●連載 #0741の修正
★タイトルと名前
親文書
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
*****引用開始 解剖日記+α 某月某日 ふと思う。患者は若くて美しい身体を持っている医師を嫌うのではなかろ うか。患者は醜い身体に宿る高潔な精神みたいなものを期待している様に 感じる。しかし医学は科学であり、医師は施術者なのだから、科学を信じ ていれば医者の美醜などどうでもいいのではなかろうか。恐らく患者は若 い医者の肉体が生成するのが嫌なのであろう。生成とはセックスの快楽と かスポーツで汗を流す爽快感などだが。こういう身体性が制度の真面目さ を奪うと思っているのだろう。制度の担い手は宦官の様に去勢されていれ ばいいと思う。 ここで患者が犯している間違いは制度の担い手である医師の肉体に理念を 留めてしまっている事だ。そんな事をしたら医師は人間であり必ず生成、 つまりスポーツやセックスをするのだから、患者は失望するに決まってい る。しかも医師のみならず医療制度全体に失望するのである。 だから、制度の理念は必ず担い手の外に置かなければならない。担い手な ど人間なのだから法律でも医療でも法衣なり白衣を着せて人間を隠してお くしかない。 じゃあ何故身体の外に理念を置く事が出来なかったのかと考えていたのだ が、解剖に絡んでダ・ヴィンチの絵を見ていて思い付いた事がある。「最 後の晩餐」のイエスと十二使徒は身体的に美しい。だから理念を身体の外 に打ち立てられたのではなかろうか。理念があれば十二使徒がアホでもキ リスト教は残るだろう。使徒の中のアホの代表格はユダだが「ユダの接吻」 で俺が連想したのは秀吉と千利休の間接キスだ。茶室で同じ茶碗で回し飲 みするのは唇を重ねるという意味がある。茶の湯なんて身体性を否定しそ うだけれども、実は猛烈に身体を意識しているのだろう。それは身体が醜 いからではないのか。 病気になって初めて健康のありがたみが分かるように醜い身体をもってい る人こそ肉体を意識しているのだ。それ故に身体に理念を留めてしまう。 蛇足。MySpaceで西洋人が書いていた。日本人の体は乾燥したアンチョビの 様だと。コムデギャルソンがダブダブなのも身体を隠しているのだろう。 MySpaceやyoutubeで顔を出さないのは世界中で日本人だけだ、と。 日本人はその醜さ故に身体に理念を押し込めている。これが臓器移植が進 まない一因かも知れない。日本の医療機器メーカーはレントゲン等には強 いが人工臓器には弱い。 某月某日 解剖実習初日、ボーリング場のロッカールームを思わせる更衣室で白衣に 着替える。タバコ、ガム、携帯等もロッカーにしまう。実習室の中は飲食 禁止、禁煙、写真撮影も勿論禁止の為カメラ付携帯は持っていない方がい いと判断したのだ。ホルマリンに弱い人はマスク、ゴーグル着用可。ゴム 手袋も使用可。昔は全員素手だった。完全武装していざ鉄扉の向こうに。 業務用のステンレス流し台という感じの解剖台の上に25体のご遺体がシ ーツに包まれて並んでいる。 キターーーーーーー。 ご遺体を前に黙祷。それから教授のありがたいお話。 「山でも川でも現地に行った事のある人だったら、自分の部屋で地図を広 げても具体的にイメージ出来るでしょう。それと同じで諸君もご遺体をよ く見て、手で触れ、においをかぎ、完全に体で感じて欲しい。そうすれば 触診や聴診器や1枚のレントゲン写真からでも大変多くのイメージを得る 事が出来る。それでは始めて下さい」。 今日は首から下腹部までの皮剥ぎ、及び、脂肪結合細胞を取り除くことに なっている。誰が最初にご遺体にメスを入れるか。我々4人は目を見合わ せた。一人女子が居て、帽子のかわりに花柄の頭巾を被っている。白衣が 何気に割烹着に見える。「私がやる」と彼女が言った。小ぶりの果物ナイ フの様な柄のついたメスで後頭部から尾てい骨までメスを引いて行く。 「じゃあこっちは俺がやるよ」と背骨から脇腹にかけてメスを入れた。あ とは皮膚を剥がしながらひたすらピンセットで脂肪を取り除いて行く、筋 肉の表面を走っている血管や神経を傷つけないように。静脈の中には血液 が残っているので判別しやすい。神経は静脈に沿って走っているのだが素 麺の様に白っぽくて油断するとすぐに切ってしまう。こういう地道な作業 を続けていると緊張や不安が薄らいで行くのが分る。俺はご遺体の顔を見 た。大きなガーゼで覆ってある。それから手を見た。内臓よりも手の皮剥 ぎの方が滅入ると聞いた事がある。ご遺体の茶色い腕に覆いかぶさる様に 花柄頭巾の女子の顔が見える。ひたすらピンセットで脂肪を取り除いてい る。鼻の頭に汗をかいているんじゃないのか。患者が恐れているのはこの 生成ではなかろうか。 ご遺体は既に背中の皮をすっかり剥がれている。元々死んでいるにも関わ らず何か我々は不可逆的な事、取り返しのつかない事をしているのではな いかという気持ちに襲われた。昔、原発の臨界事故でバラバラになった染 色体を見た時にもこんな気持ちになった。ご遺体は土砂崩れで地肌がむき 出しになった山の様である。 *****引用一回終わり。 ここから数ヶ月、延々と解剖の事が書いてあるのでマウスのホイールでス クロールダウン。 *****引用 某月某日。 これから俺が語るのは解剖も中盤を過ぎてご遺体も上肢下肢が切断されて バラバラになった頃の事だ。 或る夜、俺は自分を慰撫するために渋谷道玄坂を歩いていた。すれ違うポ ロのカーディガンにミニスカートの女子高生も、タトゥーにシルバーのマッ チョな兄ちゃんも、まさか俺がご遺体を切り刻んでいるとは思わないだろ う。そう思うと、丸で屋根裏の節穴から覗いているような気分になってく る。 ところが道玄坂小路に入った所で背後から声を掛けられた。「お兄さん、 薬臭いなぁ。臭いを落としていかない?」ドキッとして振り返ると黒服の 客引きだった。俺は手首の臭いを嗅いでみた。ホルマリンの臭いはしない。 「溜まっている顔しているなぁ。どう、みんな十代のいい女なんだよ。 1万円ぽっきり」 入口で1万円払って店内に入るとマジックミラー越し女を選んで個室に通 された。シャワーでペニスと肛門を洗ってもらう。 「本番だったら1万円いただけますかぁ」。胡桃でも握るように睾丸をぐ りぐりマッサージしながら女が言った。 「ああ、いいよ」 バスタオルを敷いたベッドに移動して、正常位コイタスにて射精する。 「まだ20分も時間がある」と女が言った。 「じゃあ、マッサージしてあげるよ」 俺は女の肩から上腕を擦りながら皮膚を摘まんでみた。今扱っているご遺 体よりも脂肪が薄い気がする。勿論生体だから脂肪は軟らかいのだけれど も。俺は鎖骨に沿って指を這わせて、首に手を当てると扁桃腺の下あたり を親指と人差し指で揉んだ。 「何やってんの」 「いーってやってごらん」 「え?」 「奥歯を噛み締めて、いーって」 女が奥歯を噛み締めると首の筋は浮き出たがその下の筋肉は触診出来ない。 諦めて僧帽筋を軽く鷲づかみして揉んでみる。 「ここの下に細い筋肉が走っているんだ。それが肩凝りの原因になる」 「ふーん」 しばらく肩を揉んでから、乳房の下を手の甲で触れるようにして、脇の下 に差し入れた。女はびくっとして身を捩った。 「ここに力を入れてみな」俺は脇腹の筋肉を押した。「もっともっと」。 女が踏ん張るとボクサー筋が触診出来た。皮膚を摘まみながら指で触れる。 「この筋肉がねえ、肋骨から肩甲骨につながっていて、ここを切断すると 肩が外れる」 「何言ってんの」ぎょっとして女は身を離した。「さっきから何言ってん の?」 「あぁ」俺は手を引っ込めながら言った。「俺、解剖やってんだよ」 「解剖?」 「そう」 「じゃあ医学部とかの学生?」 「いや、看護学校に行ってんだ」 「なーんだ。医学生だったらよかったのに。私、医者の友達が結構いるん だよ。色々相談に乗ってくれるんだ。私の親戚が病気でも色々相談に乗っ てくれるの。看護師でしかも男じゃあ使えないよ。下の世話だって男の看 護師じゃあ…」 「ああ、医者じゃなくて悪かったよ」と言いつつ乳房を揉んで覆いかぶさ る。2回目のコイタス。 それからその女と店外デートするようになった。女は会う度に俺の事を看 護師と馬鹿にしていたが、彼女の医者の友達というのは実は彼女の母親の 主治医である事が分った。彼女の母親は終末期の癌だった。 或る晩、店外デートの後六本木で飲んでマクドナルドで酔いを醒ましてい る時に彼女が言った。 「私最近、最後はどうなるんだろうなあーって調べているの。インターネッ トでメルクマニュアルとか読んだり。最後は居ても立ってもいられない全 身の痛みに襲われて、息も…気管支の先っぽから声帯のところまでタンが 染み出してきていて、息も出来ないんだって。だからもうここでモルヒネ を打たないと、何て書いてあったかなあ、発狂と苦しみの内に死んで行く とか。でもモルヒネを打って安楽に死ねる人って数パーセントしかいない んだって。やっぱモルヒネって緩和ケアとか言っても安楽死だものね。あ と10日間苦しみ続けてから死ぬんだったら、9日間の安楽な最期をと思 うけれども。でも1日分殺した事になるからやりたくないんでしょ、お医 者さんは。だったら私がやるから薬をくれればいいのに。マツキヨで売っ ていればいいのに。でもそれはやってくれないんだよね。制度が通せんぼ しているんだよね。その制度のお陰で当たり前のようにいい暮らしをして いるんだよ。お医者って。でも制度を信頼したいから、ちゃんとしている と思いたいから、苦しみながら死ぬしかない」 その時、芋洗坂の下の方から、ベンツBMベンツBMと5台ぐらいのドイ ツ車が上ってきた。クラクションを鳴らしながら、若い奴が窓から身を乗 り出し、黄色と黒の縞模様の旗を振っていた。 「阪神タイガースが勝ったのかなあ」と女が言った。 「陸の王者だよ」と俺が言った。 「陸の王者?」 「慶応の学生だろう。早慶戦でもあったんじゃないの。ありゃあ医学部か も知れないな」 女はガラスにへばりつくと眼球を突出させて睨んだ。「あいつらは堕落し ている。医学生はもっとちゃんとしているべきなんだ。医学生なんて宦官 のように去勢されるべきなんだよぉーーー」 その晩を限りに彼女とは会わなくなった。俺としては、生でやって腹に出 す代わりに顔射してやって「俺は看護師なんかじゃねえ、俺は正真正銘の 医学生なんだよ」とでも言ってやろうかと思ったが、それは思っただけの 事だ。 *****引用終わり さらに1年後。 *****引用開始。 某月某日。 日曜日。時刻は午前11時。 渋谷区K町のマンションにて。今、絨毯に寝そべりながらカシュー・ナッ ツにラムレーズンのアイスを食べつつこれを書いている。部屋の中は消灯 してあって薄暗い。60インチのプラズマディスプレイには古今亭志ん生 のモノクロ映像が流れている。その明かりがぼんやりと俺の足元を照らし ている。窓からは薄曇りの日の光が射してきていて、風が吹くとレースの カーテンを膨らませる。風向きが変わると代々木公園の方からロックが流 れてくる。などと書いても全くまったりとした気分にはならない。何故な ら今、俺は生成しているから。 生成は美しい。DNAよりも16歳の女の肉体の方が美しい。激しく生成 しているから。だけれどもひょっとしたらがん細胞に突然変異するかも知 れないという不安は拭えないのでまったり出来ないのである。 昨日の事を思い出せばまったりするのだが。昨日の夕方病院の屋上に行っ たら夕焼けで東京タワー方面が綺麗なオレンジ色に染まっていたが、秋葉 原方面はすっかり夜空で、青っぽいネオンが輝いていた。そんなどうでも いい風景だって今思い出すとまったりする。何故なら既に生成が終わって いるから。じゃぁあの屋上に例えば患者がいたならばどうだったろうか。 多分患者よりは俺の方が良い生成をしているだろうからあの風景は俺のも のだろう。その患者がいることで俺はライブでまったりできるかも知れな い。 従って制度や風景の中でまったりしたかったらやはり相対的に強者になっ た方がいいだろう。 *****引用終わり。 この人の言う通りだなーと思った。この生成というのがカイワレ大根やヒ ヤシンスのもじゃもじゃであり、南仏のクルーザーに乗っているエリーロー ズ、というよりもむしろ長谷川潤みたいな大人っぽい雰囲気だな。それで 神宮外苑の銀杏並木をキャメルのダッフルコートかなんか着ちゃって、分 厚い医学書を抱えて例えば坂口憲二みたいな男と一緒に歩いている。勿論 行き先は信濃町方向、つまり慶応大学方向で。それはもう渋谷公園通りを 歩いているdqnな女子大生みたいな甘ちゃんではなくて人生のシリアス な部分も知っていてなおかつお洒落な感じ。そんな私を妄想する。 夕食はカツカレーとポテトサラダとグリーンアスパラの上にカリカリベー コンをかけたもの。ポテトサラダに入っているリンゴとバナナは美味しく ないね。 お父さんはまだ帰って来ないのでお母さんとおじいちゃんと食べる。おじ いちゃんは奥歯でアスパラをがりがり噛んでいる。こめかみの所の骨が浮 き出ていてがくがくしていて、口の端からマヨネーズがもれてきている。 そこだけ老人ホームの様である。私がじーっと見ても気が付かないで衛星 放送の黒人のボクシングを見ている。おじいちゃんは昔「太陽の季節」に 憧れてボクシングを始めたと言っていた。インカレだかでチャンピオンに なるまでは絶対に湘南には行けないと思ったんだって。それって医学生に なるまでは、って感じかな。別に本気で思っているわけじゃないけれども。 ブラウン管では黒人が身をくねらせてパンチを打っていた。 「おっと。トリッキーな体勢からストレート」と実況のアナウンサー。 バカじゃないの、男って。どうしてああいう下らないスポーツをやるんだ ろう。突いて突いて突きまくる。あの医学生の顔射もトリッキーなストレー トパンチなのか。 「おっと相手見えてませんよ、これ、相手見えてませんよ。もっとよく見 ないと」 ああやって何時でも殴られるんじゃないかとびくびくしているから目をぱ ちくりさせんじゃないの。都知事は。 「お母さん」と私は言った。「私、矯正したいんだけど」 「矯正?」 「ここのところね」私は上唇をめくって前歯と犬歯の間を見せた。「へこ んでいるでしょ。ここなおしたいの」 「なんで又急に」 「急にじゃないよ」 「だって、そんな事言った事なかったじゃない」 「言った事はなかったけど前から考えていたの」 「お父さんに聞いてみないとね」 「それから」と私は言った。「私、理系に行こうかなあ」 「だってもう半年しかないじゃない」 「いいよ浪人したって。どうせ今の偏差値で入れる私立なんて行ったって 意味ないし」 「なんで又急にやる気になって」 「急にじゃないよ。前から考えていたんだから。おじいちゃん。ご飯の時 にボクシングとか止めてくんない?」 ブラウン管では黒人が激しく突き合っている。 ベッドに入ってからも携帯で国公立医学部偏差値一覧を見ていた。 70 東京大学 京都大学 大阪大学 69 千葉大学 名古屋大学 68 北海道大学 東北大学 67 筑波大学 横浜市立大学 京都府立医科大学 66 東京医科歯科大学 長崎大学 65 旭川医科大学 64 琉球大学 ViViの買い物リストを見ているよりは遥かに興奮する。でも無理だろ う。うちの学校じゃあ。現役で駒沢大学に受かると校長先生から銀時計が 授与される。でも一人秀才がいて医学部目指していると言っていた。二次 募集で来たんだよな、日比谷高校だかを落っこちて。彼に聞いてみるかな。 明日。
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