●短編 #0566の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
家から出て来たのは髪を引っ詰めにした、多分主婦だ。私は営業スマイルで話し始め る。 「突然お邪魔してすみません。私、“デジタルメモリレコード”の梶原信樹《かじわら のぶき》と言います。今日はご自宅にあるテレビ放送の映像を買い取らせていただけな いかと参った次第です」 「デジタルメモ……?」 会社名を途中まで呟き、きょとんとする主婦。 「デジタルメモリレコード。ありとあらゆる映像をデジタル化して、後世に残すとの目 的で活動する、個人の非営利組織です。テレビ局にも残っていない映像、または残って いても門外不出の映像を発掘すべく、回っています。ご自宅にビデオテープ、ございま すか」 「それなら結構あるわ」 「一九九〇年までのテレビ番組を録画した映像を、一時間百円を基本に買い取ります。 ここで言う一時間とは可能な限り良質な画像で換算した数値、たとえばVHSなら標準 録画での時間になります。三倍録画で三百六十分なら、標準録画に直すと百二十分にな りますので二時間、つまり二百円です」 「中身はチェックするのかしら」 「確認した上で値付けし買い取ることは著作権法に触れる可能性が高いですので、あく まで中古テープを再利用目的という形に」 「そうは言ってもレーベルが貼ってある物は内容がだいたい分かるわ」 「今のは建前でして、ざっとですが中身を確認させていただくこともございます。その 場合、『お客様は内容を消去したつもりだったが実際には消せていなかった』としてお ります。現実問題、すべての映像を買い取るのは無理です。映画やドラマ、アニメなど 物語の番組はNG。ニュースやワイドショー、スポーツ中継などは無条件で買い取りま す。年によっては多少割増できるかと」 「悪くない話だけど、実はうちにはもうビデオデッキがないのよね」 「心配無用、車に積んできています」 私は少し離れた路地に止めた大型バンへ視線を振ってみせた。 「VHS、βは無論、オープンリールや8ミリビデオその他希少な規格の機種をすべて 取り揃えており、確認のための再生も車内で行えます」 「じゃあ、お願いしようかしら」 「ありがとうございます」 私は最上級の笑顔でお辞儀した。 * * 「木村《きむら》さん、ただいま戻りました」 雇い主である木村|浩一《こういち》氏の豪邸に入り、彼の書斎の前に立つとドア越 しに声を掛けた。 「ああ。いつものように関連ありそうな物を選り分けておいてくれるか」 「もちろん。今日のお宅は息子さんが思春期だった頃にため込んだテープがどっさり」 「それは期待できるな。あっ」 不意に声の調子が変わった。しばらく待ったが会話は打ち切られたまま、再開の気配 がない。これはもしや。 「ついに見付かりました?」 「分からん。とにかく入って来たまえ」 ノブをそっと回しドアを押し開けた。中は薄明かりが灯され、窓にはカーテン。この 方が映像がより鮮明に見えるらしい。 木村氏は机に覆い被さらんばかりに前のめりになっていた。真横まで来ると、モニ ターを食い入るように見つめているのが分かる。 「記憶に間違いはなかった」 ぽつりと言った木村氏。満足げな口調だ。画面は、深夜お色気番組の素人参加コー ナー。 最初にこの件を依頼されたとき、ご老人の思い出のアダルトビデオでも探すのかと思 った。関西ローカルの深夜お色気番組映像をかき集めてくれというのだから。 だが、詳しく聞けばまるで違った。木村氏は一人息子を亡くしている。関西弁を使う 水商売風の女と付き合い、大金をだまし取られたのを親にも言えず、気に病んで自殺を 図った。一時は命を取り留めるも回復に至らず、およそ半年後に帰らぬ人となったそう だ。放任主義だった木村氏は息子からその女を正式に紹介されたことはなく、二度ほど 見掛けた程度だったが顔は覚えていた。また、息子が遺書めいた走り書きに、「彼女が あんな深夜のアダルト番組に出るような女と分かっていればもっと警戒したものを」と 遺していた。 息子の死から時が経つに連れてかえって恨み辛みがうずたかく積もっていった木村氏 は、女がどこの誰なのかを突き止めると決意し、深夜お色気番組の映像を徹底的に集め 始めたのだ。 木村氏ぐらいお金と地位があればテレビ局に問い合わせて何らかの有益な返答はもら えそうだが、そうしないのは恐らく私的な復讐を果たすつもりだからだと思う。私は素 知らぬふりで頼まれた仕事をこなすだけだ。 「おお、名前が出たぞ。昭和は個人情報の管理意識が緩かったのは分かっていたが、こ こまでとはな。ありがたいことだ」 一時停止ボタンを押した木村氏は、画面の文字を書き取りながら私に言った。 「梶原さん、ビデオテープ集めの仕事はもうおしまいだ。だが、次の仕事を頼まれても らいたい」 女の現在の居場所を突き止めてくれと言うのだろう。どこまで深入りしていいのや ら、私は判断を迫られていた。 終
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