CFM「空中分解」 #0919の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
(1) 張り込み 昼間のうだるような暑さも、海水を利用した局地冷房の御陰でどうにか過ごせるよう になってきた。 そして満月。しかし、ここは暗い。 ダウンタウンの繁華街は深夜二時を回った時刻にも関わらず、人通りが絶えない。通 り過ぎる酔っぱらい達は帰宅ではなく、次の店へ繰り出すところなのだ。しかし、一歩 裏通りに入ると、人通りも無く、野良犬や野良猫がゴミ箱の残飯を漁っている。 パシフィック・クイーンの全ての地域はダスターシュート・システムが完備されてい た筈なのだが、長年の間に、地下を走る廃棄管が破損したり、詰まったりして使用不能 になった部分がある。この辺りだけは、昔ながらのゴミ収拾車が深夜から早朝にかけて ゴミを収拾に来る。それまでは野良猫、野良犬達の天下なのである。 僕はゴミ箱の陰でその野良猫の一匹と仲良くなっていた。 そして、隣にもう一人。ぽちゃとした丸みのある顔立ち、中国娘のように頭に団子を 二つくっつけた女の子。 女性と言うには少し幼さが残っている。身体のラインは痩せ過ぎず太過ぎず、丁度好 みだ。胸はノバァより小さい。あっちはでかいもんな。この子で普通か。 くりくりとよく動く目とふっくらと柔らかそうな唇。美人というよりは愛嬌がある。 彼女は、フリーライターのリン・ウェイ。いや正確にはフリー・ライター志望の女学 生と言った方がいい。結構いい家の出身らしく、服装にも持ち物にも金が掛かっている のが分かる。今着ているのは、黒いラメの上下つなぎであり、張り込みをするには少し 派手だ。 書くネタ欲しさに探偵事務所に出入りするまではいいのだが、そこで小耳に挟んだ話 を追うとなると、これはもうお嬢さんの道楽というには度が過ぎる。 第一、仕事の邪魔だ。 おっと言い忘れた。僕の名前はカズ・コサック。ユーラシア系の名だが、両親は旧ア メリカ合衆国だ。僕はアクアポリス、パシフィック・クイーン生まれ、パシフィック・ クイーン育ちだ。 今は、ノバァ探偵事務所の手伝いをしている。 クラブ「ベベ」の裏口にその男が現れてから既に半時間経っていた。しかし、男は煙 草の煙を燻らせ、僕達には背中を見せている。リンが期待しているようなシーンはまだ 無い。 その男の横を酔っぱらいがよたよたと通り過ぎた。派手な音を立ててずっこけると、 ゴミの山を枕に鼾をかき始めた。でかいビア樽のような腹がゆっくりと上下する。 リンはそれを見て、クックックッと笑いを押し殺した。 酔っぱらいを見下ろしている男の名はブルー・メイソン。マッド・ダスト、通称MD と呼ばれる覚醒剤の売人だ。黒の皮ジャン、ジーンズにスニーカーというここ二世紀、 あまり変化のない男のいでたちだった。 今度の仕事の依頼主は何とハザウェイ警部だ。それも私的な調査ときた。警部には色 々と世話になっているからサービスしないといけないかな。 <かっての同僚が今や薬の売人になっている。その理由が知りたい。> パシフィック・クイーンのシティポリスならすぐに分かるだろうに。なんでわざわざ 私立探偵なんぞに依頼したのか。僕としてはその理由も知りたいところだ。 そして深夜、メイソンを尾行しているのだ。しかもリンというお荷物付きで。 来た! リンはもう少しで大声を出すのをぐっと堪えたようだ。 店と店の間の路地から一人の背の高い女性が現れると、メイソンに近付いて来た。 彼と向かい合った女性はライトにキラキラと反射する黒っぽい服を着ていた。 メイソンは頷くと何かの包みを取り出した。 リンはマルチ・レコーダのミノルタ・イータ7000レコーダを構えた。 何と我が探偵事務所のキャノン・スーパー・スターより高級だ。 この時代、既に銀板に像を焼き付けるというカメラの子孫は存在していない。厚さ一 ミリ、二センチ角の世界標準規格の汎用メモリ・プレートが、映像情報や音声を始めと する様々な情報の記録媒体として使われていた。 リンはレコーダアイをメイソンと向かい合って立っている女性に向けた。 レコードアイが検出した光情報は、光電子倍増システムで数万倍の明るさに変えられ 、イータ7000内部のアナライザーで瞬時分析される。抽出された情報はディジタル 化されてメモリ・プレートに記録される仕組みだ。 リンがレコードボタンを押した時、チューチューという声が聞こえた。そして、彼女 の悲鳴。 「きゃーっ、ネズミ、ネズミよーっ。カズ。ネズミ、ネズミ、やだーっ。あたし、ネズ ミ嫌い! キャー、キャー、キャー」 リンの馬鹿! だから付いて来るなって言ったのに・・・。もう後の祭りだった。 リンの足元をネズミが走り回る。リンは隠れていたゴミ箱の陰から立ち上がると地団 太を踏み出した。 そして、更に不運なことに、僕と仲良くなった猫がこの御馳走を追い掛け始めた。そ こらじゅうのガラクタをひっくり返し、更に数匹の猫が参加した。 その時、メイソンが振り向いた。 リンの姿は丸見えだった。しかし、忙しい彼女にはそんな事態は関係ない。 「誰だ!」 メイソンの太い声が裏路地に響く。メイソンは背の高い女を追い払った。彼女は後ろ も見ずに走り去った。 ハイヒールのカンカンカンという音に驚いたのか犬が吠えた。しかもその近辺の犬が 一斉に鳴き出したような騒ぎだった。遠吠えが耳につく。 もう張り込み、尾行どころじゃない。 僕は、奇妙なダンスをするリンの手を引いて一目散に逃げ出した。 店の裏に立てかけてあった古い看板を幾つか倒し、業務用の大きな缶詰の空き缶を蹴 飛ばした。転がった空き缶に驚いた犬や猫が、ゴミの山やガラクタの山の上を走り、そ の幾つかを崩した。 途中、遠吠えしている数匹の犬を蹴飛ばしたが、犬達は僕達を無視した。 空を見上げ、まるで見えない敵に向かって威嚇しているように見えた。 必死で走った。リンは健気に付いて来る。 突然、パンパンという銃声とぎゃーっという悲鳴が聞こえた。その後、大きな重い物 がぶつかるような音、ベリベリというような音が聞こえた。 しかし、僕らは走って逃げた。 尾行は失敗。こりゃ、下手すると面が割れて、二度とメイソンの尾行ができなくなっ たかもしれない。ノバァの鬼瓦のような顔が瞼の裏に浮かぶ。 遂に息が切れ、もう走れなくなって路面にしゃがみ込んだ。数ブロックも駆けて来た ことに気が付いた。 「あっ! レコーダ忘れた! 取って来なきゃ」 リンは叫ぶと、もと来た方に戻って行った。 「やめろーっ」と叫んだが彼女の耳には聞こえなかった。 止むなく、僕は棒のようになった足に活を入れて追い掛け出した。 もとのクラブ「ベベ」の裏手に戻った。既にメイソンの姿は無かった。 僕が着いた時、リンは壊れたレコーダを抱いて、惚けたようになって路面にしゃがみ こんでいた。 「どうした、リン」 リンは震えながら、指差した。 彼女の指先を追うと、路上にグズグズに崩れた異臭を放つ肉塊があった。部分的に骨 が見えている。野良犬がゴミ箱から引きずり出した生ゴミだろうと思ったが、医学辞典 で見慣れた人間の頭蓋骨が覗いていた。 更にマンホールから這い出そうとしたままの形で俯せになって倒れている黒い皮ジャ ンの男がいた。身動きしない。側に44スーパーマグナム・オートマチック拳銃が転が っていた。 僕は近付こうとした。 「危ないわよ!」と、リン。声が震えている。 男の側に立った。しかし、彼は動こうとしなかった。 脇の下に両手を差し入れ、男を抱き起こそうとした。 随分と軽い男だなと思った途端、絹を裂くようなリンの悲鳴。 「どうした?」と、きく僕にリンは「無い、無い、か、か、か」と訳の分からないこと を言って僕に向かって指をさした。僕は抱えている男を見下ろした。 軽い筈だった。男には下半身が無かった。 慌てて放り出した男の顔が空虚で虚ろな目を空に向けていた。 メイソンだった。 犬の遠吠えはもう止んでいた。 −−−−−−−−−−−−TO BE CONTINUED−−−−−−−−−−−−
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