ついたやつだった。喪服を思わせる服が、彼女のトレードマークになりつつある。 ピアノの前に彼女は座ると、ポロン・ポロンと弾き始めた。 「今日もベランダで酒の火照りを冷ましているわ。 通り過ぎた過去は、ひび割れたハートの底で冷たく澱んでいる。 流れ星に願い事を祈るかわりに、あたしは呪う。 夢ばかりじゃ飢えてしまう。 パンやスープがいるの。 そして、少しの愛だっているの」 例によって、暗い歌だった。その時、彼女を照らしていたライトが暗くなり、ステー ジも客席も真っ暗になった。 突然、カクテル光線のような光が乱舞した。レーザーだ。しかし、レイガンのような ものではなく、レーザーアート用の低出力のタイプだった。 赤やグリーン、ブルーのレーザー光線が、彼女の身体に当たる。 彼女の黒いドレスが、光を浴びてキラキラと輝いた。まるで夜空に散りばめた星のよ うに・・・。彼女を包む光は次第に周囲に広がっていった。 パープル・ムーンの店の中の壁と言わず、天井と言わず、床と言わず、ありとあらゆ る所に光の模様が浮かび上がった。 それは、よく見ると、スライド写真だった。 ステージで歌う女性歌手、幸せそうな男女のカップル、公園ではしゃぐ子供連れの男 女、キスしている二人、子供を両手で高く支えている男、笑う女、微笑む子供、青い海 と気違いのように青黒い空、真っ白な雲、白い路面に落ちたヤシの木の真っ黒な影、ピ クニック、ヨット、太陽、星、雨、・・・。 店の中を無数の光が乱舞していた。 光のアラベスクの一つ一つが思い出であり、人生だった。 ノバァの顔にも、その豊かな胸にも、ぽっちゃりとしたリンの頬にも、光が繰り広げ る人生が映っていた。 「・・・・ 傷ついたハートは思い出に耐えきれず、はちきれそう。 哀しみではなく、暖かさで。 怨みではなく、優しさで。 憎しみではなく、愛で。 いつでも、あなたを感じることができる。 あなたに包まれている。そんな気がする・・・」 「何、これ?」と、リンは掌に映った少年の顔を見た。 「ジョンだわ!」 「こっちは、メイソンよ」とノバァ。 白いテーブルクロスの上には、アンナが映っていた。 「アンナのドレスさ」僕は二人に囁いた。 「なんですって?」 「二センチ角のスパンコールの正体さ。数百個というスパンコールの一つ一つが、レー ザー・ホログラフィのメモリ・プレートなのさ。メイソンがアンナに渡したのは、<施 設>の秘密でも、薬の密売組織のルートやメンバー表でもなかったのさ」 「それじゃ、これが<救世主>が欲しがったメモリ・プレートの正体!」 「最後の最後まで、僕らも、未知の敵も、メイソンに担がれていたのさ」 リンの目から大粒の涙が次から次へと零れ落ちていた。 「あったかい。この光模様、一つ一つがあのメイソンさんの心なのね・・・」 「そう、アンナの側にはメイソンとジョンがいつでもいるんだよ」 そう言うノバァの目も、心なしか潤んでいるようだった。 店の客達は、イスから立ち上がると、スタンディング・オペレーションで、彼女を讃 えた。僕達三人もそれにならった。 客達はアンナ、いや黒人女性歌手ダイアン・バッシーに、そして僕らは一人の男が残 したものに対して・・・。 割れんばかりの拍手の中、アンナは光に包まれていた。 彼女は愛をまとっていた。 神よ感謝します。われら、悩める巨人にたった一つ下さったものを、僕達は今日、こ の目で見ました。 僕達の子供達が、またその子供達が、身体ではなく、心の大きな巨人として、明日に 生きられますように見守っていてください。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−END−−−−−−−−−−−−−−−−−−
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