CFM「空中分解」 #0734の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
【モデルルーム】 コスモパンダ ● ○ ○ ○ ○ 「おい、木村くん。例のモデルルームはできたのかね」 廊下で擦れ違った大野課長が声を掛けてきた。 「はあ、あと少しですが、もう内装はほとんどできています。午後にでもご覧になりま すか。言って頂ければ、御案内致しますが」 「そうか、それじゃ松本部長にも声を掛けてみるか。もし部長がオーケーなら、午後、 そうだな。三時頃に行くか。部長の予定を伺ってから、また連絡するよ」 「分かりました。それでは現場に準備させときます」 木村は愛想よく答えた。 ところが・・・。 「何言ってやんでぇ。べらぼうめ! まだ半出来の家の内装を仕上げるって! おお若 造、俺はてめえがおっかさんの腹の中にまだ巣くっていねえ頃から、でえくやってんだ ぞ。青二才に仕事でごたごた指図されるような覚えはねえ。ふざけんな。俺の目の黒い 内は勝手なこたあ、させねえ」 髭面のむさい男である。どっかと地面に腰を据えている。まるでビートたけしだ。 「そこを棟梁、なんとか」と木村は懇願した。 「おれっちは知らねぇ。てめえでやんな」 現場監督の大田原藤十郎である。職人肌で腕がいいのだが、頑固一徹であり、一度へ そを曲げたらお天道様が西から登って東に沈もうと、うんとは言わない。 昔ながらの大工の恰好。地下足袋を履いた足であぐらを組んで座り込んでしまった。 大体、ツー・バイ・フォーだなんて言われる御時世に、こういう前時代の遺物みたい なおっさんが現場を取り仕切ってるってのが解せない。 職人気質の髭おやじは放っておくしかない。 時刻はまだ十時、三時までには時間がある。木村は若い作業者を集めて、突貫工事を させた。 このモデルルームは木村達、プロジェクトチームの記念すべき初仕事なのだ。 ○ ● ○ ○ ○ 突貫工事の甲斐あって、部長の到着までに何とか恰好がついた。 もっとも、部長がモデルルームの現場に到着したのは、日が沈み掛けた頃だった。 玉虫色の背広を着た松本部長は大仰に頷いた。 「木村君、それじゃ早速だが、説明してくれるか」 まだ、プラタイルの裏紙や、おがくず、電気の配線ケーブルの切れ端が散乱している 現場に、木村は二人を案内した。 モデルルームの玄関に木村は立つと、インターホンのボタンを押して声を出した。 「あー、本日は晴天なり」 「セイモンチェック。キムラシュニン ト カクニンシマシタ」とインターホン。 なんかで見たような光景だが、木村は得意げに説明する。 「このインターホンに話し掛けた声の声紋と登録されている声紋が一致した時にドアが 開きます。但し、本人の声でも録音されたものは駄目です」 「ほう、しかし、風邪をひいた時にもちゃんと開くのかね?」 松本部長は無邪気に尋ねる。 「えーと、あーと、それでは中を見て戴きましょう」 木村は部長の声を無視して中に入って行った。 三人が入ると誰もスイッチを入れないのに暗い部屋の中に明かりが灯った。 松本部長は大きな姿見を見つけると、その前で立ち止まり、ネクタイを直した。 リビングルームに入ると37インチのテレビを中心に豪華なAVセットがドデンと居 座っていた。 木村はそのAVセットを自分の声だけでオン・オフして、二人の上司を仰天させ、キ ッチンに向かった。 「ここが我がチームの最高技術を結集したインテリジェント・キッチンです。全て音声 命令で自動的に料理が作られます。まだ試験段階なのでそんなに沢山の料理はできませ んが。何か御注文はありますか?」 木村の誘いに松本部長が答える。 「そうだな、目玉焼きでも作って貰おうか」 木村はキッチンの隅の天井まで届く大型冷蔵庫に向かって怒鳴った。 「たまごー!」 「オイクツデスカ?」と冷蔵庫が尋ねる。 「二つだ」と目を白黒させながらも何とか威厳を保とうと松本部長。 「もう一度お願いします」 「二つだ」「もう一度お願いします」「二つだ」「もう一度お願いします」 「あ、2個!」木村が言い直す。 「分かりました」 冷蔵庫はごとごとという音と共に身体を揺すると、ドアが開き、中から卵を2個掴ん だマニュピレータが出てきた。 「フライパン!」という木村の声にガスレンジの下からフライパンを掴んだマニュピレ ータが出てきて卵の下で待ち受ける。 「たまご・われ!」 器用にマニュピレータは卵を割ってフライパンに中身を落とした。 たちまちジューという音がし、いい臭いがしてきた。 「既に加熱してあります。電磁調理器の一種です」 マニュピレータは卵の殻をポリバケツの中に放り込んだ。 この調子で、木村は電子レンジやジューサー、コーヒーサイホン、食器洗浄機、食器 乾燥機などを動かして見せた。 しかし、何故か二人の上司が命令すると機械たちは「もう一度お願いします」と尋ね るのだ。 まあ、それでもメカに弱い中年のこと、命令すると勝手に動く洗濯機や床の上を走り 廻る掃除機を見せられ、しきりに関心して引き上げて行った。 ○ ○ ● ○ ○ 「き、き、木村、あのモデルルームに幽霊が出るぞ!」 朝っぱらから、大田原おやじが血相変えて、事務所の木村の所にやって来た。 「何を馬鹿なことを言ってるんです。このコンピュータ時代に」 「て、てめー、俺を馬鹿にすんのか! 見た、見た、見たんだ。ゆんべ、十一時頃、残 業やってて帰ろうと、あのモデルルームの前を通ったら、ぼーっと部屋の中に明かりが 灯ってたんだ。で、部屋ん中にへえろうとしたんだが、てめーが変な鍵を付けてるもん でへえれねえ。俺は誰か部屋の中に忍び込んでるんだろうと思って、『誰だっ、出てこ い』って怒鳴ったら。急に部屋の中が賑やかになったんだ。ガチャガチャと、そりゃー 、てーへんな騒ぎだったぜ。おめーも見りゃいいんだ。それで俺は『止めろーっ。静か にしろーっ!』って怒鳴ったんだ。するってえと、突然、部屋の中が静かなっちまって 、それっきりだ。しかしよ、窓を見たら・・・」 そこまで一気にしゃべると大田原おやじは口をつぐんだ。 「窓を見たら?」と先を促す木村。 「いたんだよ」 「えっ?」 「幽霊だよ。幽霊。頭のしだり(左)半分が無くてよー。血がこう胸元まで、どばーっ と赤いペンキをぶちまけたように・・・」 「きゃーっ」という女子事務員の声。身振り手振りの親父の話を隣で聞いていたのだ。 「まあまあ、大田原さん。じゃあ、現場を見てみましょう」 木村は嫌がる大田原を連れてモデルルームへ行った。 中を一通り調べたが、なんの異常も無かった。 髭おやじは首を捻るばかりだった。 ○ ○ ○ ● ○ その夜、木村は髭おやじとモデルルームに泊まり込むことになった。 午後九時が過ぎ、十時、そして問題の十一時。しかし何事も起こらなかった。 十二時、一時。 さすがに昼間の疲れが出た木村は、リビングのソファでうとうととした。怖い怖いと 騒いでいた大田原おやじも既に隣で大きな鼾をかいている。 ガッシャーンという音がキッチンでした。 がばっと起き上がった木村はキッチンに走った。 「もう一度お願いします」「ガーッ」「もう一度お願いします」「ザー」「もう一度お 願いします」「バタン、ドタン」「もう一度お願いします」 大変な騒ぎだった。 キッチンでは、冷蔵庫が電子レンジに向かって卵を投げ、レンジの下からはフライパ ンや鍋、釜が出たり入ったり、包丁やしゃもじを掴んだマニュピレータがガチャガチャ と動いている。 その内、マニュピレータの指から出刃包丁が滑って木村の方に飛んで来た。 とっさにしゃがんだ木村の頭上を掠めた出刃包丁は、キッチンの壁に突き刺さった。 食器洗浄機は食器を次から次へと床に放り投げていた。 ガシャン、ガシャンと割れて飛び散る皿の破片の間を黒いものが逃げ廻っていた。 チュー、チューと鳴くそいつは、どこから入ってきたのかでかいネズミだった。 その鼠に向かってキッチンの機械達は「もう一度お願いします」と選挙の街頭宣伝の ように呼び掛けていたのだ。 やがて、木村の足元をすり抜けてキッチンからリビングにネズミは脱出した。 「わーっ、助けてくれーっ」 髭おやじの声が聞こえてきた。 木村は戦場となったキッチンを跡にリビングに走った。 リビングの電灯はパカパカと点いたり消えたりし、AVセットや37インチテレビも オン、オフを繰り返していた。 木村はそこで、電気掃除機に追い掛けられている髭おやじの姿を見た。 ○ ○ ○ ○ ● インテリジェント・ルームの開発チームにとっては手酷い事態だった。 しかし、ネズミの鳴き声が音声応答装置の音声フィルタを通り抜けて、メカを作動さ せるという欠陥を発見できたのだから、不幸中の幸いだった。 「あった、あった。木村さんよー。ほれっ、ここだ。でかい穴だ。ツーバイホーだか何 だかしんねぇが、工事を急ぎ過ぎて、でえどこの壁に隙間があらあ。ネズ公はこっから へえったんだ。生ゴミの臭いを嗅ぎつけたんだな」 大田原のおやじはトントンと板を打ち付けながら、木村に話した。 「ところで、木村さんよ。俺は確かに幽霊を見たんだぜ。信じてくれるだろう?」 「今夜、その幽霊を見せますよ」と木村は自身ありげに答えた。 再び、モデルルームに二人はいた。周りは真っ暗だった。 「いいですか? 大田原さん、窓を見ていてください」 窓の外に立つ髭おやじに、部屋の中から木村が声を掛けた。 「わーっ、で、で、で、出たーっ」 という悲鳴を上げると髭おやじは腰を抜かした。 窓には、髭おやじが木村に説明したような、頭の半分が無い幽霊が浮かんでいた。 「大田原さん、大丈夫だから部屋の中に来てください」 髭おやじが部屋の中にそろそろと入ると、木村がにこにこして立っていた。 ふと気付くとリビングに置いてある37インチのテレビが映っていた。 あの幽霊だ。 「おやじさんが見たのはビデオのホラー映画だったんですよ。若い連中に聞いたら、誰 かが持ってきたビデオテープをデッキに入れっぱなしにしてたらしいんですよ。夜中に スイッチが入って、ほらっ、あのテレビの映像がこの大きな姿見に反射して、窓のカー テンがスクリーンの役目をして映ったという訳です。丁度いい角度ですからね」 木村は建築技師らしく、リビングの図面にテレビと姿見と窓の位置関係を書き込んで 図示して説明した。 「なあるほど、へっへっへっ。さすがはでえがく出の技術者だ。幽霊なんていねえのか い。大したもんだ。見直したぜ」 髭おやじに肩を叩かれた木村は照れ臭そうに頭を掻いた。 ビデオを見ていた髭おやじが尋ねた。 「ホラー映画てえのは、毛唐の映画なのかい」 「ええ、外国ものらしいですよ。持って来た奴に聞きました」 「ふーん、おかしいなぁ。俺が見たのは、ちょんまげを結ってやがったんだがなあ」 −−−−−−−−−−−−−−−−−お わ り−−−−−−−−−−−−−−−−−
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「CFM「空中分解」」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE