●連載 #0185の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
―――…と、恰好良く独白したまでは、まぁ良しとしようではないか。 実際その話を聞いた時は、うっかり目を潤ませてしまったし――…雨というシチュ エーションの中、道端に猫が捨てられていたとする。あの、濡れそぼった華奢な身体 で、無邪気なようでいて縋るような丸い小さな瞳に見つめられれば、一七〇センチ、中 肉中背、どこからどう見ても普通の少年…青年? である僕だけれど、即、お持ち帰り してしまう自信だってあるのだ――だから、その時は本気で彼に同情し、傷ついている 彼に、僕に出来る事なら何でもしてあげたいとさえ思ったぐらいだった。 ……が、それは「鬼」として理不尽に虐げられてきた彼に対しての感情であって。 差別する訳でもないが――今。たった今もなお。僕の部屋にて、ゴロンと床に寝転が り気持ち良さそうに間抜け面を晒した奴相手では、断じて、ない! しかも、だ。十一月も半ばに入った今、高校に長期の休みがある筈もなく、いつも通 り八時には「いってきます」と言って家を出た時には綺麗に整頓されていた部屋が…僕 の部屋が。 まるで、泥棒が室内を物色したかのように――…いや、泥棒でも今時、ここまで滅茶 苦茶にするには大層手間も苦労も掛かるだろうからやらないだろう――かなり悲惨な状 態となっている。 ベッドと勉強机と本棚とクローゼットがある、ただそれだけの八畳間、なのに。 本棚は倒れ、中から本が大量に出まくっている。棚の上に置いていたものも全て床に 転がり、辛うじて壊れ物を置いていなかったのが幸いだったか……。机に並べておいた 辞書やノート類もその上で雪崩を起こしているし、椅子は倒れているし、きっちり閉め てあった筈のクローゼットの扉は何故か開いていて、中から畳んであった服が大量に外 へ出ていた。 勿論、本当に泥棒が入ったのでは、ない。原因は、しっかり分かっている。 ……人を食らう「鬼」であり、今は僕の家に居候している人間もどき…僕が部屋へ入 ってきてもまだ気付かず「ぐーぐー」言っている、この惨事の元凶―――。 「……………おい、茅埜(チノ)」 扉を開けた所で呆然と立ち尽くすのだって、もう慣れた。が、怒りという感情に慣れ はなく、僕は、目一杯ドスを利かせた声音で、その名を呼んだ。 だが床に転がった身体はピクリとも動かない。……こいつ、本当に「鬼」なのか? 人間を食べる「鬼」とは、すなわち強大な肉食獣という事であり、――黒い短めの髪を 額に落とし、目は今は閉じられているが普通の黒目で、肉体的にも至って普通の男であ る――というように外見は人間そっくりだが、五感は遥かに人間よりも発達しているの ではないのか? …というか、傍でこれだけ殺気と怒気を漲らせている存在に全く気付 かないって……。 本気で蹴り飛ばしてやろうか、と一瞬実行までしかけた思いにかぶりを振り、僕は我 慢強くもう一度、 「……茅埜、起きろ」 今度は、もう少し彼に近付いて、その名を呼んでみる。 南側にベランダがあって、その大きな窓から降り注ぐ西日の下、すやすやと心地良い 寝息さえ、聞こえる。そう言えば今日は天気予報で小春日和だとか何とか言っていたっ け……。 そんなくだらない事を思い出しても仕方がない。 ふっ…と、僕の顔に笑みが浮かぶ。けれど「笑顔」と呼ぶには些か抵抗があるよう な。 持ち上げた唇の両端はひくひくと引きつっているし、ゆっくりと閉じた瞼の横には青 筋が、眉間には深い深い皺が刻まれている。ふ…ふふ……と続けて奇妙な笑みを漏ら し、僕は、 「―――――っ起きろ、っつってんだろぉぉが!!」 ドガっ! ……と、やはり彼の横腹に蹴りをかます事になったのだった……。 しかし、この辺りがさすが「鬼」である。 「……あ、染里(シサト)…? 帰ってたのか………?」 ゴロンゴロンと入口の向かい側の壁まで勢いよく転がっていった彼は、しばらくその ままぐったりしていたように見えたが、やおら上体を起こし、扉付近に仁王立つ僕を見 上げる。 その目は、あれだけ気持ち良さそうに寝ておきながら、とてつもなく眠そうだ。 「『か………?』じゃ、なーい! この有様を見てみろ! 馬鹿!」 「…………………………?」 きょろきょろと言われた通りに部屋を見渡す茅埜。 一周して戻ってきた視線には、「?」が大量に溢れていて、 「お・ま・え・は――! 一体いつになったら部屋を散らかさないで寝れるんだよ!」 ……僕はまた、さっき結び直したばかりの堪忍袋の緒を自分の手でブチっと引き千切 ってしまう。―――…同情は、所詮同情でしかなかった。捨てられた子猫みたいに道端 で蹲っていた彼を、事情も聞かずに家へ招き、その後かれが「鬼」である話を一通り聞 いても彼を追い出したりはせず、寧ろ、彼が遠慮して家を出て行こうとするのを無理矢 理引き止めたのは他の誰でもない…僕だ。僕だ、けれども。彼の凄まじい寝相の所為で 幾度となく部屋を片付けさせられる羽目になって、――一度目はただ驚くばかりで、そ の後も笑って許していたが、それが二度…三度…それ以上続いて、笑みは次第に歪んで いった。今も、そう。 人間なんて、所詮そんなものである。 いや、この場合僕の心が狭いのではないだろう。犬より躾のなっていないこの人間も どき…茅埜の粗相に、毎回怒らないでいられる素晴らしい飼い主がいるなら、是非引き 取ってもらいたい。それ程までに、僕は彼を家へ留めた事を、彼が「鬼」であるという 理由からでなく、後悔していたのだ。 と、毎回学校から疲れて帰ってきてこれを目の当たりにする度、思うのに。 「………………………」 そんな風に寂しく上目遣いで見つめられる度に、悪いのはこっちのようにも思えてく る。 彼に本当に犬耳と尻尾があれば、それはしゅん…と垂れ下がって哀しみを如実に表し たに違いない。くぅん、と鼻を鳴らす犬の如く、茅埜は未だ同じ体勢で、染里を見つめ 続けている。僕が「それ」に弱いと知っているかのように、的確に僕のウィークポイン トを突いてくる。 彼が策士ならば、かなりの腕前だ……。 「………や…、今度から…気をつけてくれれば……良いから……………」 ……結局、今回もお馴染みの科白を言う事になってしまった。 途端、あからさまにパっと表情を和ませた茅埜は、いそいそと体勢を整え、散らかり まくった床に正座する。 「おかえり、染里」 そして、最初から全てをやり直すように、そう言った。 おそらく二十代と思われる相貌で子供のようにニコニコ微笑まれても……(しかも僕 は男だ。男にときめく趣味は生憎ない)。 今までは声を大にして猫派だと言って来た僕も、さすがに今では犬の方が好きカモ… と答えるかも知れない。原因は、言うまでもなく、眼前の彼の犬っぽい言動の所為。 まぁ、そんな事よりも、今はこの散らかった部屋をどうにかしないと。潔癖症の気は ないものの、こんな状態をいつまでも放っておいたら発狂しそうだ。 二年前、事故で両親を亡くし、他に兄弟も近い親戚もいないから、僕が片付けるしか ない。亡き両親はこの広い一戸建てと大学まで余裕で出られる金額を遺産として残して くれたが、そんな貴重なお金でハウスキーパーなどを雇う無駄使いもしたくはない。 「あ、茅埜は僕が良いって言うまで一切動くんじゃないぞ?」 忘れずにビシっと宣言して、僕はまず手始めに扉の傍に落ちていた…というか崩れた 本の山を片付ける事にした。 ……以前、諸悪の根源である彼に掃除を手伝わそうとした所、逆に手間を三倍に増や しただけ――という事態に陥った苦い記憶があるので、同じ轍は二度も踏まない。言わ れた通り、床の上でビシっと固まった茅埜にはもう目もくれずに僕はテキパキと辺りに 散らばった紙やら本やらCDやらノートやら蓋の開いた筆箱やら以下諸々の物体を手に 取って元置いてあった位置に戻してゆく。 確認の為辺りを見回して、漸く一息つけるぐらいになった頃、 「……もう動いて良いか?」 茅埜から、そんな間の抜けた声がかけられた。……おおかた足でも痺れてきたのだろ う。僕の言う事を馬鹿みたいに忠実に守り、ずっと正座のままで固まっていたのだか ら。 こいつ、本当は「鬼」なんかじゃなくて犬なんじゃないか、と思うぐらいの従順さ。 「あぁ、良いよ」 褒美をやろうか? 冗談で言いかけて、――…が、生憎彼の好物と言えば……。 「あ、染里。今日もちゃんと人間は食べなかったぞ。……本当は食べたかったけど、染 里が言うからちゃんと我慢した」 「……………」 まるで、「今日も特別努力したのだから、誉めて誉めて」と言わんばかりのキラキラ と目を輝かせた彼に、尻尾がついていればパタパタと盛大に左右に揺れた事だろう。 「………………じゃあ、何、食べたんだよ?」 「そこら辺にいた、動物。ちゃんと首輪ついてないか確認したから、多分大丈夫」 ニコニコと続ける茅埜に、悪意は微塵もない。 ……そりゃあ、彼は「鬼」で、肉食なのだから……しかも生でないと喉を通らないと いうのだから、食べなければ死んでしまうのだから、人間を食べない代わりに仕方のな い事なのだ。 と思ってみるものの。きっと、実際彼の食事風景を見ていないから、そう思えるのだ ろうという事に、僕は最近漸くうすうすとだけれど感づき始めていた。 彼がもし、僕の部屋で、犬や猫の腹を裂いて、口元を鮮血で真っ赤に染めている場面 を見てしまったら――僕は、彼をここから追い出すのだろうか。 本来ならば、僕は彼に捕食される立場な訳で、 時折「染里って美味しそうだな…」なんていう視線で見つめられている事も知ってい る。が。 「………………よし」 取り敢えず、今は考えを保留にしておこう。うん。 僕は茅埜の頭を、良い子良い子するように撫でた。……こうしていると本当に、人間 を相手にしている気にならない。しかも、彼は彼でこの行為を怒る訳でもなく寧ろ喜ん でいるし。 まさしく、犬。躾のほうは、なっているようでなっていないが。 「でも動物はやっぱりマズいな…人間はこう、血の一滴だって蕩けるみたいな――…」 「あ――! そういえば手紙が来てたんだった! 誰からだっけなぁ〜!!」 茅埜がうっとりとした顔でそんな事を言い始めたので、僕は妙に高い声でそれを遮っ た。 ―――…人間を食べる者がいるという事自体、人間には恐ろしい事だが、彼が異端と して人間から追われる羽目になったのは、何でもかんでも迂闊な事を言ってしまうその 口に原因があるに違いない。人間の美味さがどうのこうの言ってたら、何も知らない人 間だってぎょっとする。 僕は慌てて、部屋へ上がってくる前に郵便受けから取ってきた茶封筒をポケットから 取り出した。茅埜は…会話を中断させられてムっとする訳でもなく、いそいそと僕の背 後から顔を覗かせてくる。 ふと、彼の面持ちが僅かに変わった。 「……染里。それ、何か嫌な匂いがする…………」 ―――気を付けろ、と至極真剣な表情の彼を振り返りながら、……僕はこの時、こい つ鼻も犬並だな…なんて事ぐらいしか思っていなかった。表には普通の八十円切手と僕 の家の住所、丁寧で整った「高額井染里様」の文字。裏には――何も書かれておらず、 確かに奇妙であるが。 ビっ、と封を切って、中に入っている薄っぺらな紙を、広げる。 そこには、赤色のペンで書かれた文字が――封筒の表に書かれていたものと同じ字体 で、数行。 「『前略。鬼としての自覚を失いし哀れな同胞に告げる。これは、警告と受け取っても らっても構わない。今すぐに、傍にいる人間を喰らえ。拒否する場合には、別紙に記載 する場所へ向かうが宜しい。費用はこちらが持つ。ちなみに、鬼にはこの二つの内より 一つしか選択は許されない。それすら拒否した場合には、最悪の結末を覚悟する事。― ―同胞より』」 「―――――っ……!」 僕の家に届いたもので、今まで、僕以外に宛てられたものは、二年前から一つもなか った。それは、この家に僕以外の誰かがいる事を当然知らないからで、…しかし、手紙 の主は茅埜がここにいる事を知っていて。なおかつ、彼が「鬼」である事を知ってい て。更に、更に。 「『同胞』、だって?」 初めて会ってからこれまで、茅埜からそんな話は一切聞いていない。どころか茅埜自 身、自分のような存在はこの世界で一つきりだと言っていた。だが、そうは思っていな い人物がいる。 問うように、僕は茅埜を振り返った。 茅埜もまた僕と同じような――いや、僕よりも驚きが多い眼差しで、手紙を凝視して いる。 「茅埜…………?」 「…………………………」 「おい、茅埜?」 「…………………………っ」 二度目で漸く、茅埜はハっと我に帰った。 「あ…いや………ごめん、聞いてなかった。何て言った? 染里」 「……………、」 あからさまにぎこちない、彼らしくない笑みを浮かべる茅埜に、僕は何も言えないま ま、彼を見つめ返す。……何からまず言って良いのやら……僕だって混乱していた。 しかも、彼は、僕を、手紙に書いてある、どちらの選択をするのだろう――― 図らずも沈黙が漂った空間で、その重さに耐え切れなくなったのは茅埜の方であっ た。 封筒を僕の手からスルリと奪い取り、 「…………。……えっと、…染里さえ…良ければ、その…」 僅かに視線を下に落とし、けれど意識は髪の毛の一本だって窺うように僕へ向け、 続きは、いつまで待っても紡がれない。 何を言いたいのか、だが分かった。 ―――…人を喰らう凶暴な「鬼」。そして、人から拒絶される事をこの上なく怖が る、臆病な「鬼」。彼がこの要求のいずれを選ぶかなんて、彼を見れば一目瞭然だろ う。答えを聞くまでもなく、彼の性格を考えて、僕は、その答えに気づいていなければ ならなかった。一緒にこの家で過ごした月日、短いようで長い、その間ずっと共に暮ら してきた相手なのだから。 と言うより、こんな一方的で意味不明な脅迫で、みすみす殺されてたまるか。 「良いよ。行ってやるよ、僕も」 「!」 「あ、でも。費用は持つって書いてあるけど、僕の分も追加して大丈夫なのかぁ?」 「……染里……………っ」 茅埜は、一瞬目を見開いて、それから切れ長の双眸に、見る見る内に涙を溜めた。 いや、だから、外見はいい年した男なのだから、そんな顔されても、困るだけなのだ が。 ……寧ろ、僕も凄く恥ずかしくなってくるではないか。 「ち、茅埜を拾ったのは僕だしっ動物の面倒は飼い主が最後まで見なくちゃいけない し」 照れ隠しにそんな事を言ってみるが、「動物(ペット)」扱いされても茅埜はまるで気に とめていなかった。ガバっと背中から抱きつかれて、居心地の悪さと心地よさに、むぐ むぐ口を噤む。 彼が顔を埋めた首筋に、「ありがとう」の篭った吐息を、感じた気がした。 続く。
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