CFM「空中分解」 #0933の修正
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離魂術は、早彦がただひとりで考え出したものだ。以前、気持が 昂揚して眠られぬときに、少なくとも躯(からだ)だけは憩(や す)ませねばならないと思い、そのおり偶然に編み出したのである。 それには、まず、眠ろうとという意識を捨て去ることが肝要だった。 ただ、その分だけ躯(からだ)の方に眠りを強制する必要があった。 早彦は、寝返りをうつなどの姿勢の変化を禁止した。そのため、つ ねに仰向けになって両脚をやや開き加減にし、胸や臍(へそ)の上 で軽く指を組み合わせる。そして瞑目(めいもく)するわけだが、 このとき、なるべく外界との接触を断たないように、耳障りになら ぬ程度の物音が必要だった。もっともこれは、馴れるにしたがって 絶対に必要というわけではなくなるが、早彦は最初のうち、目覚し 時計や腕時計の歯車の音に神経を集中させた。つまり、眠りに入ら ぬよう、意識が覚醒している状態をつねに確認しなければならない のである。 その次に、瞑目(めいもく)したまま、さまざまの思念を映像化 した。これには静止物、つまり山や谷、森、海や川の遠景などを切 り取るといった方法もあるが、これらは思考の流動によって細部へ 向かうため、かえって繁雑になるので、早彦はもっぱら人の顔や顔 の一部分、とりわけ目や唇や鼻の形などの動的な対象の要素部分、 いわば形態の特質性といったものの方を好んだ。形態の変化がなお のこと意識を集中させやすく、飽きもこないからだろうか。このよ うな断片が暗い翳(かげ)りの中で光を帯びたり、より濃厚な隈取 りをつくって、写真のように鮮明に浮かんでは消えした。早彦が近 頃とみに選ぶ画像は、顔見知りの数人の少女の唇や脛(すね)、雑 誌のグラビアなどで見た年上の女の乳房や尻、そして想像上の、薄 いピンク色の肉襞(にくひだ)の中心に目のさめるような真紅の部 分をもつ女陰などであったが、性的な、あるいは卑近な対象からの 連想の方が比較的画像は安定するようだった。画像がある程度安定 し、さらに別のものに転換していくときには、未知の女の顔や実際 には見たこともない肉体の部分が次々に現われ、明確な輪郭を伴っ て固定されるのだが、この段階になると、いわゆる半覚半睡の状態 に到達しているといえた。 ここまでくると、自ら躯(からだ)を動かすことは不可能となり、 その替わり外の物音を起きているときと同じに聞くことができ、そ のように注意を外に向けても目覚めることなどない。こうなると、 意識はそれ自体肉体を持っているかのように面白いほど自由に動き 回れた。例えば、夢の捏造(ねつぞう)などということも可能だっ た。 早彦の場合、こうした技法は、夢を構成し、操作し、演出し、自 らを登場させるために大いに利用された。そしてその夢の内容は、 未知の領域、禁忌の分野、つまり欲望の実験劇ともいうべきものだ った。それゆえ、日常の機微や感情の繊細な起伏など冗長にしか感 じられず、肉体の具現、欲望の具現を直接主題にした粗野で生々し いドラマが創り出された。町を闊歩(かっぽ)する女を片端からひ ん剥いて犯したり、策略の限りを尽くして意のままに従わせたり、 往来の人々の首を刎(は)ねたり、生きたまま解体したり、油を浴 びせて火焙(ひあぶ)りにしたり、汚穢(おわい)にまみれていた いけな少女たちを強姦したり、鋭利な刃物で死体の肉を削いで人肉 の刺身を啖(くら)ったり、空高く飛翔して抱えている嬰児を放り 投げ、その柔らかな肉塊が四散し、地上で泥のように潰れるさまを 嗤(わら)ったり、その姿勢で都市の雑沓(ざっとう)に糞尿の雨 を降らしたり、強力な毒物を撒き散らし地球上のあらゆる生物を死 滅させたり、巨大なブルドーザーを駆使して人々を蹂躪(じゅうり ん)し全ての陸地を腐肉の海と化させたり……、とにかく、考えつ くかぎりの涜神と暴虐が可能だった。これはまさしく、夢を己れの 麾下(きか)に置く、妄想の王の完全勝利であり、大いなる帝王学 とでもいうべきものに違いない。 この夢見の方法がそもそも離魂術であると思い至ったのは、ある 夢の中で、自分の肉体から脱け出ることが果たして可能だろうかと 考えたことが契機になっていた。
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