CFM「空中分解」 #0749の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
ここは、千葉県の片田舎。 大空印刷株式会社の社宅である。 3DKに家族が4人。私と妻の洋子、そして啓一と留美子の子供達。 広さはともかく何しろ太田区の会社までの通勤が大変である。 なぜこんな遠くに社宅を建てたのか。社員を馬鹿にしている。 しかし、家賃がただみたいなので、仕方なく住んでいるのだ。 ぱらぱらと土曜日の新聞に折り込まれた分厚い広告をめくっていると、目に止ま ったチラシがあった。 「都内で素敵なマンションライフ。これがラストチャンス。エデン墨田。 最新の設備、最新のコンセプトで貴方に贈る永住の住処」 「ワンボックスマンション、40平方メートル、2000万円」 「ワンボックスマンション?」私は聞き慣れない言葉にいぶかしく思ったが、 なにしろ墨田区とはいえ、2000万円といえば手の届く値段だ。 もちろん、借金をしまくってのことではあるが。 洋子を呼んでそのチラシを見せた。 「へぇー、空間、設備の重層機能化によるマルチパーパスライフ? 何のことかしらね。分譲主は丸菱重工?あの潜水艦とか作ってる会社かしら?」 そういえば、ばーんと載せられた完成パースは割りとメカニックな感じがする。 「一度、行ってみるか」 私達はさっそく日曜日に見学に行った。 モデルルームに着くと、ベージュ色の作業服を着た男が丁寧に挨拶をする。 普通、販売事務所の社員と言えばパリッとスーツなど着こなしているものだが。 造船不況の丸菱重工からの出向社員のようだ。私達はその男に案内された。 実に広々としている。ワンボックスとはよくいったもの。 40〓ではあるが、仕切り壁が一切なく、そのままの広さである。 「なかなかゆったりしているじゃないか」私はせせこましい千葉の社宅のことを ちらと思いながら、洋子にいった。 「本当だわ。でも、あれが台所かしら」 洋子の視線の先、玄関の左手に流し台のようなものがある。 そして、その横には何と便器が。さらにその横にはバスタブがセットされている。 「こっ、これは一体、台所、いやトイレ、それとも風呂場?えーい、一体何ですか!」 「よく御質問いただきました。これこそが当マンションの誇る最新コンセプトの住宅 設備なのです」セールスマンが私達をその得体の知れない部分へ案内した。 「在来のマンションではただでさえ狭い専用空間を余りにも無駄遣いしていました。 当社は船舶の製造で得たノウハウを生かし、無駄を極限にまで省いた新しい設備 空間を産み出したのです」 「これは流し台ですが、洗面化粧台の機能も持っています」 確かに、シンクの前は鏡になっている。そしてその横に作られた小さな棚の扉を セールスマンが開けると、中には化粧品やハブラシが置かれていた。 「そして、これは便器ですが、ディスポーザーでもあります。当社の最新技術で 下水への放流可能な製品を組み込んでいます。生ゴミの悪臭よ、さようならです」 なるほど、それで流し台の隣に便器が... 「このバスタブも複合機能を持っています。全自動洗濯機としての機能があります」 「透明のカバーは何ですか」洋子が尋ねた。 「これを閉めると乾燥機として利用できます」 「パパ、かっこいいね」「そっ、そうだね...」 セールスマンは私達を案内しながら、食卓にも勉強机にもなる大テーブル、壁に 収納されたベッド、などを説明した。 あまりの斬新さに圧倒されている私達にセールスマンは止めの一言を放った。 「都内、2000万、40平米、親子4人がゆったりと。これ以上何をお望みですか」 私達は手付け金を払い、エデン墨田が完成すると同時に引っ越しをした。 会社まで40分ちょっとで行けるようになった。今まで二時間も満員電車にゆられて いたことを思うと、ここは確かにエデンの園である。 ただ、最新のコンセプトに慣れるのには時間がかかりそうである。 取り敢えず流し台、便器、バスタブの間は間仕切り壁で区分した。販売会社は難色を 示したが、いきなり流し台の横、家族の前でトイレに行く勇気はない。 便器に装備された強力な換気装置のおかげで、臭うことはないのだが。 或る朝、私は寝起きのぼんやりした頭で、流しの前に立った。歯磨きをチューブか らハブラシにつけ、歯を磨いて... 「うげー。ひょっ、ひょれはなんら!」強烈な刺激が口中に広がり、涙がこぼれた。 何回も口をすすぎ、改めてチュープを確かめる。何とそれは練りワサビのチューブだ った。洋子が料理にかまけて放り込んでしまったようだ。 「おい!洋子。化粧棚に...」 バッターン。 「きゃー」 ちょうど洋子はベッドを収納しようとしていて、テレビに気をとられたのか、私の声 に驚いたのか、バランスを崩してベッドの下敷きになっていた。 「おい、大丈夫か。少しは痩せたか」 洋子は私を睨みつけた。 私は歯を磨き直すと便器に跨がった。 ほっとしたのも束の間、便所の壁の小窓がバンと開けられ、悪臭を放つ生ごみが勢い よく私の頭に降りかかった。 「うわー」 「あら、ごめんなさい。あなたいたの。生ごみを捨てる時間だったのよ」 まったく、最新コンセプトのせいで夫婦間がぎくしゃくしてしまう。 しかし、啓一と留美子達は広々としたこの家が気に入っているようだ。 「ねえパパ。今度卓球台買ってよ」などといいだす始末。 もっとも、戦闘機ごっこと称して、バスタブにもぐり込み、透明のカバーを閉めて乾 燥機のスイッチを入れ、ゴウッという音とともに干乾しになりかけたのには参ったが。 そんなわけで、職場には近くなったものの、これでは新しいライフスタイルと称し て、過密都市での居住方法の呈のいいモルモットにされているようである。 しかし、空間、設備を時と場合により使い分けなければ、これだけ広々と暮らせる はずもなく、慣れるまでの辛抱と思っている。 なにしろここは東京なのだから。 そうなのだ。ここは世界一土地の高い東京なのだから... FIN.
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