●短編 #0554の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「会って間もないけれども、信用できそうだから話すとします」 私はあなたに向けて穏やかに言った。 「いいんですか」 「ええ。あなたを気に入りました。話を聞いてもらいたい気分なんです」 「あのー、念のため窺いますが、しらふですよね?」 「もちろん。こんな昼日中から飲みはしませんし、昨日の酔いが残っている訳でもな い。完全に正常な精神状態で、私は私の秘密を話す。保証しますよ」 「はあ、分かりました。聞きましょう」 「まず……あなたは私を初めて見掛けたとき、非常に疲れているようだなと感じた。そ うでしたね?」 「ええ。確かにそういった意味のことを話しました。あなたにお声掛けして、一緒に飲 んだ席でのことですが」 「よく覚えておいでだ。実は私は組織から追われているのです。端的に言って、命を狙 われている」 「そそれはまた剣呑な……。一体全体、何があったんです?」 「私はね、未来から来たんです」 私のその言葉を、あなたはどう受け止めただろう? 表情から真意は読めない。 「だいたい三十年後ぐらいの世界から、タイムマシンに乗って来ました。ただし、ポン コツのね。場所はほぼ正確に指定できるんだが、年月日と時間がいまいち、いや今二つ も三つも信用性がない。今回、本当は一九七〇年代に設定したんですが、大きくずれて しまいました。でもまあ、あなたと知り合えたのだからよしとしましょう」 「それよりも、非常に疲れている理由がまだですが」 「もちろん話します。私は逃亡者だが犯罪者ではない。濡れ衣を着せられて刑を食らう 直前に逃げ出したのです、おんぼろタイムマシンで。でも当然、追っ手の捜査官がいま す。捜査官は最新式のタイムマシンで私のマシンが残す痕跡を辿ってくるんですよね。 だからどの時代に逃れても追い付かれる。ただ、やつらも私を見るなり捕縛したり処刑 したりはできない。曲がりなりにも私はその時代時代にお邪魔することで、過去に影響 を与えているため、連中はその痕跡を消す必要がある。そのためにはターゲットである 私に、最低でも六時間は接触し、観察せねばならない。裏を返せばその間を使って、私 は追っ手を見破る機会が与えられる訳だ。あ、捜査員と言っても格好はその時代にいて おかしくないなりをしていますからね、見破るのは大変だ。こっちも必死です。接触し てきた相手をよく観察し、口を滑らせないか神経を行き届かせるんです」 私は今思い出したという風に、伸ばした右の人差し指を振った。 「そう、『神経』で思い出しましたよ。一七五〇年代の日本は江戸に着いたとき、知り 合った人がいました。その人はなかなかうまく大工に化けていましたが、大工仲間が腕 を怪我して医者を呼んだときに、ミスをした。『こいつの腕の神経、切れてねえですよ ね』と口走ったんです。もちろん、誰も反応しませんでした。何を言ってるのか、医者 でも理解できなかったはず。というのもね、あなたがご存知かどうか知らないが、神経 という言葉は昔っからあるものではなく、一七七四年に翻訳・刊行された『解体新書』 という医学書に初めて載った、いわば新語なのです」 「はっはあ、なるほど」 「私は追っ手と思しきその男のそばをそっと離れましたよ。武器は持っているが無駄遣 いしたくないし、周りには人が結構いたんでね。 でももう一つの場合では、ちゃんと始末しました。一九一五年だったかな、ヨーロッ パに着きました。ご存知の通り、戦争の只中で、えらいところに来てしまったなと正直 焦りましたねえ。そんなときに彼女は親切にしてくれたので、命を奪いたくはなかった んですが、うっかり屋さんだったようです。食事を摂っているときにこんなことを言う んです、『いつ終わるのかしら、この第一次大戦』と。どう考えても未来人の言葉です よね。第二次世界大戦が後に起きるかどうかその時代の人には分かるはずがないのに、 わざわざ第一次と付けるなんて。そっと彼女を殺しました。こう語っていると簡単に人 を殺めているようで、私はやはり重罪人じゃないかと錯覚しそうだ。だが、大人しく捕 まる気も、処理されるつもりもありません」 私はあなたの目を覗き込んだ。 「さて、翻ってあなただ。あなたは追っ手ではありませんか?」 あなたの顔の上で微笑が固まった。 「今までの同僚の失敗を知っているから言葉数を少なくしたのでは? だけどかえって 不自然だと気付きませんか。いい年した大人がいきなり、タイムマシンで未来から来た と語り始めたんですよ。この時代の人ならあなたのような反応はしない。私を危険人物 と見なしてこの場を離れ、即刻警察に通報でしょう」 私は武器を取り出し、テーブルの下であなたに向けた。 「あなたと会ってまだ六時間経っていない。だから私が確実に勝つ。命が惜しければこ こは一旦退いてくれません? その間に私は別の時代に逃げるので」 了
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