●連載 #0589の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
■覚悟■ その日、黎の睡眠時間の終了を知らせたのは、いつも通りの目覚まし時計で はなかった。午前五時を三十分ほど過ぎた辺り。時計が鳴るまでには、まだ十 五分近くの余裕があった。 「ああ、分かった、分かった。いま出るから」 相手に聞こえるはずのない声を掛け、黎は鳴り続ける電話へと向かう。 「はい、もしもし」 (あっ、黎。見た?) 「はあ? えっと、あの、どちらさま?」 電話を取ると同時に、相手はいきなり本題に入っていた。女ではあるようだ が、当然黎には相手が誰であるか分からない。何を話しているのか理解出来な い。 (あーっ、もう。久遠よ! テレビを点けなさい) 果たして黎に非があるとは思えなかったが、電話越しの紫音は苛立ちを顕に 叫んだ。突然の大声は鼓膜を刺激し、黎は顔を歪める。 「テレビ?」 (早くなさい!) 「なんだって言うんだよ………」 早朝、人の家に電話を掛けて来た者の執る態度でないとは思いながらも、特 に抗議はしない。まだ知り合ってからの日は浅いが、久遠紫音と言う少女の性 格はおおよそ分かりつつある。ここで下手に抗議をすれば、不要な議論となっ てしまうだろう。黎としては無駄なトラブルは避けたかった。 受話器を握ったまま居間へ向かい、テレビのリモコンを押す。 「テレビ、点けたけど?」 (ニュースは、やってる?) 「ああ、いや、星占いかな」 (もう、何してるのよ! ニュースを見なさい、ニュースを………あっ、7チ ャンネルがいいわ) 俺が悪いわけじゃないだろう、と思いながらも言葉にはしない。紫音に従い、 黎はテレビのチャンネルを7に合わせた。 映し出されたものは、どこかの公園のような風景。画面右端、下のほうには 男女の顔写真が挿入されている。 「あれ? これ、どこかで………?」 見覚えのある風景だった。思い出すのに、さほどの時間は要さない。それは 黎の家から遠くない公園、以前紫音からの襲撃を受けた場所であった。 ――死亡していたのは篠田篤さん、氏谷由香里さん。二人は婚約者同士で…… …―― 淡々とアナウンサーは事実だけを述べている。 事件か事故か、どうやらあの公園で死者が出たらしい。自分の生活圏内、見 知った場所での出来事に、黎は少なからず衝撃を覚えた。とは言え、それを自 分と関係あるものとして結び付けることは出来なかった。 テレビ画面は、次の報道に切り替わっている。結局あの公園で二名の死者が 出たこと以外分からない。 「それでこれが何か? わざわざ人を朝っぱらから、叩き起こすような事件だ ったのか?」 (殺されかたよ) 「殺されかた?」 早朝から若い男女が交わすような内容の話ではない。紫音の物騒な台詞に、 黎の眉宇には皺が寄せられた。 (殺された二人は、腕や肩、お腹とか足とか、五体がばらばらにされていたそ うよ) いよいよ以って、身近な場所で物騒な事件が起きたらしい。事件か事故か、 報道の冒頭を見逃した黎には分かっていなかったが、紫音は「殺された」と言 い切っていた。どうやら事件と断定してよさそうである。 (それだけで充分、猟奇的な事件と言っていいわね。だけど注目点は、それが 刃物で行われたんじゃないらしいってことよ) 「どう言うことだ?」 元より被害者が見知らぬ他人とは言え、笑いながら出来る話でもない。しか しここに来て、何やら不穏なものを感じた黎の言には、俄かに緊張が現れてい た。 (何かで叩き砕かれ、引きちぎれたような傷だったそうよ。何か思い付かない ?) 「何かって、何を………あっ!」 このように猟奇的な殺害、結果として猟奇的に見える死をもたらす武器を使 用するものに、一つ心当たりがあった。他の誰でもない、黎自身がその対象と して狙われた経験を持つ。 粉砕者グラウド。 彼の武器が生きた人間の身体を捉えたとしたなら、いまの報道にあった、正 しくは紫音から聞き及んだ死に様を与えるであろう。 「だけど、あいつだって証拠はないだろう」 (そりゃあそうだけど、他に考えられて?) 「いや、しかし………」 不思議な本と縁を持ったとは言え、黎は一般の高校生に過ぎない。殺人者の 得意とする手法など、他に知っていようはずもない。紫音にも同じことが言え るであろう。それがたまたま知り得た方法と一致したからと言って、彼の所業 だと断定するのは早計かとも思えた。 しかしたった一つ知り得た、おそらくは他に類を見ない手段。それが一致し たことを、偶然とするのにも無理があり過ぎるように思える。 「本当にヤツが………?」 (調べて見ましょう。黎、付き合って貰うわよ) 「あ、ああ………けどどうやって?」 (いますぐ、公園の………そうね、南側の入り口に来て) 黎の疑問へ、返事はなかった。命令口調のあと、電話は紫音の手によって一 方的に切られたのだった。 指定の場所に、先に着いたのは黎であった。 遅れてその場に現れた紫音へ、黎は軽く右手を挙げて合図する。早い時間で あるにも関わらず、公園の入り口に詰め掛けた野次馬たちの目を憚ってのこと である。 小さく頷いて応える紫音へ、黎のほうから近寄って行く。見れば紫音はリア ードを同行させていた。目立つことを避けてであろうか、リアードはいつもの 着物姿ではなかった。 「中に入れそうにないわね」 紫音は人だかりの出来た入り口を顎で指し、言う。 公園の入り口には、警察の手による規制線が張られており、出入りが禁じら れていたのだ。 「ああ。だがどうする? お前、そいつを使えば、無理にでも入れるんだろう ?」 と、黎はリアードを見遣った。 「ええ、でもそこまですることもないでしょう。ね? リアード」 「ああ」 軽く頷いたリアードは、その視線を公園に遣る。 「確かに私の後に、もう一度何者かが、空間と時間を動かした形跡が感じられ る」 「それって、結界が張られていた、ってことか?」 「そう言うことだ」 リアードの答えに黎と紫音は互いを見つめ、どちらからともなく頷き合う。 「襲われた二人はリーダー………それともどちらかがリーダーで、どちらかが ブックスだったのかな」 「いや、違うな。仮に死したとしても、我等が人と同じく屍を曝すことはない。 それにその気配もない。ブックスが一方的に人を嬲り殺しのだろう。本が関わ った形跡は一切ない」 「………サイアクね」 苦虫を噛み潰したような表情で、紫音は舌打ちをする。 「リアードから話を聞かされ、戦いに巻き込まれることは覚悟していた。だけ ど………」 それから沈黙が続く。紫音が、その言葉の先を続けることはなかった。 黎にしても、気分は重い。 確かに黎自身、ブックスに命を狙われた経験を持つ。こうしていま生きてい ることで、すっかり失念してしまっていたが、自分は運が良かった。たまたま 持っていた本を読むことが出来、リルルカとミルルカに救われた。しかしもし、 あのとき本を読めずに居たら、黎もまた公園内の犠牲者と同じ運命を辿ってい たはずだ。 いや、リアードの言う通りであるのなら、公園での犠牲者は本とは全く無関 係の人々であったことになる。詳細は不明であるが、ブックスが一般人を襲っ たのだとすれば、それはただの虐殺である。 「やっぱりアイツ………グラウドの仕業なのかな?」 「間違いないと思うわ。私たちは他にブックスを知らないけど………あんな殺 し方の出来る武器なんて、そうざらにはないでしょう」 「………」 昨日昼間、街で出会ったグラウドは気さくな、以前命を狙われた記憶さえな ければ、好感の持てる男であった。いや、命を狙われた事実さえ、何かの間違 いではなかったのかとも思えたものだった。それがその後、黎と別れて幾らも 時間を置かず、残虐な殺人を行ったのだ。 「雛子………ヤツのリーダーか」 「ええ、多分」 黎が実際に会って感じた印象、リアードから聞かされた話からして、グラウ ドと言うブックスは決して残忍な性質を持つ者ではない。報道によって得られ た情報からすると、ブックスに対して何の対抗手段も持たない一般人を嬲り殺 したものと推測出来た。それが彼の意思だったとは考え難い。 「我等は、リーダー次第と言う訳だ」 吐き捨てるかのような、リアードの言葉。ブックスが、己の意思だけでは動 けないことを改めて思い知ったのか、酷く悔しそうであった。 「大丈夫………私はリアードに、絶対そんなことはさせないんだから」 リアードに向けて、と言うよりまるで自分に誓うかのよう、紫音は言った。 三回目を数えることになる、紫音の部屋への訪問。宗一郎のような男友だち ならばいざ知らず、若い女性の部屋を頻繁に訪れるのは、あまりいいこととは 思えなかった。しかしながら、今回に限っては致し方ないと黎は己の心に言い 訳をする。 事件によって、公園周囲には人目があり過ぎた。二人、いやリアードを含め た三人の話は、他人に聞かれて都合いいものではない。公園内には多くの警察 官が入っており、黎たちが事件について調べられる状況ではなかった。 「覚悟はしていたの………何となくだけど、命を落とすことだってあり得るん だろうなあ、って」 力なく紫音が語り出したのは、公園での話の続きらしい。 「でも、違ったみたいね」 そう言って、紫音は微かな笑みを浮かべる。しかしそれは笑う以外、他の表 情を作れなかったから、そんな印象を黎に与えるものであった。 「違った?」 「ええ………確かに、私自身の覚悟は出来ていたと思う。思い上がりだったの かも知れないけど」 紫音はやはり微笑を湛えていた。だが、それは悲痛でもあった。 「ほら、初めて会ったあと、私、公園で黎に仕掛けたじゃない?」 「ああ、正直、あのときは肝を潰したよ」 「あれもね、覚悟の上のつもりだった。もし黎が、本当に私の敵となる相手だ ったら………」 「……………」 「でもね、それはきっと、本当の覚悟じゃなかったと思うの。だって黎は、リ ーダーとしてはまだ全然未熟で、ブックス同士の戦いなら、こちらが絶対有利 だったんですもの」 「いや、少年………レイが未熟と知ったのは、戦いを始めてからであろう。戦 う前の紫音には、確かな覚悟があった」 その発言は、リアードのものである。 「ありがと。でもね、やっぱり違う。ほら、黎には話したでしょう? 本の最 初のページに書かれていること」 「望むものを、何でも手に入れられるって、アレか」 「うん。考えてみて、それを本気にして、どんなことをしても、望みを叶えよ うと考えた人間がいたら………他のリーダーはもちろん、場合によっては無関 係な人を犠牲にしても構わない、そう思うんじゃないかしら?」 「それが雛子か」 厳密にはそれが雛子の意思による命令なのかは分からない。グラウドから聞 いた話を信じるのであれば、「あいつ」なる人物が存在している。あるいは本 の最初のページに書かれている事柄に執着しているは、雛子ではなく「あいつ」 なのかも知れない。 「私ね、こうして本とは無関係な人、全然知らない人なんだけど、それが私た ちの戦いに巻き込まれて殺されてしまったのかと思うと、ナンか、その覚悟っ てやつが、ぐらついちゃうのよね」 いつもは過ぎるくらいに強気な少女だったが、それだけに今度のことでの落 ち込み方は激しいようだ。 黎とて、今度のことについては驚いてもいたし、ショックもある。ただある いは、一旦は死を覚悟した鳴瀬での件を経験したためか、紫音ほど落ち込むこ とはなかった。 このままでは紫音は全ての戦いから降り兼ねないよう、思えた。黎にして見 れば、リーダーとしての経験が自分より深いパートナーが居なくなるのは、正 直痛手である。しかしどれほど強気であっても、紫音はまだ高校一年生の少女。 本来、命を賭した戦いに身を投じることのほうが不自然なのである。 リアードもまた、黎と同じことを考えているのだろうか。黎より遥かに紫音 のパートナーとしての経歴を持つブックスは、静かに主を見守っていた。 「久遠………辛いのなら、降りてもいいぞ」 黎は思いを言葉にする。自分に対する気遣いは無用と知らせることで、紫音 の心を楽にしてやりたかった。 しかし――― 「はあ? アナタ、ばっかじゃない」 思わぬ反応であった。 「やめた、でやめられるモンなら、初めからそうしてるって」 両手を広げ、呆れ顔で言ったのだった。 だがそれは、尤もな話でもある。自由参加の戦いではないからこそ、黎自身 もそこに身を置くことになったのではないか。確かに黎の発言は、迂闊なもの であっただろう。しかしそれにしても、紫音の反応は露骨であった。 「あーあ、やれやれだわ。相棒がこんな調子じゃあ、私もうかうか落ち込んで られないわね」 と、深いため息を吐く。 数分前の落ち込みが、まるで嘘であったかの如く、いつもの紫音に戻ってい た。 「ねえ、リアード。雛子って女について、調べられるかしら?」 「名前だけではなんともな………それに言っておくが、私は騎士であって、間 者や乱波の類ではないのだが」 「知ってるわよ。でもお願い、調べてみて」 「………承知」 不満顔を見せながらも、その命令に従うべく、リアードはバルコニーから外 へと跳ぶ。 「で、一つ訊いていいかな?」 リアードを見送った目が、黎へと向き直る。 「何だよ?」 「アナタはどうして、制服を着ているのかしら」 そう言って、黎の服を指さして来た。 「どうしてって、この後部活に出るつもりだったからさ。あれ、久遠は俺が剣 道部だって、知らなかったけか?」 もちろんこれは、冗談のつもりで言った黎である。しかしそれは、勝気な少 女を笑わすには至らない。 「ふーん、剣道部ねぇ………」 顎に手を充てて、紫音は暫く何かを考え込むようであった。 【To be continues.】 ───Next story ■新入部員■───
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