●連載 #0409の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
それから三十分ばかりが過ぎ去った。遠山が時計から目線を戻し、廊下を左 右を見通した刹那、騒々しい音が背後で起こった。 振り返る。そこにあるのは、言うまでもなく、近野の部屋。 扉越しでも、物をひっくり返すような激しい音が続くのが分かった。バリケ ードを崩しているのか。ガラスを破る音がしなかったため、出遅れてしまった。 「近野!」 叫ぶと同時に、扉を開けようとした。だが、手に抵抗感が伝わってくる。い ざというとき即応するため、近野には中から施錠しないように言っておいたの だが。 「開けろ! くそっ」 舌打ちした遠山は、暫時、迷う。ここを体当たりで打ち破るか、外に回るべ きか。 (外に回って、窓の前に立ちふさがったら、犯人は屋敷内に逃げる。だとした ら、麻宮さん達に危害が及ぶかもしれない) 判断を下すと、思い切りよく、身体ごと扉にぶつかっていった。火事場の何 とやらか、たった一度で扉は歪み、隙間ができた。 鏡台などが倒れているのは分かったが、暗くて判然としない。近野の姿も確 認できなかった。だが、人の気配はする。 「近野! 無事か? 今行く!」 遠山はいるかもしれない敵への警戒もそこそこに、身体を使って隙間を広げ つつ、手で壁を探った。電灯のスイッチに触れるや、即、押す。 一瞬遅れて蛍光灯が煌めき、室内を照らした。浮かび上がったのは。 「貴様っ!? 待て!」 カーテンのはためく音と風の音が入り混じる中、窓際に立つ人影にまず目が 行った。倒れた家具のバリケードを乗り越え、今まさに逃走せんとする。が、 誰何する遠山の一喝に気圧されたのか、怪人物は動きを止めて振り向いた。 長髪が濡れているらしく、顔のほとんどを隠している。その分、尖った顎が 特徴的に映った。やや細身だが、性別を決め付けるには至らない。身に着けた 暗褐色のトレーナーはサイズが大きく、身体のラインがはっきりしないせいも ある。 そして、遠山の目は、怪人物が小脇に抱える物に釘付けになった。 (こ、近野?) 人の頭部に見えた。横顔だったが、近野に似ている。瞼を閉じたその青白い 表情が、遠山の脳裏に焼き付く。はっとして、寝床に視線を振る。人の形の膨 らみを残す掛け布団が、内側から染み出た“何か”で赤くなっていた。 「おおおおーっ!」 言葉にならない唸り声を上げ、突入しようとした遠山。だが、扉の隙間はま だ狭く、身体をねじ込もうにもままならない。それどころか、下手を打つと、 身体を固定されかねなかった。ヂエが銃を入手したのなら、格好の標的になる だけだ。 遠山の悪い想像を察知したかのように、ヂエの右腕がぬっと突き出される。 当然のように銃が握られていた。遠山のと同じ銃が。 それが冷静さを取り戻すきっかけになった。応戦のため、遠山も得物を構え る。だが、体勢があまりにも悪く、形勢の不利は否めない。 (威嚇なんて悠長な手順を踏んでいる暇はない! せめてまともに狙いを定め られる姿勢を) 冷や汗を覚えながらも、遠山は廊下側に全身を戻した。直後に、一発の銃声 が轟く。部屋のどこかに当たったのか、空砲なのか、判別はできない。 連射の気配はない。遠山が隙間に視線を戻すと、くだんの怪人物は最早おら ず、開け放たれた窓の向こう、雨に煙る景色に溶け込むように、後ろ姿が見え た。 「待て! 待たんか!」 怒声とともに、遅蒔きながらの威嚇発砲。効果はない。 こみ上げる怒りとともに、遠山は身を翻し、玄関に向かおうとした。そこへ、 騒ぎを聞きつけたのだろう、この屋敷で就寝していた麻宮らが、緊張の面持ち で現れた。 「と、遠山君。今のは一体……」 「ヂエが現れた! みんな、絶対に外に出るな。嶺澤刑事は館に行き、注意を 喚起すると同時に、見張りを! 私は奴を追う」 それだけの指示を早口でまくし立て、駆け出した。 全身を雨で濡らした遠山の足取りは重かった。歯ぎしりのこぼれる口元。吐 く息は白い。 (ヂエ、どこへ消えた?) 結果的に、麻宮達と交わした僅かな会話が、千載一遇のチャンスを逃す失態 につながったのかもしれない。だが、不安と恐怖におののく麻宮に全く説明せ ずに、外へ飛び出すこともできなかった。 雨が上がっていれば……と、無意味な仮定をしてしまう。降り続ける雨のせ いで、足跡や血痕の類は瞬く間に消されたのだ。 外に飛び出してから初めて寒気を覚え、身体を震わせた遠山。時計を見る。 「七時前? そんなに経ったのか?」 やっと見えた犯人の尻尾を押さえよう、そして近野の敵を討とうという意思 が、時間を忘れさせていた。いつの間にか、手の甲やうなじに細かな切り傷が できていた。 一旦戻って、立て直しだ。遠山は上着の袖を絞って、水を滴らせると、屋敷 に足を向けた。 が、途中で気が変わる。 (最前、ヂエは外から侵入して来た。その直後、屋敷にいた人は全員、姿を見 せた。つまり、ヂエの正体が屋敷にいた者である可能性は低い。いや、ゼロだ。 そして、ヂエが現在行方不明の面城や、完全な第三者ではないとすれば、館に いる誰かがヂエということになる) 館へ。 (今、調べれば、濡れた身体をごまかそうとするはず。少なくとも、髪を乾か す余裕はないんだからな。あるいは、姿を消しているかだ。館の面々にそんな 兆候がなかった場合、面城が犯人と見て間違いない) 明確な方針を打ち立てたことで、地面を踏み締める足に力がこもった。 建物の正面まで来ると、傘を差した何者かが出歩いているのが見えた。足の 運びから、嶺澤だと知る。声を掛ける前に、向こうが気付く。 「警部! 無事でしたか。遅いので、自分も探しに行こうかと」 「私が無事なのを喜んでもしょうがない。犯人を見失った」 部下に余計な負担を掛けぬよう、走って距離を詰めると、皆の様子を聞いた。 嶺澤が返事の前に、傘を差し掛けようとしてきたが、すでに泳いだのと同等 の濡れ方をしている遠山は断った。 「館の方も、全員無事。また、内と外をざっと見回りましたが、異常なし」 「無事とは、つまり、部屋にいたと?」 館へ急ぎつつ、会話を続ける。 「ええ、まあ。布引さんや吉浦さんは、起き出していました。仕事をしようと いつものように起きたが、面城を除いた泊まり客全員が死亡したことを思い出 し、することが少なく、手持ち無沙汰だったとか」 「館に知らせに行ったとき、髪を濡らしている人はいなかったか? 風呂に入 っていたとかどうとか言って、ごまかしたような……」 「いや、いませんでしたが」 もの問いたげな嶺澤の顔つきに、遠山は質問の意図を説明した。 「そういうことでしたか。では、面城薫が犯人……ヂエの一味の一人となりま す。この雅浪島の外での犯行は、面城には不可能だったんですから」 「ああ。そうに違いない……と思うんだが」 館の玄関に入り、大きく息を吐き出すと、首を捻った遠山。高ぶりが収まっ たのか、考え直してみると、おかしな気もしてきた。これまで姿を見せなかっ たヂエが、今回に限って現れたのは何故か。遠山が警護に就き、バリケードの 築かれた状況で、敢えて犯行に踏み切らなくても、機会を待つ選択もできたは ずなのに。明け方までに犯行を終えねばならぬ理由があるとも思えない……。 「警部、とにかく暖まらないと。あなたまで風邪にでもやられては、まともに 動ける刑事がいなくなってしまう」 「うん……嶺澤刑事、君は屋敷に行って、現場の確保を。近野の寝ていた部屋 の布団を、調べておいてほしい。恐らく、首から下の遺体が……」 「もうやっています。遺体は頭部がなく、身元は分かりませんが、身に着けた 寝巻は近野さんの物でした。遠山警部は、近野さんの身体的特徴を何か知って いませんか。手術跡があるとか」 「いや……会ったのは久しぶりだし」 思わず、歯ぎしりをした。 「凶器も布団の下に遺されてました。青竜刀みたいな厚くて重い得物です。血 痕が大量に付着しており、犯人が用いた物と思われます」 「そうか……。とにかく事態を説明せねば。全員を、そうだな、食堂に集めと いてもらいたい。朝食を摂る人は、そこで食べてもらって」 「分かりました」 「私は着替えたあと、現場を見てから、そちらに向かうとしよう」 麻宮にシャワーを浴びるように勧められたが、断った。のんびりしていると きではない。代わりに、熱いお茶を一杯だけ飲んで、職務に取り掛かる。 麻宮と志垣には、説明しなくても新たな被害者が出たことを知られている訳 だが、二人にも食堂へ行くように告げた。 一人になったところで、現場である近野の部屋に向かう。歪んで中途半端に 開いていた扉は、嶺澤がそうしたのだろう、開閉できるようになっていた。立 入禁止を示すテープの代わりに、ガムテープと貼り紙でその旨を表示してある。 手袋をし、カメラを用意した遠山は、ガムテープを外して中へ入った。それ から、全体図や気になった箇所を写真に収めてから、遺体を観察する。 「……」 近野なのか? 分からない。頭部のない人の身体は、ともすれば、単なる物 体に錯覚しそうだ。 間違いであって欲しいという思いが強い。だからといって、遺体が近野であ ることを無理矢理否定するのではない。本当に、判断のしようがなかった。常 識的に考えて遺体は、部屋に一人で就寝していた近野しかあり得ないが……。 凶器の青竜刀も、手つかずで置いてあった。派手な装飾はなく、人殺しのた めだけに作られたような代物だ。 跪いていた遠山は立ち上がり、窓へ向かった。崩されたバリケードを避けな がら、閉められたガラス戸に注目する。犯人がいちいち閉めて行く訳がないの で、吹き込む雨が現場を濡らさぬよう、嶺澤が気を利かせたのだろう。 「特殊なガラス切りを使ったか」 クレッセント錠の位置に合わせ、ガラスが丸く切り取られていた。手が問題 なく通るくらいの直径だ。 切り取った方のガラスがどこにあるのか、探してみる。内部に押し込んだよ うではなかったので、窓を開け、外へ首を突き出そうとした。 一瞬、嫌な感覚があった。窓から首を出した途端、切断されるのでは? まさかと否定しつつも、慎重に上下左右を見、ゆっくりと外の地面を覗き込 む。乾き切っていない髪が、再び濡れる。それにかまわず、目を凝らしている と、透明な円盤が泥をうっすらと被っているところを、発見できた。玄関から 出て、有り様を撮影した後、回収する。 傘を手に、窓の外より室内を見通してみた。ここに立ち、ガラスを切って錠 を下ろし、家具のバリケードを崩して侵入。気付かれることなく枕元に立つと、 青竜刀で近野の首を――。 そこまで想像した遠山の脳裏で、漠然と感じていた疑問がしっかりとした形 を作った。 (バリケードを崩す音に、近野が気付かないなんてことがあるだろうか。それ に、手際がよすぎやしないか? 俺が音を聞いてドアを破り、室内を覗き見る まで、何分あったか知らないが、短時間には違いない。人の首を切り落とすの に、そんな早業が可能か? 介錯なら、まだ分かる。だが、近野は横たわって いた。ヂエが手慣れているのか? 青竜刀の重量があれば容易いのか?) 遠山は現場に急いで引き返し、遺体の切り口を今一度、観察した。そして次 に、息を飲む。 すっぱりと切断されている。皮膚が若干、爆ぜたようになっているが、肉の 切断面はきれいなものである。決して、のこぎりの類で引いた跡ではない。ま た、斧などを何度も叩きつけた風でもない。一撃で成功していた。 敷布団にも注目する。ちょうど首が来るであろう位置に、切れ込み――最早 それは縦長の穴だ――ができていた。その窪みには、赤い液体が溜まり、溢れ ている。深さは、布団を突き抜け、畳まで達しているかもしれない。遠山が確 認を躊躇ったのは、気味悪さからではなく、現場の状況を乱したくなかったこ とと、近野の致命傷に触れる気がしたことが大きな理由だった。何よりも、近 野の血に手を浸すことで、再度、冷静さを失う予感が強くあった。 「ヂエなら短時間でやってのけたかもしれない……としか言えないか」 独りごちて、手を額に当てる。一通りは見た。しかし、皆への説明において、 犯人特定につながることは、何も言えそうになく、むしろ謎が増えてしまった。 歯痒くてならない。 最後に、弾痕を探したが、見つからなかった。時間が短かったせいかもしれ ないが、ヂエが弾の無駄遣いを避けた可能性も大いにある。 適当なところで切り上げ、食堂に向かうために部屋を出た。元のように立入 禁止の貼り紙とガムテープを貼ってから、手袋を脱ぐ。憂鬱さで動作が鈍い。 こんなことではだめだと己に鞭打って、歩を進めようとしたとき。 「刑事さん。まだここにいたんですか」 声のした玄関の方を向くと、ごま塩頭があった。調理師の吉浦だ。 「待たせてすみません。二、三の確認事項がありましたので。一人での行動は 危険だ。一緒に行きましょう」 わざわざ呼びに来たものと思い、そう応じた遠山だったが、次に吉浦が発し た言葉に意表を突かれる。 「大丈夫でしたよ。それよりも、おかしな物がカウンターに置かれていたので、 知らせに来たんです。今、もう一人の刑事さんが調べてる」 「どんな物でした?」 「茶封筒に入った便箋で、遠山刑事さん宛になっていましたよ。誰からかは、 表に書いてなかった」 「あなたが見つけたんですか」 「いや。支配人です。中身を見ていないのに、随分と気味悪がっていたな」 ヂエからのメッセージだ。遠山は確信した。封筒に入っていた点を除けば、 カウンターにあるのを布引が発見した状況は、前回と同じだ。 遠山は吉浦とともに、急ぎ足で館に向かった。 ――続く
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