●短編 #0562の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
※小説投稿サイトでのお題イベントに沿った作品です。時間が経ち、書いた本人もよく 分からなくなっています。(^^; 夜の帳が降りた。 もー。 空はよく晴れており、星がいつもに比べればきれいに見えている気がする。今だけじ ゃなく、ここ数日は晴天続きだ。 もー。 「皆さん、ご静粛に願います」 探偵が声を張った。もー。宿泊客が集まれる広間は、外の様子がすぐに分かるよう、 窓の一つが細く開けられている。なので、音がちらほらと入ってくる。もー。 とにかく、皆、息を飲んで探偵の次なる発言を待った。 「先ほど、改めて説明したように、我々は閉じ込められました。このペンションから出 ることは難しい、少なくとも現状では無理だと言えましょう。しかも、外部との連絡手 段も断たれている。これが何を意味するか」 もー。 探偵は相方の私に視線を当ててきた。私はワトソン役らしく振る舞うことに努めると する。 もー。 「いわるゆクローズドサークルというやつだね? 殺人が起きているのに、警察に通報 できないし、避難もできない」 「その通り」 以心伝心、ツーと言えばカー、打てば響くとはこのこと。 もー。もー。 「何故かは分かりませんが、今夕になって突如、牛、恐らくバファローの大群が東方よ り現れ、何もかもなぎ倒しながら西、言い換えればこのペンションのある方角へと行進 を始めました。行進と形容するのは違うかもしれません。バッファローを猪にたとえる のも変ですが、猪突猛進と呼びたくなるほどの勢いがあったので。彼らの鳴き声及び地 響きに気が付いたときには、もはや手遅れ。ペンションごとバッファローの波に飲み込 まれるかと思われたほどです」 「このペンション、見かけは古い割に、防音と免震は気合いが入っているから」 鳴き声や振動がなかなか伝わってこない、という意味である。今だって窓を開けてい るのは、バッファローの動向をちょっとでも早く知るためだ。 「そうだね。ああ、神戸《かんべ》さん、すみません。決して設備のせいだと言ってい るのではありませんので、あしからず」 探偵はペンションのオーナーたる男性に、ぺこりと頭を下げた。 「気にしちゃいません。バッファローの大群が出現するだなんて、想定外の事態。実際 に被害が出て、私らに責任があると言われても、認めやしませんて」 「でしょうね。それに、現実には被害は出ていない。これまた理由は不明ですが、彼ら はペンションを避けてくれた。おかげで建物の倒壊は免れたものの、辺りはバッファ ローだらけ。牛の泥流に襲われたとでも言いたくなります。そしてその泥流は途切れる ことなく、今も尚続いている。こうしてこのペンションは、はからずもクローズドサー クル物の舞台と化してしまいました」 もー。 「オーナー、ついでに伺います。松坂《まつざか》氏は硬質ガラス製の灰皿で殴打さ れ、亡くなったと見られますが、あの灰皿は? 他の部屋には備わっていないようでし たが」 「ご宿泊の皆さんの中で、松坂さんが唯一の喫煙者だと聞き、用意しておいたんです」 「今日で宿泊三日目になりますが、灰皿の交換は?」 「朝、お訪ねして吸い殻だけ回収してましたよ。洗わなくていいと言われましたし」 オーナーの神戸の解説に探偵はもー、基、にこっと微笑して続ける。 「ありがとうございます。さて、松坂氏は彼にあてがわれた部屋の中で、頭部を硬質ガ ラス製の灰皿で殴打され、窓際に据えられたベッドの上で事切れていた。灰皿はこのペ ンションの物であり、犯人が用意して持ち込んだ物ではない。今のご時世、宿泊先に灰 皿が常備されていることを期待する人は少ないでしょう。このことから、恐らく衝動的 な犯行だと見なせる」 確認を取るかのように、台詞を区切る探偵。みんな黙って頷き、静かなものだ。も ー、もー。 「結構。――被害者がいつ亡くなったのかを特定できないまま、皆さんには今日一日の 行動を伺っていた訳ですが、証言を比べる内に、ふと閃いたことがあります。 仮の話をしましょう。もしも皆さんが今この状況で、誰かを殺すのであれば、いかな る手段を執るのが最も有効か、考えてみてくれませんか」 探偵の投げかけた問いに、関係者一同は素直に応じた。侃々諤々、喧々もーもーと意 見を交わす。そしてたいした時間を掛けずに、一つの結論に至った。 「事故死に見せ掛けるのが一番よ」 代表して米沢《よねさわ》さんが言った。 「どこか手頃な窓を選んで、外に突き落とすの。無数のバッファローにあっという間に もみくちゃにされて、助かりっこない」 期待していた答えだった。もしこの答が出ないようであれば、私がワトソン役として “補助線”となる言葉を出すつもりだった。 「ありがとうございます。私も同意します。たとえ他殺を疑われたとしても、遺体はぼ ろぼろに踏み荒らされ、証拠もへったくれもない状態になっている可能性が高い。翻っ て、現実に起きた松坂氏殺しはどうか。遺体はそのままにしてあった。凶器すら、現場 に残している。この事実から、犯行があったのはバッファロー襲来前だったと言えるの では?と推理したのですが、如何でしょう」 「悪くはないと思うが」 但馬《たんば》さんが即応してきた。もー。 「折角なので反論してみよう。凶器のことはさておき、犯人は体格的・腕力的に、松坂 君を落とせなかったのかもしれない」 「なるほど。ですが、現場をご覧になれば分かる通り、松坂氏は窓際のベッドに倒れて いた。羽毛布団のかさを足すと、ベッドの高さと窓枠の高さはほぼ同じ。非力な人でも 両足を使って押せば、押し出せたはず」 「ふむ。認めざるを得ないか。僕自身、部屋に入ってまず感じたのが、ベッドが高い、 寝ぼけて窓から落ちないかなという心配だったからねえ」 但馬さんの台詞に、神戸オーナーが「相済みません」と謝罪した。 「では、犯行時刻はバッファロー襲来前としていいですね? この前提に立つと、非常 に興味深い事実が浮かび上がるのです。すなわち、最後に松坂氏の生きている姿が目撃 されてからバッファロー襲来までの区切った時間帯において、アリバイのない人はたっ た一人に絞られる。あなただけにね」 探偵が指差した先、そこにはたくましい身体付きをした若者がいた。 「美濃太郎《みのたろう》さん、私の推理に対して、何かご意見は? ああ、物証がま だない点は勘弁してください」 「ご意見も何も……僕はやっていないとしか」 「あなたが犯人でなければ、誰でしょう?」 もー、もー、もー。 「知るものか。大方、外からやって来た奴がぱぱっと殺して、さっと逃げたんじゃない のかな」 「おかしいな。あれだけのバッファローに囲まれているというのに、そんな発想が出て 来るなんて、やはり犯行はバッファローが現れるよりも前だったと認めているも同然で はないでしょうか」 「言葉尻を捉えるなよ。さっきあなたが披露した“めい”推理につられただけさ。い や、妄想推理かな」 もー。 挑発的な笑みを浮かべる美濃。だが、どこか強がっているようにも映った。 「うーん、どうなんでしょうね。バッファローの群れが来ようが来まいが、このペンシ ョンの交通の便は決してよくない。途中で車を降りて、おんぼろな吊り橋を含んだ山道 をてくてくと歩かなきゃならない。そんなペンションに、密かに忍び込んで人を殺し、 また逃げ出すのはよほど奇特な方ですよ」 「何とでも言え。バッファローの群れに突き落とさなかった理由自体、確定はしていな いだろうが。犯人が、たまたま思い付かなかっただけかもしれない。それか、僕に濡れ 衣を着せるために、敢えて遺体を残した可能性だってある。違うか?」 「可能性を追い始めれば、きりがありません。現状ではいかなる名探偵・名刑事であろ うと、蓋然性を重視するしかないんですよ。そこで提案です。あなたの手を始めとする 身体及び服、それからあなたの部屋の洗面台を調べさせてもらいましょうか」 「……」 美濃は調べる理由を聞き返すことさえせず、黙り込んだ。心当たりがあると見える。 そんな若者に代わり、近江《ちかえ》さんが声を上げた。 「彼の身体に、犯行の痕跡があると言うんですね? 洗面台まで調べるのは、洗い落と した可能性を考えてのこと」 ああ、用意していた台詞を全部言われてしまった。ワトソン役の出る幕がないじゃな いか、まったく。 もー。 「はい。駄洒落になってしまいますが、『灰』が決め手になるんじゃないかなと。え え、煙草の灰です」 「……凶器の灰皿には、吸い殻も灰もなかった。発見時に、その場にいた全員で確認し た」 美濃が声を絞り出す。 「ええ。ですが、少し前に神戸オーナーが話されたように、松坂氏が逗留を始めてから 喫煙をしていたのは間違いない。また、吸い殻を回収はするが灰皿そのものを洗いはし なかった、とも。これらが何を意味するのか。灰皿の表面には灰が付着したままだった 可能性が非常に高い。灰皿を凶器として用いた際に、犯人の手に灰が移ったでしょう し、灰皿を振り上げたからには、少ないながらも灰を頭から被ったかもしれない。そう いった灰を犯人が認識できていなかったら、手や指先、頭髪などにまだ灰が着いている と期待できる。仮に認識できていたら、多分、自室にある洗面台で洗い落とそうと試み るに違いない。共同の風呂は、夜を待たなくてはいけないですからね」 「……灰を調べれば、煙草のものかどうか、判別できるのかい、探偵さん?」 「うん? 灰の状態にも拠るが、目視でもある程度は可能だろうね。警察の科学力を借 りれば、より確実だ」 「そうか」 美濃は窓の方へ目をやった。地響きはまだ強めだが、もーもー声はようやく遠ざかり 始めたようだ。 「分かった。認める。迷宮にはまった僕には、“アリアドネの糸”はなかったようだ」 美濃太郎の自白のあとの発言は、何だか唐突に聞こえた。 が、ことの顛末をまとめているときに、はたと思い当たった。 美濃太郎とミノタウロスを掛けたんだな、と。 おしまい。
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