CFM「空中分解」 #0358の修正
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「すぐに皆を集めてくれ。作戦会議を開く。」 工場襲撃を決意すると長沢の行動は素早かった。全員を奥の広間に集めると端末か らプリントアウトさせた地図を広げて、具体的な指示を与えた。自由超能力集団の総 勢は黒沢や加奈を加えてもわずか13名である。予備の人間を残しておく余裕は無か った。全員が攻撃に参加するのだ。バイカーンもこれに協力することになった。 「襲撃は明後日の深夜2時。豊田市内の集合場所に別々に集まること。くれぐれも ポッパーの奴らに気付かれないように。」 元自衛官らしく長沢は落ち着いて指示を出していたが、他のメンバーにとっては初 めての経験であった。ホッパーに襲われて戦ったことはあっても、自分から仕掛ける ことは無かった。動物的な攻撃本能からくる興奮と緊張に震えながら、ただ黙々と長 沢の声を聞いていた。 「集合後は3隊に分かれて行動する。各自の所属は先に説明した通り。それぞれの 指揮は俺と堤と黒沢が取る。目標は最も奥にある第3倉庫。ここが完成した武器の貯 蔵庫だ。まず、正面ゲートから堤の隊の5人が侵入する。ただし、これは囮だから、 できるだけ敵の目を引き付けてくれ。もちろん、敵の抵抗が少なければ、そのまま主 力部隊として目標へ向かっても構わない。」 「分かった。それで、どのくらい敵を引き付ければいいんだ。」 いつもと変わらぬ渋い表情をしながら、目だけを輝かせて堤が呟いた。 「襲撃開始から撤退までの時間は1時間半。3時半になったら、引き上げて構わな い。だが、少なくとも最初の30分は敵を引き付けてくれ。」 長沢の鋭い視線を受け止めて、堤は黙って肯いた。 「裏門からは俺の隊の5人が侵入する。こちらは堤の隊が侵入を始めてから、10 分後に行動を開始する。ただし、これも囮だ。本隊は、黒沢とナオミ、それにバイカ ーンの3人だ。君達は俺の隊の10分後に西側の用水路から一気に貯蔵庫へ向かって 侵入し、これを占拠してくれ。君達なら必ず成功するよ。」 黒沢にとっては全く思い掛けないことであった。襲撃の成否は彼がサイボークとし ての能力を発揮できるかどうかにかかっているのだ。バイカーンは頼りなるが、ナオ ミの力は未知数だった。加奈がうまく協力してくれるかどうかも分からない。だが、 長沢は黒沢の能力を信じ切っていた。大きく肯くバイカーンと共に、黒沢も唇を噛み 締めながら肯いた。 「分かったわ。」 緊張している黒沢を他所に、ナオミが力強く答えた。彼女はポッパー打倒を強く決 意していた。自分自身のために。 「倉庫の占拠に成功したら、武器を収容して、ここに帰還する。以上、何か質問は ないか。」 「本当に成功するだろか。」 最初にこの工場のことを嗅ぎ付けた男が目を下に向けたまま、静かに呟いた。それ は、長沢とナオミを除いた全員の思いでもあった。 「当然、成功するさ。奴らは俺達の動きにまだ気が付いていない。それに俺達には バイカーンと黒沢が付いている。絶対に成功するさ。」 「そうよ。失敗なんかする筈がないわ。」 長沢とナオミが皆の疑問に答えた。二人の思いはそのまま全員の心に響き、彼らは 成功を確信していった。それが幻影であることに気が付かないままに、自分たちが作 り出した正義という名の麻薬に酔いしれていたのである。 6畳間ほどの狭いオフィスには、実用一点張りのスチール机がただ一つだけ置かれ ていた。壁は一面書棚となっており、法学、医学、電子工学など雑多な専門書が整然 と並べられていた。接客用のソファーも無く、その部屋の唯一の椅子には、紺の背広 に赤いネクタイを締めた男が黙って座っていた。 北野がこの部屋に呼び付けられてから既に30分が過ぎていた。床に敷き詰められ た真紅の絨毯には夏の強い日差しが差し込み、北野の足下を明るく浮き上がらせてい た。男は何も言わず。ただ、探るような目付きで北野を眺めていた。実際、男は北野 の心の中を探っていたのである。そして、今後の使い道を冷静に計算していた。 「北野君、君には失望させられたよ。いつまで私は待てば良いのかね。高倉よりは ましだと思っていたのだが、どうやら私の見込み違いだったらしい。」 拳で机を叩きながら、男はようやく声を出した。北野にとっては、辛い沈黙の時間 が過ぎると共に、より辛い時間が始まった。 「もうしばらくお待ち下さい。近日中に調査部隊から報告が入ります。」 北野はゆっくりと声を絞り出した。彼女が部下を叱責する時の尊大な姿勢は全く無 かった。今は彼女自身が叱責を受ける身だった。 「まぁ、いい。君の調査部隊など当てにはしていない。」 軽く舌打ちをしながら、男は冷たく言い放った。それは北野の死刑宣告にも等しい 響きを持っていた。 「とにかく、彼ら自由超能力集団の行方が分かった。彼らは明後日の深夜、豊田の 工場を襲撃する。君はそれを待ち伏せて、彼らを全滅させろ。」 「はい。直ちに暗殺部隊を差し向けます。」 北野は自分の命が伸びたことを実感していた。 「いや。工場ごと消せ。場所を知られた秘密工場にもう要はない。」 「ですが、それでは事が公になります。」 「構わん。彼らの存在はそれ以上に危険だ。」 「はい。承知致しました。ただちに手配致します。」 「結構。バイカーンも一緒だ。確実に始末するように。君自身のためにもな。」 「はい。必ずご期待にお答え致します。」 「よろしい。もう下がって良い。」 「はい。失礼致します。」 すぐに踵を返すと北野は足早にドアへ向かい、男に一礼して部屋を後にした。この 任務に失敗すれば、北野自身の命もそれまでであることは十分に理解できた。彼女に とっては正念場であった。 すべては一瞬の出来事だった。 長沢やナオミが断言したように、襲撃は大成功だった。ホッパーの一般兵など彼ら の敵ではなかった。3人の軽傷者を出しただけで、倉庫の占拠に成功し、武器を確保 した。用意していたトラックに積み終わり、いよいよ撤退する時にそれは起こった。 目映いばかりの閃光とそれに続く轟音、そして暴風。 何が起こったのか、黒沢にも、長沢にも、そして堤やナオミ、バイカーンらにも分 からなかった。ただ、一瞬の内に、彼らの大部分は息絶えていた。人間の形を留めて いたものはまだ良い方だった。ある者は肉塊と化していた。動ける者はいなかった。 長沢は腰から下が無くなっていた。バイカーンは首だけが転がり、堤は足が残ってい るだけだった。ナオミの身体は四散していた。黒沢だけが比較的原形を留めていた。 しかし、電気系統の破損が著しく次第に意識を失っていた。 自由超能力集団、彼らの呻き声が洩れる中を、ホッパーの特殊部隊が一人ずつ確実 に止めを刺して行った。ただ、一人、黒沢を除いて。 そして、同じ頃、加奈の肉体も焼却されていた。 黒沢が目を覚ました時、彼は自分の身体が無いことにしばらく気が付かなかった。 彼には首から上しかなかった。薄暗い部屋の向うに腕組みをした男が立っていた。そ の男は黒沢を見詰めながら、ゆっくりと口を開いた。 「気分はどうかな。黒沢君。」 「おまえは誰だ。」 黒沢の声は声に成らなかった。だが、男には通じていた。 「私がホッパーの総帥だよ。そして君の命の恩人でもある。」 黒沢は軽い驚きを受けた。どうみても、人品の良い40歳ぐらいの会社員にしか見 えなかった。悪の秘密組織、ホッパーの総帥というイメージは全く無かった。 「他の皆はどうした。」 「死んだよ。バイカーンと加奈を含めて13人全員。君だけが生き残った。」 「つまり、俺だけをわざと助けた、ということか。」 「そうだ。君を殺してしまうのは惜しかった。君には狂心的な自由超能力集団など に拘わって欲しくはなかった。だが、今さら嘆いても仕方が無いことだ。そこで、君 に最後のチャンスを与えたいと思っている。」 「断る。おまえらみたいな悪党に協力するぐらいなら死んだ方がましだ。」 黒沢は強い調子で喋ったつもりになった。しかし、決して声は出ていなかったし、 口さえも開いてはいなかった。黒沢はただ一人生き残っていることに強い罪悪感を感 じていた。それが強い調子の拒絶となった。 「そうかね。それは残念だ。色々と話して聞かせたいこともあったのだが、死に行 く者に聞かせても無駄だ。あの世で、仲間達と再会したまえ。」 男は深く溜息を付くと、目を閉じて、ゆっくりと右手を上げた。黒沢の命を支えて いた装置の電源が音も無く切れ、黒沢は静かに息絶えた。男には、黒沢の脳細胞が急 速に溶けてゆくのがはっきりと分かった。 「愚か者め。」 一言呟くと男は部屋を後にした。 ゆっくりと暗い廊下を歩きながら、男は物思いに耽っていた。 超能力者、それは明らかに奇形であり、一般人からは決して受け入れられない存在 である。人はその能力を羨み、利用する。そして、妬みと恐れから、彼らを抹殺しよ うとする。超能力者の歴史はそうした迫害の歴史である。だが、もうじき、歴史は変 わる。一般人よりも優れた存在として、超能力者が一般人を支配する時代が始まろう としている。 自由超能力集団、彼らがいる限り、一般人は対超能力者用の武器を開発しようとす る。彼らは、自分たちが正義を主張して戦うことによって、結局は、罪もない超能力 者を危険に晒す愚か者である。彼らが全滅した以上、対超能力者戦の研究は推進力を 失う。一般人は、それと気が付かないうちに、超能力者による平和で安定した生活を 保障される。一般人は考えたり、思い悩んだりする必要はない。すべては、超能力者 が下した決定に従順に従っていれば良い。一般人に超能力者の存在を知らせてはなら ない。薬物や電気ショックによって増幅させた超能力など、本物の超能力者から見れ ば、赤子同然である。だが、そのことを一般人が知る必要はない。むしろ、一般人で も超能力者になれると思い込ませた方が都合が良い。 すべては平和で豊かな世界を築くためである。男が全世界を支配した時、地上から すべての紛争も犯罪も貧困も一掃される。そして、真に平和で安定した世界が実現す る。この安寧を一般人が打破することはできない。打破できるのは男と同様の奇形、 自由超能力集団のような者達だけである。 男はゆっくりと自分の考えが正しいことを確かめながら、廊下を歩き続けていた。 <<つづく>>? 風
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