●連載 #0760の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
次の日もユーコと表参道へ行った。天気もよかったしクリスマスも近いのでは なやいだ感じがしたのだけれども、ユーコが「街ってぎらつかない?」と言っ た。 「ぎらつく、ぎらつく」と私は言った。「私はもうその事に関しては30分ぐ らい喋っていられるよ」 「語って、語って」とユーコ。 「例えばこういう事。例えば瓶に入った塩なんてその気になれば自分でも作れ そうでしょう。だからどうって事ないけれども、プラのプチプチに入った薬な んて、こんなの自分一人じゃあ出来ないやー、って思うでしょ。そうやって手 も足も出ないなあと思った瞬間に主体性を失って、ぎらぎらしだすの。だって それはもう物じゃなくて、優秀な科学者の汗と涙の結晶で、これだけのものが 作れるんだったらその気になれば相当なものが作れるんじゃないか、って思う とぎらぎら乱反射し出すんだよ。そうなるとこっちはもう何をされるか分かっ たものじゃないから清潔であって欲しいって思うんだよ。だからヴィトンのガ ラスはいつでも綺麗だし。みんながブランド品が欲しいって思うのは、自分だっ てその結晶の一員だって思いたいからだよ。街はそうやってぎらぎらしている んだよ」 「街だけじゃなくて人間もぎらつくのよ」 「人間って?」 「サイトウさんが街でまったりできないって話知らない?」 「知らない」 「サイトウさん、表参道とか歩いていて、この通りに一人でも若い医者がいる と思うとまったりできないんだって」 「なんで?」 「ぎらつくから」 「なんで?」 「知らないの? サイトウさんの医者コンプレックス」 「なにそれ、知らない」 「ええ、言っていいのかなあ」 「いいよ、言っていいよ、教えてよ」 「サイトウさんね」とユーコが言った。「病院に勤めていたでしょう。その時 に近所のジムに通っていて、そこの女性インストラクターが可愛いなあとか思っ ていたんだって。そうしたら或る日その人が病院に来て、サイトウさん白衣を 着ているものだから「わー、サイトウさんってお医者さんだったんですか」と か言われて、サイトウさんも速攻で違う私は薬剤師ですって言えばよかったの に、特に否定もせず、いやぁみたいな感じで後頭部なんてかいていて、家に帰っ てからものすごい恥ずかしさと劣等感に襲われて、もちろんジムには二度と行 かないし、病院もそれでやめたんだって。それ以来表参道でも六本木でも、こ の通りに若い医者が一人でもいる、と思うとまったり出来ないんだって」 「へぇー」 「あれー。言ったらまずかったのかなあ」 その晩も大豆のスープとか豆腐ハンバーグとかベーグルとかのベジタリアンの 夕食をとった。皿を洗ってから寝っ転がってスカパーを見た。 「対人関係で主体性を持つのって難しいよね」と私は言った。 「なんで、ユーコとなにかあったの?」とエコテロ。 「ユーコは友達だよ。サイトウさんってマツキヨの先輩とかで嫌な奴とかいな いの」 「いないよ」 「そうだよねえ。マツキヨでもただの店員じゃなくて薬剤師だものね。でも病 院じゃあそうはいかなかったでしょ」 じろっー、と私を睨んだがすぐに笑った。「ユーコがある事ない事言ったんで しょう」 「お医者さんって眩しいの? お百姓が武士の鎧兜にびびる様な感じ?」 「医者が無意味に威張れる制度をでっちあげたんだよ」 「お医者さんは命を預かっているから威張ってんでしょ?」 「そうじゃないよ。遺体になってエレベータで地下駐車場に運ばれても遺族は 医者にぺこぺこしているよ。葬儀屋にはぺこぺこしないけれどもね。医者が威 張れるのは医学的知識があるからとかじゃなくて、医者が主体性をもてるシス テムをでっちあげたんだよ。例えば、診察室では会計をしないとかね。…前に SNSで石狩丼に威張られていたじゃん。あれ、なんで?」 「だってあの人の方が知識があるから。酪農とかの」 「そうじゃないよ。あの人はあのSNSの古株だから主体性を持っているんだ よ。知識の量なんて関係ないよ。そんな事言うんだったらあの教師よりも森永 乳業とか雪印乳業とかの方がはるかに持っているでしょう。酪農家から生乳を 買い上げているんだから。でも電話してみな、森永とか雪印のお客様センター に。丁寧に説明してくれるから、ぺこぺこして。それは客の方に主体性がある からだよ。主体性さえ持っていれば知識なんて関係ないんだよ。主体性を持た れると辛いけれどもね。赤あげて・白あげて・赤さげないで・白さげない、み たいに命令されると辛いけれどもね。でも主体性を取り戻す事は可能なんだよ。 それは、この地球はみんなの共有財産、って事を思い出せばいいんだよ。例え ば楽天の社長が4000億円もっていたって、楽天に注文する光ケーブルは誰 のものなのか、宅急便が使う道路は誰のものなのか、インフラはみんなの共有 財産じゃないか、楽天はただ乗りしているじゃないのかって感じだよ。そうい う発想でいけば、AIDSの薬だって誰のものでもないし、みんなの共通財産 だよ」 「そんな事言って、もしAIDSの薬が恐ろしい副作用をおこしたら誰が責任 を取るの? それに全てのものが共有財産だったら、前に、何とか言っていた でしょ、日本の兵隊が戦地でやった事には個人で責任をもたないといけないと か。なんだったっけ。私は貝柱がどうのこうの」 「私は貝になりたい?」 「そうそう。その、私は貝になりたい、の兵隊にどうして戦争責任があるの? 全てのものが共有財産なら」 「そりゃあ、まぁその都度自分で判断するしかないよ。情報公開してもらって 後は個人責任だよ。リナックスみたいにオープンソースにしてもらって。それ でプログラムが暴走したら個人の責任だよなぁ」と言うと何気に身をすり寄せ てきて私のわき腹あたりをいじくり出した。「しかしまぁ、そんな事言ったら、 どのフリーソフトがいいか判断する能力だって共有財産だし、アキコの肉体の 生成するタンパク質も全て共有財産なんだよなあ」と言って人のわき腹を摘む。 「え、私の体が共有財産?」 「理論的には」 私はエコテロの頬を摘んでやった。「オマエモナーとゆいたいです」
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