●連載 #0190の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
吉田がその朝、問題のFAXを手にしたのは、全くの偶然だった。FAX機の脇を通りかか ったとき、一通のFAXが送信されているのに気づいた。それを取り上げて宛名を見ると課 長の井上だった。 吉田は、FAXを渡すために井上のデスクに近づいた。井上は書類を読んでいたが、吉田 が近づくと顔を上げた。 「どこからの電話」 「電話ではなくてFAXです」吉田はFAXを見ながら答えた。「木俣製作所が自社ビルの完 成披露をするという内容ですが」 「しまった」井上はそう言うと心底驚いた表情で、体を反らしてイスの背もたれに体重 をあずけた。「そうか、そうだったか」左手を額に当てて言った。「それ、藤原部長の 机に置いといて。あのおっさん今いないから」 吉田が部長席をみると確かに藤原部長はいなかった。いつものように総務部で総務部 長と世間話でもしているのだろう。「課長宛ですが、いいのですか」 「しっ。声が高い」井上は人差し指を口の前に立てた。「それから、僕は今から出かけ るから。そのFAXのことは知らなかったことにしてくれ。藤原には僕が出かけた後にそれ が届いたと言っといてくれ」井上は立ち上がると、読みかけの書類をカバンに詰めた。 手が小刻みに震えていて、カバンのジッパーを上手く閉めることができない。何かに怯 えているようだった。 井上はロッカーへ行きハンガーから自分の背広を取って着込むと、足早に出入口に向 かって歩き出した。途中で予定表を書き込むホワイトボードの前で立ち止まると数秒間 何やら考え込んでいた。そしてマーカーを手にして自分の予定に「芦原産業」と書く と、部屋を出て行った。 吉田は、井上が出て行くのをあっけにとられながら見ていたが、言われたとおりにFAX を藤原部長のデスクに置くには引っかかるものを感じた。周りを見回すと、ちょうど高 市が電話の受話器を置いたところだった。 「たかいっちゃん、ちょっと教えてくれないか」吉田が高市に近づきながら言った。 「いいよ」 「木俣製作所から自社ビルの完成披露についてFAXが来たんだよ」 「知らない知らない、僕は何も知らない」高市は、弾けるように大きな声で言った。吉 田は周囲の視線が二人に集まるのを感じた。 「井上課長宛てなんだけど」言いかけた吉田を高市がさえぎった。「言うな、何も言う な。聞きたくない」ほとんど叫び声だった。顔が蒼ざめているのがよくわかる。小心者 だというのはわかっていたが、顔面が蒼白になるのは少し変だ。 「教えてくれてもいいだろう」 「教えられないんだ。僕は何も知らない」高市が見えすいたウソをついているのが吉田 には腑に落ちなかった。 高市は、席を立つと先ほど井上がしたようにロッカーへ行きハンガーから背広を取っ た。ただし、井上と違って左腕が上手く袖を通らなかった。何とか腕を通そうとして、 左腕を上げて振っている。「今日は、見積書を持っていかなきゃならないんだった」誰 にいうともなく、大きな声で高市は独り言をいった。 吉田は部屋を見渡した。同僚達のうち半数が高市を見ている。残りは自分を見てい た。そして、吉田と目が合うと例外なく眼を伏せた。 「今日は、見積書を持っていかなきゃならないんだった。今日は戻れないな」高市は、 再び大きな声でそう言うと、左腕を振りながら出入口に向かって歩き出した。左腕が上 手く袖を通っていなかったが、どうやら常識的な着用は諦めて、とりあえずこの場を離 れることを優先したらしい。吉田は、高市がカバンも持たずに手ぶらで出て行こうとし ていることに気づいたがあえて何も言わなかった。見積書云々はどうせウソに決まって る。手ぶらでも支障はなかろう。 「吉田」自分の名を呼ぶ声がした。声のする方に顔を向けると宮地がいた。「コーヒー でも飲まないか」
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