●連載 #0564の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
■緑風高校剣道部2■ 竹刀を打ち合う音が、軽快に響き渡る。 相手に負けまいとして、各々が発す気合が通り渡る。 この日、緑風高校剣道部は夏休みに入って初めて、全部員が勢ぞろいしてい た。 「迫水先輩」 鍔迫り合いになると同時に、黎と打ち合いをしていた本間が小さな声で話し 掛けて来た。 「練習中の私語は慎めよ」 力に劣る本間の身体を、黎はいとも簡単に跳ね除ける。しかし本間は再び鍔 迫り合いの形に入った。 「あの子、誰なんですか?」 面の奥の目が、道場の隅を指していた。 「知らんよ、俺じゃなくて明日香に聞け」 「けど迫水先輩は、神蔵さんの幼馴染みでしょう?」 「あのなあ………幼馴染みだからって、あいつことを何から何まで、知ってい る訳じゃねぇつーの」 離れ際、黎は面を狙って竹刀を放つ。これを本間は寸前でかわした。 (へえ) いまの面は、絶妙のタイミングであったはず。それを避けた本間へと、黎は 感心していた。宗一郎が期待するのも頷ける。 「かなり、可愛い子っすね」 と、三度の鍔迫り合い。本間の女性への関心は、その剣道センスを大きく上 回るようであった。 しかし本間でなくても、その少女へ興味を惹かれるのは男子として致し方な いと言えるかも知れない。珍しい剣道部への見学者。明日香が連れて来た少女 は、かなりの美形であった。 大きな瞳は明日香と共通であったが、鋭さが違う。いや、鋭いのではなく、 凛々しいと表現したほうが正しいであろうか。通った鼻筋に、きりりと結ばれ た薄い唇。長い髪は、仔馬の尾の形に纏められている。萌黄色のシャツに濃紺 のチョッキ、同色のスカートと黒いスラックス。正座する姿は、中々様になっ ていた。 「ひゃーあっ」 引き締まった中に混じる、どこか調子の外れた気合は、明日香の発したもの であった。見れば有段者の諸角を相手に、立てられた竹刀を左右から打ち込む、 切り返しの練習をしている。 「神蔵さん、竹刀の握り、おかしいよ。そうじゃなくて、こう」 坊主頭に丸眼鏡、絵に描いたような剣道少年の諸角も、明日香の相手には少 々手を焼いていた。彼女の運動センスのなさは、常識の範囲を大きく逸脱して いる。 「あの、ちょっといいですか?」 それまで正座していた少女が、右手を挙げ、静かに立ち上がった。そして明 日香の元へと歩み寄り、何かを話す。剣道の心得があるのだろうか。仕草から 察するに、竹刀の握り方を教えているようあった。 「ねっ? それでやってみて」 説明を終えて、ポニーテールの彼女が送り出すかの如く、明日香の肩をぽん と叩く。 「うん………ひゃーあっ」 諸角を相手に、明日香は再び竹刀を振り始めた。 才覚のある者は、わずかなヒントから大きなものを得ることがあると聞く。 しかしそれは教える者、教わる者共に高いレベルに在る場合の話と思われる。 天は二物を与えずの言葉通り、学力には優れた明日香だったが、運動能力は 皆無にも等しい。例えどれほどの教え上手であったにせよ、入部から今日まで の間、ほとんど変化のなかった明日香を上達させるアドバイスを与えるのは神 業と言えよう。 だが少女はその神業をやってのけた。 「ほう」 感嘆の声を漏らしたのは宗一郎である。篠原を相手に、交えていた竹刀が止 まっていた。黎もまた、驚きの目を持って明日香を見ていた。 多少、言葉を訂正する必要はある。 元が最低レベルの明日香であった。何もそれが一気に達人級の領域に至った 訳ではない。黎や宗一郎から比べれば、まだまだ幼児レベルと言った程度に過 ぎない。それでも竹刀を振る姿はどうにか形になっていた。子どものチャンバ ラごっこが、ようやく剣道になったと言うところである。 「驚いたな、君。美しい正座をするので、何か心得があるのだろうと思ってい たが、こちらのほう、かなりの腕前のようだ」 少女へと歩み寄り、宗一郎は軽く一回、竹刀を振って見せた。黎は本間が何 やら悔しそうな顔をするのを、横目で確認する。察するに、本間も少女に話し 掛ける機会を窺っていたのだろう。 (安心しろ、本間。宗一郎に、お前みたいな邪念はないから) 秘かに苦笑する黎であった。 「いえ、ちょっと経験がある程度です」 「いや、それにしたってあの神蔵くんをたった一言で」 「あら、主将さんは、あの子、料理が得意なの、ご存知ありませんか?」 「ん、それはよく承知しているが………」 「あの子の包丁さばきは、それはもう見事ですよ。それが出来るんだもの、竹 刀だってリズムよく振れて、不思議じゃないわ」 「なるほど」 宗一郎は掌を拳で叩いた。芝居がかった仕草ではあるが、宗一郎にとっては それが自然な行動なのである。 「いやいや、お見それした。やはり君、剣道の経験は相当あるのだろう?」 「久遠っていいます。古い家に育ったものですから、何でも先祖が戦国武将だ ったとかで、否応なしに、剣道も習わせられました」 経験が深い、技量が高い者が必ずしもよい指導者とはならない。だが経験が 浅く、技量の低い者がこれほどまで、明日香を飛躍的に変えられるものでもな いだろう。久遠と名乗った少女も、相当に修行を積んだものと推測出来る。 「ところでどうだろう。ただ見学していても、つまらないだろう。別に部員に なれとは言わない。経験があるのなら、一汗掻いて行かないか?」 「うーん、そうですね」 宗一郎の申し出を、少女はしばらくの間、細く白い指を顎に充てて考え込ん でいた。 そして――― 「剣道着と防具、臭くないの、あります?」 真剣な表情で、そう言ったのだった。 心配は無用であった。 多くの場合、学校又は部活動が所有する道着や防具類は不特定多数の者が使 用するため、据えた汗の臭いが着いているものである。 しかし緑風高校剣道部の所有するそれらのものは、下ろしたてのようと言え ば大袈裟であったが、嫌な臭気は全くなかった。聞けば明日香が手入れをして いるのだと言う。紫音は改めて、新しい友人の性格を知った。 つまらない家の誇り、面目で強制的にやらされた剣道。楽しく感じた記憶は ない。しかし活気ある道場の空気に触れたためだろうか。何故か心躍る自分が いることに気づく。 紺の道着に袖を通すと、自然と気が引き締まる。 「わあっ、やっぱり紫音さん、恰好いいです」 とは、明日香の言葉であった。どこかうっとりとした視線を送っていた。紫 音は、同性からの憧憬の眼差しに、少しばかりむず痒さを感じる。 「けど、剣道って、夏場向きのスポーツじゃないわよね」 手拭いを巻いた頭に面を被りながら、紫音は言う。剣道の防具、特に面は通 気性が悪く、夏場に長時間使用していると蒸し風呂に閉じ込められたような暑 さを感じるのだ。 「さっ、ちゃっちゃと、参りますか」 着替えを終えた紫音は、颯爽と道場へ向かうのだった。 「おおっ!」 声を上げたのは本間である。しかし彼の性格を差し引いても、その感嘆の声 は共感出来るものであった。 美形、いや顔は面で隠れるため関係ないだろうが、バランスの取れたスタイ ルは道着姿に在っても栄える。慣れたその着こなしは、彼女の実力を充分に窺 わせるものであった。 「じゃあ、ぼくが相手をしましょう」 手を挙げて名乗り出たのは本間であった。彼らしい行動であったが、妥当な 相手とも言える。出来ると予測されるが、彼女の実力はまだ未知数である。部 内最強の宗一郎が相手では、荷が重過ぎよう。本間は一年生であるが、実力的 にはそこそこのものがある。所見の紫音の実力を量るのには適当な相手かも知 れない。 「そうだな、じゃあ本間に………」 「あの、そこの人。迫水さん、お相手をお願い出来ますか?」 宗一郎の言葉を遮り、久遠が指名して来た相手は、黎であった。 「ああっ、俺か?」 「えっ」 自らを指さして驚く黎。紫音の後ろに控える明日香も、驚いた様子である。 「だってせっかくですもの。それなりに強い人と、手合わせ願いたいですわ」 着用した面の下からでも、はっきりと分かる笑顔。久遠の笑顔は、とても華 のあるものであった。 「まあ久遠くんが望むのなら、構わんと思うが………どうする、黎?」 宗一郎に問われた黎は、まず本間をちらりと見遣る。露骨に不機嫌な顔が、 そこにあった。 (俺が悪い訳じゃないからな、恨むなよ) 苦笑しつつ、心中で語りかける黎であった。 「まあ、ご指名とあらば。まさか、ケツを捲くって逃げる訳にゃ、行かないだ ろ」 正直に言えば、黎にとり久遠からの指名は光栄である反面、些か不愉快でも あった。 少女は練習を見て、黎の腕前をそれなりに評価したのだろう。それはそれで、 確かに光栄である。 しかしそれだけの判断力があるのならば、剣道部に於いて最強なのは宗一郎 だと知れているはず。敢えてナンバー2の黎を指名して来たのは、宗一郎に比 べれば組みし易しと思われたからに違いない。 互いに礼をした後、中央に進み出て竹刀を構える。蹲踞の姿勢を執り立ち上 がる。 「三本勝負、始め!」 開始の合図は、宗一郎からのもの。彼が主審を務める。副審の位置には本間、 諸角の一年生が着いた。 「やあーっ」 両者、互いに掛け合う気合。久遠の気合は、決して女女したものではなく、 剣士として充分形になったものであった。執る構えは双方共に中段。 あらゆるスポーツに於いて、剣道は男女が対等に近い立場で戦える、数少な いものの一つと言えよう。男女間にある、生まれ付いての筋肉量の違いは決定 的なものである。同じように鍛えても、その差が縮まることはない。 例えばマラソン。男女それぞれの記録の差は、対等な戦いを望める範囲には ない。またゴルフに於ける女子のトッププロが、男子のトーナメントに参加し ても予選通過さえままならない。規約改正後、女性の入団も認められたプロ野 球だが、これまで数人がテストを受けたものの、現在まで合格に至った者はな い。 だが剣道では男女の体力差が大きく出る場面は少ない。鍔迫り合いになれば、 力の差も出よう。長期戦になれば、スタミナの差も出よう。しかし短期戦であ れば、瞬発力、瞬間的判断力で女性にも充分勝機はある。 逆に言えば男である黎は、長期戦、持久戦に持ち込めば、より有利な戦いが 出来る訳であった。 しかし先に仕掛けたのは黎であった。 ぱん、と相手の竹刀を左へ払い、小さなアクションから面を打ち込む。と、 これを久遠は最小限の幅で左へ移動し、かわす。 「へえっ」 公式戦で男女が戦うことはない。練習に於いても、黎は女子との経験は少な い。ただし明日香は例外であったが。先に述べた事柄を加味しても、同じ条件 で戦う場合、男子は女子を格下に見る傾向がある。それは黎の中にも存在して いた。 しかしいまの一打の避け方を見る限り、久遠の実力は決して見下せるもので はないと知れた。本間、諸角とは同等、あるいはそれ以上の力がありそうだ。 再び二人の竹刀が合わされる。右に、左にと動きながら互いの様子を窺う。 「やっ!」 次の仕掛けは、久遠からであった。竹刀を合わせた状態から半歩進みでて、 振り被りを省略した小手打ちに出た。黎は腕を引いて、これを避ける。 結果、前に進み出て来た久遠の身体を受け止める恰好から、鍔迫り合いとな った。流れは、黎に有利である。竹刀を受け止めて、相手の力が女性として決 して強いものでないと分かった。元々、パワーに於いては部内最強の黎である。 鍔迫り合いでのスタミナ消耗戦となれば、久遠に負ける理由はない。 だがこれは、黎にとって本意ではなかった。勝って当然の競り合いで相手を 打ち負かしても、何の自慢にもならない。 「てやっ」 身体を捻り、自ら鍔迫り合いを解く。 それから相手が態勢を立て直すのを待って、大きな振りからの面を打つ。こ れは足捌きで避けられないと判断したらしい久遠は、頭を倒して面への直撃を 逃れる。このままでは、彼女の肩を直撃するところであったが、黎は竹刀を寸 止めした。 しかしその行為が隙となってしまう。久遠の竹刀が黎の竹刀を払う。すると 瞬間、黎の喉下ががら空きとなった。 だが彼女はそこを狙っては来ない。彼女が打ち込んで来たのは面であった。 これは難なく避けられる。 「そうか………」 黎は得心する。彼女が明日香の友人であるなら、年齢も同じであろう。高校 一年生である彼女の、最近の剣道での経験は中学生時に留まるに違いない。そ れならばまだ、突きを身に付けていないのだ。 となれば、黎もまた突きを封印するしかない。あくまでも相手と対等でなけ れば、勝利しても意味はないのだから。 結局勝利を収めたのは、黎であった。但しそれは、辛勝と言えるものであっ た。 まず一本目は、相手が小手を狙って来たところをかわしての小手返し。これ は黎自身満足の行く一本であった。 しかし二本目は逆に久遠にと、取られてしまった。面を打ちに出た黎の竹刀。 それをなんと久遠は、くるりと一回転して避けたのである。実際の試合に於い ても、滅多に見ることのない動きに惑わされてしまった。回転の勢いのまま、 斜めに振り下ろされた竹刀をまともに面で受けてしまう。 多少は出来ると判断した相手ではあるが、それでも女子は女子である。歳下 の女子に一本を取られたことに、焦りを感じたのは否定出来ない。 試合を終えた後、不本意であったと思えるが、その時点では頭に血が上り、 冷静な判断力を欠いてしまった。黎は力に劣る女子を相手に、激しいラッシュ を見せてしまったのだ。 強い面打ちを、久遠は竹刀で受ける。弾き返された形の黎の竹刀は、そのま ま胴を狙う。これを久遠は斜めに落とした竹刀で受け止める。ここから黎は切 り返しの動きで、小手打ちを試みた。竹刀を振り上げて避ける久遠。 これだけの連撃をことごとくかわした久遠も、さすがと言えよう。並みの相 手であれば、とうに一本になっていたはず。しかし久遠の奮闘もここまでであ った。そこから素早い動きで胴打ちに行く黎の竹刀。振り上げられていた久遠 の竹刀は、その対処に間に合わない。 ぱしん、と乾いた音が道場に響くと、宗一郎が一本を宣言するよりも早く 「参りました」と久遠が頭を下げたのであった。 【To be continues.】 ───Next story ■波乱前■───
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「●連載」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE