CFM「空中分解」 #0723の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
タンブラー号がブイを発進してから2ケ月が立とうとしていた。プロジェクトもい よいよ最終段階に入った。今回の調査では、予想以上にデータ収集をすることが出来 たので研究員達に疲労の色の中にどことなく嬉しさが表れているようだった。このプ ロジェクトによって、地球観測を見返らせることができるのかもしれないのだからむ りもないかもしれない。普段、あまり感情を出さないイーディスまでもがニコニコし ているようだな、とチェリノフは感じていた。一概にプロジェクトのせいとは言いが たいが。 「なんですか?博士。」すぐ横でタイピングしていた彼女はチェリノフの視線を感 ずいた。 「いや、別に。」そういいながらもチェリノフはものいいたげな、それでいて優しい 目で見続けていた。「こういった無味乾燥な観測モニターを見ていると、時々目の保 養をせねばならないからね。」 「私で先生の目の疲れがとれるのでしたら、どうぞ。」 「私だけじゃあるまいて。」老人の瞳に少年のいたずら色がさした。 イーディスは咳ばらいをすることによって話題の転換を計った。「今回の功労者と いったら、HT−26000でしょうね。」 「君はあれを見たことがあるのかね?」博士の目は依然として笑っていた。 「はい。一度だけ、チェスをしたことがあります。」そこで言葉をきったが、博士が 何も言わずこちらを見続けているのでイーディスは言葉を続けなくてはならなかった。 「あれの言語センスには感心しました。・・・そうそう、あれの担当はスチーブさん と聞きましたが、一度御合いしたいですね。」 「ほぉ、そうかね。」博士は、彼女が防衛のため″スチーブ″をわざと強調して言っ たのだろうと察した。「では、呼ぼうか?」 「いえいえ、それにはいたりません!大事な仕事があるのですし・・・」 イーディスの言葉を無視するかのように、チェリノフはインターホンに手を延ばし ていた。そして会話を終えるともとのようにイーデスに優しい目を向けた。 「あちらさんでも、なんだか話があるそうだ。ちょうど昼時だしレストランでも行っ てみるがいい。」 「は・・・はぁ・・・」彼女の姿に躊躇の色がみえたのを博士はしっかり見ていた。 そしてそれによっておかしさが胸に込み上げてくるのを感じた。なぜなら、この有能 な秘書はめったにそういった態度を現さないのである。ちょうどまだ一回しか観測さ れていないウ゛ァーナを見るくらいと同じ確立と言えた。 「いきなさい。」博士はやさしく念を押した。 第一印象ではフロイドとは同期と思えないわ、と思った。彼の頭は白いものがいく つかあったし、老眼鏡のような眼鏡が雰囲気を醸し出していた。もっとも、彼が若い 姿をしたからといって似合うかどうかは別だけど。 そこまできてイーディスは自分がいつのまにか、品定めの目をしていたのに気付き、 いそいで頭の中から掻き消した。 「どうもすいません。博士のお仕事でお疲れのところを・・・」 「いえ、こちらこそ、観測の事もあるのに・・・」 「あー、イーディスさん、私は貴方のことを結構知っています。」スチーブは言葉を 慎重に選んでいるようだった。「フロイドがよく話してくれるので。」 「はぁ・・・」イーディスは何故か言葉につまった。 「それに貴方の有能さは、かねがね評判をきいていまして・・・その、尊敬しており ました。」 「いえいえ、それほどでありません。」 「HT−26000をお褒めいただきありがとうございます。」スチーブは緊張しき って言葉が単調になっているのに気付いていなかった。イーディスの方も賢明に普段 の自分を取り戻そうとしていて気になっていなかった。しかし、彼の口からHTのこ とが出ると敏感に反応した。 「彼が・・・はなしたんですか?」実際他人が聞いたらたわいもない話なのだろうが 、フロイドが自分の失敗を友人に話していたことにショックを受けた。フロイドは、 どんな風に話したのかしら? 「そうです。HTノ語学センスがいいとお褒めになったと、いっておりました。」ス チーブはここらで一気に畳み掛けることにした。「ところが私が担当したのは単なる 知識としてで、実際それを″育てた″のはフロイドなのです。」 「・・・・・・・」 「彼はなかなかいいやつです!ドジではありますが。」 「何がおっしゃりたいんでしょう・・・」イーディスの声は細かった。 「ただ、その、なんです。」スチーブは直接表現すべきでないと判断した。「よろし くお願いします。」 「はぁ・・・」 「さぁ、食べることにしましょうじゃあありませんか。」スチーブの声に作戦が成功 した喜びが多分に含まれていたのに、スチーブ自身も、そしてイーディスも気が付い ていたのだった。 いよいよ最終ステップへ踏み出すということで久し振りにセンターは騒がしい緊張 感で持ちきりだった。タンブラー号は、これまでの行程の中で予定以上に燃料を使っ ていた。ドリューシャとのこともあったし、ブイ観測中静止するためにもかなり使っ てしまったのだ。そのため、自然条件を利用してタンブラー号を帰還させることにし た。木星には巨大な嵐−−−ひとつが収まるのに何世紀もかかるという−−−大赤点 というのがあるのだが、地球にも巨大な渦巻きがあった。規模は比べ物にならないが 、それでも何年にも渡る強さである。この上昇気流を使って上層部まで一気に昇り、 タンクの燃料を全開にして地球から帰還しようというものである。 タンブラー号とはハイパーウェーブのダイレクト・モードで結ばれていた。 「タンブラー、計画は今言った通りだ。噴射の合図はこちらからするので、それを 逃さないように。」 「・・・・・・・・・」 「おい、HT−26000、聞いているのか?返答せよ。」磁気ノイズのみが響き、 通信係は通常の状態でないのを感じた。 「・・・果たして・・・成功するのだろうか?」 通信係の博士達は顔を見合わせた。HTから帰ってくると期待した言葉にはほど遠か ったからである。「・・・あぁ、自信をもってよろしい。君はこれまで素晴らしい成 果を上げた。それを達成することに比べたら簡単だ。」 「・・・・・・了解。支持を待ちます。」コンピュータの声に僅かながら震えがあっ たのをスピーカは忠実に再現していた。 「よし、では待機していてくれ・・・」 やはりタンブラーは<ドリューシャ>の放電を食らっていたのではないか、と上層 部の博士達の間で話された。コンピュータは単なる機械であって、恐怖心など持たな いはずである。そうだから、今回のような危険な作業に人間の代わりに従事させるこ とができるのだ。と、なったら、HTが故障しているのか・・・ 博士達はとりあえずこのことは伏せてプロジェクト終了後に発表するということにし た。研究員が動揺して、作業に支障をきたす可能性を防ごうというものである。そう こうしているうちに、タンブラー号は嵐へと急速に接近しているのであった。
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