CFM「空中分解」 #0681の修正
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テーマ1>【お正月と泌尿器】 コスモパンダ 参拝客で賑わう初詣の行列。人、人、人、人ばかり。 上から見ると、真っ黒い頭の中にきらびやかなかんざしを刺した日本髪の頭も多い。 当然だ、正月なのだ。 初詣客がおしめき、ひしめきあう、神社に続く狭い階段の幅はせいぜい五メートル。 まるで黒い絨毯がうごめいて、階段を登っていくように見える。 「馬鹿やろーっ、てめぇー、ざけんじゃねぇよ。どけってんだ」 周りの初詣客のひんしゅくをものともせず、一人のはかま姿の男が逆流する黒い滝の ような人込みの中から脱出しようと動いていた。 男が動くたびに、参拝客の頭が動いて男の周りにぽっかりと穴が開き、その穴が黒い 絨毯の流れを横切っていく。 「よーし、よし、やっと出た。おっ、こりゃ、出れねぇじゃねえか」 ようやく人の流れから脇へ出た男のいでたちたるや、ばかばかしいの一語に尽きる。 頭に鉢巻き。それに刺した半開きの金色の扇子。扇子の真ん中には御丁寧に真っ赤な 日の丸。たすき掛けした羽織は、人込みで揉まれてくしゃくしゃになっていた。 黒い百円ライターのような太い眉毛と、顔の中央であぐらをかいている大福のような 鼻が、大雑把でバラバラになりそうな顔立ちを引き締めようと努力していた。 その真っ赤な顔が、男の行動を裏付けている。 男は階段の脇に張ってあるロープの所で騒いでいる。 「てやんでぇ、こんなもん、乗り越えてやらーっ」 ロープをよたよたと乗り越える。 「糞ーっ、いや、小便だ。しょうべ〜〜ん」 「やめろよ。正月草々、こんなとこでするな」 「うるせえ酔っぱらいだなぁ」 「おっさん、立ちションするなよ。人迷惑だ」 人の流れを整理していた学生アルバイトが注意する。 しかし、そのおっさん、若者の言う言葉に耳を貸す程、素直ではなかった。 「やかましいや。てめえら青二才に、俺の気持ちが分かってたまるけぇ」 「向こう行けよ。トイレはあっち!」 「てめぇ、幾つだ? はたちだと? へんっ、二十年早えぇ。おととい来やがれ!」 言うが早いか、おっさんは袴の裾を捲くった。目にも鮮やかな白いふんどしだ。 きゃーっという、晴れ着姿の若い女の子の声。 「やめんか、こらっ!」 「へっ、青二才が」 「やめろと言ってるのが分からんか。猥褻物陳列罪の現行犯で逮捕するぞ!」 「おっとっと、こっ、これはサツの旦那」 「早く仕舞わんか!」 という訳で、おっさんのストリップは警備の警官の御陰で見られなかったのである。 「てめえ、このぉー、どけよ。どけったら! うおーっ、貴様もか! この野郎ーっ」 男はまたまた周りの人間を押し退け、今度はトイレに向かう。 しかし、正月、正月。トイレも正月。大行列である。 「さ、先にやらせろよ」 男の声の端に少し揺るぎがある。限界が近いのかもしれない。 トイレの列の中程にいた白い背広が振り返った。 「おう、おっさんよ。皆さん、行儀良く、並んでらっしゃるんだ。急ぐのは皆同じなん だぜ。正月だ。ちったあ、礼儀正しくできねえのか」 顔面を斜めに突っ切るヤッチャンのトレードマーク。薄茶色の色眼鏡の奥から覗いて いる小さな目が、おっさんを威圧する。 「いえっ、あっ、そ、そうですね。正月ですもん。そう、正月・・・」 おっさんは、股間をしっかりと押さえながら、その場を跡にしようとした。 その時、目に入った立て看板の張り紙。 <この先に有料トイレあり、『レンタルのニッ○ン』> 既におっさんの思考能力は限界にきており、その文字の下にある矢印の方向に向かっ て人の波を掻き分けて行った。 もちろん、しっかりと袋は押さえている。どこの袋って? 知ってるくせに。 <有料トイレはここ、『レンタルのニッ○ン』> この文字のなんと、美しく見えたことか、おっさんの目からは思わず熱いものがぽろ りと零れるのでありました。 神社の裏手に大型トレーラーが止まっていた。そのトレーラーの後部の扉が上に跳ね 上がり、そのまま扉が屋根になっており、まるでファーストフードの店のようなデコレ ーションである。レンタル・・の看板がネオンで輝く派手さである。 そのカウンターの前までよたよたと辿り着いたおっさん。 「お、おお」 既におっさんの言語中枢は麻痺しかかっている。 「いらっしゃいませ、お早うございます」 カウンターの向こうから、甲高い声で挨拶する女の子の台詞は、どこかで聞いたよう な・・・。 「べ、べ、べっ、べん、べん、便所」 股間を両手で押さえたおっさんの鬼気迫る顔を前にしても、その小柄な女の子は笑顔 を絶やさずに応対する。 「メニューはこちらでございます」 「メ、メ、メニュー?!」と、おっさん。 メニューは透明プラスチックに入っており、なにやら書いてあるが、既におっさんの 視神経がその文字の列を追うことを放棄していた。 女の子は機転の利く子らしく、そのメニューを裏返した。 「ただいまの時間帯ですと、こちらのモーニングセットがお得になっております」 おっさんはもう茫然。 「こちらのセットは松竹梅の三種類ございます」 松が五千円、竹が三百円、梅が千円と書かれている。高い。 「う、う、う、・・・」 堪えきれなくなったおっさんが、呻いた。 「ああ、梅でございますね」 と機転の利く女の子の声が、カウンターの後ろのトレーラーの中に飛ぶ。 「梅、いっちょう」 「はーい、梅いっちょう」「おーっ、梅いっちょう」「ワン梅、アウトです」 そして、カウンターに運ばれて来たのは、お盆の上に乗ったポリ袋。 「なっ、なっ、なっ、なんだ! これは」 「梅トイレでございます。中には水分を吸収すると固まるジェリー状の薬品が入ってお りまして、我が社の特許となっている完全衛生携帯用簡易トイレでございます。使用後 は梅の薫りがほのかに漂い、爽快感が増すこと請け合いです」 なるほど、ブルー地の袋には、白い梅の花が幾つも付いた枝も華麗に描かれていた。 「こ、こ、こんなもんで、できるか! お、おまわりにまた怒鳴られる」 「あっと、お気に召しませんか?」と女の子。 「梅、ひとつキャンセルでーす」 「梅、キャンセル」「ハーイ、梅、一つ」「オー、ワン梅、イン。出戻りでーす」 「も、もう・、た、た、た」 もう駄目と言いたかったのだが、おっさんの声はもう掠れていた。 「竹いっちょう」と、気の利く可愛い声。 「はい、竹いっちょう」「竹、一つです」「竹、切れてます」 「お客様、竹は只今切らしておりまして、暫くお時間が掛かります」 「と、ど、ど・・・・」 「五分くらい掛かります」 「まっまっまっ」 「はーい、松ひとつでーす」と女の子。その声におっさんの「待つ」という声は掻き消 されてしまった。 「松いっちょう」「松ひとつでーす」「ワン松アウトです。残りツーです」 「お先にお会計の方をお願いしまーす」と女の子。 おっさんは、懐から財布を出したが、カウンターの上に落としてしまった。 両手を股間に挟んで、必死に堪える。 もはや、財布から金を取り出す集中力も無いようだ。 「ありがとうございます」と女の子は財布の中から一万円札を取り出、レジスターを打 ち出した。 「松が一つで五千円。梅がキャンセルでキャンセル料が二千円、サービス料に税金が加 算されまして、締めて九千八百八十円です」 「にゃにぃよぅお〜〜」と、おっさん。 文句を言おうにも、少しでも動けば、決壊寸前の絶対絶命の袋が気になり、とても啖 呵を切るどころではない。 「お待たせしました。松セットです。どうぞ、ごゆっくり御利用ください」 カウンターの上には、紫地に金糸で鶴と亀をあしらった風呂敷に包まれた重箱程度の 包みが置いてあった。 震える手でその包みを解く。両膝を擦り合わせ、足はアルファベットのXの形に開い ている。膝頭はガタガタと震えっぱなしである。 中から出て来たのは、黒光りする箱。黒檀のようにも見える。 蓋を取ると、説明書きが一枚。 その下に、薄茶色の皮製の袋が一つ。 なんの事か分からん、おっさん。女の子の方を見た。 「これは、当社が自信を持ってお送りする松トイレです。これは大変珍しいもので、砂 漠の民、ベトウィン族などでは、水筒として使っています。防水性は抜群で、内部の水 分の蒸発はほとんどありません。口金は十八金製で腐食することはありませんし、中身 が零れることはありません」 おっさんの両の目からはポロポロと涙が零れた。 「こ、こ、こ、これはいったい、なん・・・だ」 「はい、ラクダのボウコウでございます」 口から泡を吹いて路面に延びたおっさんの袋はラクダの袋より丈夫ではなかった。 −−−−−−−−−−−−−−−−−(おわり)−−−−−−−−−−−−−−−−−
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