●短編 #0555の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
夕日が射し込む教室の窓際の席に、女子高校生探偵マリと女子高校生ワトソン役ミキ が前後して座っていた。 「――ふうん、ミキちゃんて、冬場でも冷たい水でお手伝いしているのね。ところでパ ンダの妖怪って知っているかしら?」 「何その藪から棒の話題転換。パンダの妖怪なんて聞いたことないなあ。どんなの?」 「今、ミキちゃんの指先の辺りにできているものだよ、ワトソン君」 「ミキちゃんかワトソン君かどっちかにしてくれ。で、私の指? 何のこっちゃ」 「パンダ妖怪・笹くれ〜、なんていうのはどう?」 「つ、つまらん」 「奥さんは走って逃げた。妻RUN」 「しょーもないって言ってるとこへ、重ねてくるかい?」 「ショー・モアイは、イースター島で開催するショー……ちょっと苦しいかしら」 「だいぶ苦しい」 「ダイブと言えば――」 てな具合に、放課後の教室に二人残って、取るに足らない話を長々と続けているとこ ろへ、唐突に依頼人が飛び込んで来た。 「あ、まだいた。よかった」 「田端《たばた》さん、どうかしたの? だいぶ前に帰ったはずでは」 お下げ髪の同級生にミキが話し掛けるも、すぐには返事がない。乱れた呼吸が整うの を待つ。 「依頼、したいことができて。飛んで、引き返して来た、の」 「そんなに慌てて戻って来るからには、よほどの大事件みたいね。殺人とか」 マリとミキは依頼受け付け専用の携帯端末を持っている。だから、犯罪と呼べないよ うな案件は、そちらで受け付け、さらにふるいに掛けている。要は選り好みをするの だ。 「まさか殺人だなんて」 ミキがマリの言葉を打ち消そうとするのへ、田端は首を左右に大きく振った。 「そのまさか。私の叔父さんが殺人の容疑を掛けられて、警察に話を聞かれてるって、 今日家に帰ったらお母さんから教えてもらって。お母さんはお父さんから電話で聞いた って。ほら、私のお父さん、記者してるから。叔父さん凄く優しくていい人だから、信 じられなくて」 「ちょっとストップ。私の直感が当たってしまったのがよくなかったようね。順序立て て話しましょうか」 「え、ええ」 そうして田端が語った事件の概要は次の通り。 叔父は二十六歳、名は佐々木呉之介《ささきくれのすけ》と言う。名付け親がある男 優の大ファンであり、まったく同じは畏れ多いからと、こんな微妙な名前にされたらし い。大学を出たあとは会社勤めだが、現在軽めの鬱症状が出て、休職中だった。 亡くなったのは、土井垣珠恵《どいがきたまえ》という大学院生で、呉之介の元恋 人。市の屋内運動施設の廊下で倒れているのを他の利用者が見付け、救急車で運ばれた が死亡が確認されたという。 捜査の詳細までは、さすがに田端家に伝わっていなかったが、呉之介が重要参考人扱 いで連れて行かれたのは、現場である廊下にあった血文字、いわゆるダイイングメッ セージが理由だった。 「実物がどんなのか、写真なんかはないけれども、こういう具合だって」 田端が出したメモ書きを、マリとミキで見入る。そこには、 ササ くレ という風な字が記してあった。レの字だけは他に比べるとかすれており、平仮名の 「ん」や漢字の「人」にも見えなくはない。 マリは右手人差し指を立て、「先に確認しておきたい点が一つ」と質問を始めた。 「このメッセージは、間違いなく土井垣さんが遺したと言えるのかしら。犯人やその他 第三者が書いたり改竄したりした恐れがあるのなら、それを考慮に入れなくては」 「だね。普通、被害者が書いたかどうかなんて、誰にも言い切れないもんだし」 ミキが期待しない口ぶりで言い添えた。けれども、田端からの返答は違った。 「土井垣という人が書いたもので決まりみたい。というのも、廊下には防犯カメラがあ って、ちょうど書くところが映っていたと聞いたわ」 「え、待って待って。防犯カメラがあったのなら、犯行の模様や犯人自体も映っていた んじゃあ……」 「ううん。廊下のすべてをカメラはカバーしていなくて、一部だけなの。レンズの向い た範囲に、土井垣という人がふらふらと歩いて入って来て、ぱたりと倒れて、それから 血文字を書いて動かなくなった、という状況」 「ふうん、分かりました。では血文字の検討に移ります。ささくれと読めるけれども、 これが根拠なの? 田端さんの叔父さん、あだ名で“ささくれ”とでも呼ばれていたの かしら」 「ううん、そんなことはなかったはず。私が知っている限りじゃ、全然」 「でもあまり嬉しいニックネームではなさそうだから、身内には隠していたのかも」 ミキが穿った見方を示すと、田端は「そんな」と反応したものの、完全には否定しき れない様子を見せた。 「動機はあるのかしら」 マリが切り替えて聞く。 「元恋人の関係にあるからって、何でもかんでも殺意が芽生えるものではないでしょ う?」 「うん、そうなんだけど」 二人の別れは呉之介の大学卒業を機としたもので、特に後を引くものではなかったと 周囲は見ていた。けれども、ある理由から警察は佐々木呉之介に動機ありと踏んだ。 「土井垣って人、簡単な日記を手書きで付けていたらしいのよ。研究や勉強とは無関係 の、日々の雑記みたいな内容で、そこに何度も出て来るのが『ササくん』って書かれて いる、多分男性がいて。痴話喧嘩っぽいことを愚痴っていたとかどうとか」 「そのササ氏が田端さんの叔父さんだという確たる根拠はあるのかしら」 「さあ、そこまでは。でも確たる根拠と呼べるレベルじゃないと思う。日記から、土井 垣って人はササ氏と割と頻繁に会っていると読めるのに対し、叔父さんは別れて以来、 ほとんど会ったことないはずよ」 「ならば、そもそも別人である可能性が高そうだけれど、警察はそう取ってはくれなか った……」 「みたい。被害者の知り合いに、他に“ささ”と関連付けられるような人がいなかった らしくて、やむを得ないと思われている」 「関係者、他に動機のあるそうな人物って分かります?」 探偵に問われた田端は、ほとんど間を置くことなく強くかぶりを振った。 「無理。だからこそと言ったら変だけど、あなたに依頼しに来たのよ。知り合いに刑事 さんがいるんでしょ?」 「まあ、いるにはいますが、土井垣さんが殺された事件の捜査に関わっているかどうか 分かりませんし、仮に関わっていたらいたで、簡単には教えてもらえません」 「そんなあ」 「いえ、もちろん努力はします。この依頼、受けます」 分かりづらい小さな笑みを浮かべたマリは、手のひらを胸の真ん中に当てて請け合っ た。 「――で、いた?」 翌々日、学校の裏庭の片隅にて、女子高校生探偵マリと女子子高校生ワトソン役ミキ は二人でひそひそ話をしていた。 「ええ、幸いにもいました。小川《おがわ》刑事が関わっていて、素直に教えてくださ いましたよ」 にっこりと笑って、小首を傾けるマリ。ミキは知っている、この笑みが悪魔の微笑 と、一部で言われていることを。何せマリは、複数の刑事の弱味を掴んでおり、それを ネタにして、捜査の情報を少々漏らしてもらっているのだ。解決できた場合、手柄はそ の刑事に譲るし、見返りは求めていない。あくまでもマリの探偵活動欲求を満たすため に行っている。 「土井垣さんが残した日記の一部と、関係者のリストをコピーしてもらったわ。その中 で土井垣さん殺害の動機がありそうな人の情報についてもね。とりあえず全員を対象 に、ササ氏及び“ささくれ”に当てはまりそうな人をピックアップしてみたの」 「あら? ダイイングメッセージは“ササくレ”じゃなく、“ササくん”と読むんだと 考えたんじゃあないの? マリってば、日記にあったササ氏探しに焦点を絞ったみたい な口ぶりだったから、てっきり……」 「もちろんそうよ。けれども、可能性がある内には、“ささくれ”と読む場合も除外し ない。もっと言えば、田端さんの伯父さんがそのまま犯人だったとしても、不思議じゃ ない。呉之介さんて休職していて独り暮らしだから、アリバイがないのよね」 「なんともはや……。ま、いいけど。該当者はどれくらいになりましたかね、名探偵さ ん?」 「関係者について与えられた情報は、名前の他には職業、性別、年齢、大まかな所在 地。これらの項目を見て、被害者からササと呼ばれるか、“ささくれ”と認識される要 素があれば、該当者として見なすことにして、半日ほど費やした結果、呉之介さんを除 くと三人に。いずれも結局は名前に絡んでの理由付けでね」 「三人とは凄い。って元が何人いたのか知らないけど。んで、何て人がリストに残った の」 「十川《とがわ》、酒向《さこう》、草薙《くさなぎ》の三名よ」 生徒手帳の一頁に、名前をすらすらと書き付けるマリ。ミキは「えーと、詳しい解説 を求む」と戸惑いの色を見せた。 「十川は被害者が意識朦朧として、十の字を四回も書いてしまったと想定してみたの」 「……ああ、十十十十でササ!」 「川という字も、虫の息で書けば曲がったりつながったりし、“くレ”という形になっ てしまうかも」 「うーん、なかなかユニークだけれど、可能性は低そう」 「私自身、そう感じていたので、何か打ち消す材料はないかしらと、日記をこまめに読 んでみたわ。するとソガワという人物がよく出て来ることに気付いた。どうやら土井垣 さんは、十川をソガワと記すようにしていたみたいなのよね」 「何でよ。片仮名にするのはいいけど、普通にトガワでいいじゃないの」 「同じ疑問を持ったから、理由を想像しながらまた読んでみたわ。すると、トガクとい う表記が前の方にいくつかあった。彼女の知り合いに富岳《とがく》先生がいたわ」 「えっと、つまり、トガワと書くとトガクと見誤るかもしれないから、わざとソガワっ て書いていたってこと?」 「だと思う。確証はないけれども、この土井垣という人は、よくそういう置き換えをし ているのよ。とにかく、この十川という人物は犯人じゃなさそうだと判断した。日記に あるササ氏とは明らかに別人だし、ダイイングメッセージに当てはめるのにも無理が大 きい。加えて、これはまだやってもらっていないのだけれども、防犯カメラの映像を仔 細に調べれば、きっと書き順の違いが分かると思うの。十十十十とササではね。警察が ササで通そうとしているからには、ササの書き順なんでしょう」 「なるほどね。次の酒向は何で?」 「指にできるささくれを、別名何というか知っている?」 「はい? ええっと、さかむけ、だっけ?」 「その通り。もしも土井垣さんが酒向という知り合いを、“さかむけ”と認識していた としたら、ダイイングメッセージには“ささくれ”と残す可能性がわずかながらある、 でしょ?」 「そ、そうかな。少なくとも知り合いの人名を、どう発音するか知らずにいるなんて、 なかなかなさそうな状況だと思うよ」 「面白いことに、土井垣さんはこの酒向とはメールでのやり取りしかして折らず、実際 に会ったことはもちろん、電話で話したことすらないそうよ」 「へー。でも、だからってねえ」 「そこで調べてもらおうとしたの。酒向という人のネット関連のIDが、名前の読みを 示唆しているかどうか。たとえば@sako みたいな。返事は早かったわ。その人物は海外 在住でアリバイ成立しているから無視してよい、って」 「な、何それ。完璧なアリバイのある人は外したリストをくれればいいのに」 「ほんと。まあ、三人目が最も怪しいと睨んでいたから、問題はなかったわ」 「そうだわ、草薙はどうして該当者になったのよ」 「難しい漢字かつ、二文字ともくさかんむりだから」 「え」 「土井垣さんから見て大学の後輩で、顔見知りになったのは、日記にササ氏が登場する 少し前で辻褄が合う。草薙をいちいち漢字で書くのを面倒に思ったとしたら、どうする か。くさなぎ・クサナギと仮名にするのもありでしょうけど、それ以上に簡単なのはく さかんむり二つを並べてササと書いちゃうことじゃない? 他にササと間違えるような 知り合いがいないのであれば、充分に合理的でしょう」 「ふむ。マリがそういうからには、他にササと間違えてしまいそうな人はいなかったん だろうね。あ、でも、田端さんの叔父さんは? 佐々木呉之介なんだから」 「日記では一貫してゴノと綴っていたみたいよ」 「ゴノ? そっか、呉《くれ》を読み替えたわけだ」 「多分ね。警察ったら、このことを把握しておきながら、ササを佐々木呉之介さんと結 び付けようとしていたのね。大方、一旦別れたのだから呼び方を変えたんだろうとでも 解釈していたんでしょ。 それで、ミキちゃん。いつものようにあなたの意見を聞きたいのだけれど」 「うん、いいんじゃないの。該当者の絞り込みが適切に行われたというのが条件だけれ ども、マリならその辺りの遺漏はないだろうから」 「よかった。残る心配は、リストそのものに漏れがあった場合ね。施設の職員の名前が 一人もリストにないのが気懸かりで、念のために調べたんだけど」 「そこまでやる?」 「だって、気になるでしょう。実際、佐々勝夫《さっさかつお》という中年の男性職員 がいて、焦ったのよ。幸いと言ってはなんだけれども、事件発生当時は、足首を骨折し て車椅子生活だったから、犯行は無理と結論づけられたわ」 「はあ。とにもかくにも、マリの徹底ぶりがよく分かるわ」 その後、マリは小川刑事から事件解決に多大なる貢献をしたお礼だとして、二つの品 物を受け取った。 「危うく誤認逮捕するところだったのを忘れず、教訓とするため、レシートは僕が大切 に保管しておく」 小川刑事がそう言って置いて行ったのは、笹かまとクレヨンだった。 おしまい
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