●短編 #0553の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
その作品『魔法を喪失《なく》した魔法使い』を一読して、私は思わず呟いた。 「確かに、一発退場させるには惜しいな」 記憶喪失で魔法を使えなくなった魔法少女が、日常の謎を中心に不可思議な事件を解 き明かしていくライトミステリ。連作短編プラス中編で構成され、最後に全ての話がつ ながって明らかになる意外なオチ。若書きではあるものの、爽やかさとちょっぴり苦み のあるラストはこの作家の個性と言えよう。 「さて、どうするかな」 ことの始まりは、高校大学と通じて一個下の後輩で、今は部下でもある多野《たの》 が出してきたメモ的レポートだった。 私や多野は某出版社系小説投稿サイトの社員で、サイトでは現在、年間を通じて最大 のイベントである部門別長編コンテストを催している。賞としては賞金の他、優秀な作 品はウチのレーベルから紙媒体で出版されるのが目玉だ。年々、参加作品が増加傾向に あり、盛り上がりを見せているのは大変結構なことである。 結構でないのは、規約をよく読まずに参加してくる作家さん達が一定割合いるという 現実。まだ規模が小さく、参加作品も少なかった頃なら対処も容易かったのだが、昨今 は万全の対応は難しくなっている。 現在、コンテストは作品募集期間かつ一次審査の段階。この段階では応募作は完結し てなくていい。規定の下限となる十万文字に達していなくてもかまわない。誤字脱字そ の他訂正もし放題だ。締め切り日までに条件をクリアすれば問題ない。 毎年大なり小なり物議を醸すのが、一次審査の方法。審査員が判断するのではなく、 読者選考に全てを委ねる方式を採っている。といっても読者が限られた票を投じるので はない。一作品につき1〜3個の範囲で自由に付けられる“星”による評価を、読者選 考の軸としている。 コンテスト期間中にどれだけ星を獲得したかが、一次審査を突破する上で重要だが、 ただ単に何位までを通過させると機械的に決めるのではなく、規定を満たしていない物 を先に除外する。さらに、明らかに|部門違い《カテゴリーエラー》の物、完結したと は言い難い物、露骨な字数稼ぎをしている物などはできる限り、気付き次第弾く。 そういった作品自体に何らかの問題点がある場合はまだ判定がしやすい。面倒なの は、読者からの評価自体に疑念が持たれる場合だ。 詳細は省くが、今、『魔法を喪失した魔法使い』に対して向けられている疑念は、当 サイトのアカウントを一個人が複数取得し、それぞれのアカウントから星を投じたので はないかというもの。一個人が持てるアカウントは一つまでとサイトの規約で定められ ている。当然、コンテストにも適用されるルールであり、違反した場合は退会処分もあ る。 多野が提出したレポートでは、作品そのものの長所を認めつつも、読者評価について 以下の疑念を呈していた。 ・獲得しているちょうど百個の星の内、九十個が怪しい。三十人が三つずつ投じている が、一月十二日に集中している。 ・その三十人のIPアドレスを見ると、全てが同じ回線業者の同じ地域になっている。 ・同じく三十人の登録日をチェックしたところ、コンテスト前から登録しているのが二 名、コンテスト開始から約三週間後の十二月二十四日前後に登録しているのが十八名、 あとの十名はその後ぽつんぽつんと、一月四日までに登録。カムフラージュにしてはや や変な気もします。 ・三十人の中で、自ら作品を書いているのは三名。うち二名はコンテスト開始前から登 録済みのユーザー。 ・三十名の内、十二名が当該作品を読んだ形跡なし。十名は最初から最後まで時間を掛 けてしっかり読破。残る八名はおおよそ後ろ半分を最後まで読み通していました。これ もやや変な振る舞いです。 ・読んだ形跡のない十二名全員が、好意的なレビューを付けている。うわべだけでな く、読んでいないと絶対に書けない感想。さらにその内の半数が細かいだめ出しもして いる。自作自演のカムフラージュ? ・作者の槍中詩緒《やりなかうたお》は十一月二十四日に登録。十二月一日スタートの コンテストに合わせて登録したようにも思えます。登録作品は『魔法を喪失した魔法使 い』の他は短編一つのみ。 ・読者からのコメントにはまったく反応なし。最初期にあった誤字の指摘にも無反応 で、訂正もしていない。ユーザーとしての活動も、二作品を上げただけで他になく、作 品を読みに行くこともしていない。 ・SNSを利した投票呼びかけの形跡はなし。そもそもSNSを使っていない模様。 ・よその小説投稿サイトから読者を引き連れてきた可能性も考え、調べてみましたが同 名作品、同名作者はなし。題名を変えた同一作品も見付かりませんでした。 「基本的な調査は済んでいるよな」 私はほとんど無意識レベルで、ため息交じりに独りごちた。 全体的な印象では黒に近いグレー。一発退場に処するのは無理だが、警告を出すレベ ルと言えるかもしれない。それを躊躇させるのは、やはり作品に可能性を感じるから。 警告を出されてへそを曲げ、サイトを離れる人も時折いるから、慎重に扱いたい。 そもそも、本当に規約に反した行為をやっているのか、部分的に引っ掛かりを覚える 箇所がある。 特に、後半だけ読んだユーザーがそれなりにいる点は気になった。通常、こういう傾 向が現れるのは、よその小説投稿サイトで前半までを読んでおり、コンテスト開始に当 たって、どうせなら読者選考に有利になるだろうからとウチのサイトで残りを読んだ、 っていうパターン。だが、多野の調べではよそのサイトに掲載していた痕跡はなかった という。サイトから削除してもある程度の情報はネット上にしばらく残るから、見落と しはないと思いたい。 私は作品に付けられたコメントを眺めながら、他にどんなケースがあり得るのか検討 してみた。 SNSによる宣伝はしていない、呼び水となるレビューがあった風でもない。知り合 いに手当たり次第頼みまくったのなら、登録日がもっとばらけていいはず。それに三十 人の知り合いの誰一人として、『魔法を喪失した魔法使い』に関してSNSで発信しな いのも何だか不思議な気がする。SNSの類を一切やらない人ばかりの集まりでもある のか? 「――ん?」 コメントを読む内に、ある傾向に気付いた。 ですます体の丁寧な文章が多い。それ自体は特段、おかしくはない。知らない作者を 相手に初めてアプローチするのだ、常識ある人なら丁寧語で書くだろう。 ただ、『魔法を喪失した魔法使い』に書かれたコメントは、文章全体から幼い印象を 受ける。加えて、コメントの終わり頃になると急に砕けた言葉遣いが混じる人が、ちら ほらいるのだ。「ごちゃごちゃ書いたけど、めっちゃ面白かった!」とか「ヒロインは 理想の恋人(笑)?」とか。 ……あー、分かったかもしれない。 これは、学校のクラスの友達が入れてくれたんじゃないか? といっても小学生はさ すがにないだろうし、大学では年齢が高すぎる。誰もSNSを使わないのは、使わせて もらえないのかもしれない。中学か高校ならあり得る。三十という数は一クラスの大半 だ。 IPアドレスの地域が同じなのは当たり前。接続業者が同じというのは、もしかする と学校にあるパソコンから登録したのかも? 登録日がクリスマスイブ前後に集中して いるのは、二学期の終業式のあとみんなでまとめてやったから。そのあと冬休みに入る が、休み中も設備を使えるよう、開放していたと考えれば辻褄は合う。 サイト上で読んだ形跡がない面々は、すでに作者からプリントアウトした物を読ませ てもらっていたから。後半だけネットで読んだ人は、同じく前半を紙で読んでおり、残 りをサイトで読んだってことか。 冬休みの間に全員が読み終えて……星を入れたのが一月十二日になったのは、三学期 が始まってすぐ、みんなで感想を言い合って星三つで行こうと決めたのかな? あれやこれやと想像が膨らむ。確証はまだ全然ないが、ある程度当たっている気がし た。 当たっているとしたら規約違反ではない。だからといってこのままスルーするのでは なく、確認はしておきたい。そこで運営からのメールの形で、連絡を取ろうとしたがこ れにすら反応がない。 さすがにおかしい。仕方がないので、登録時に記入を義務づけられている電話番号を 社内開示し、槍中詩緒のスマホに直に電話した。 出たのは、槍中詩緒のお母さんだった。 話によると、先に登録していた友達二人に誘われて、槍中詩緒――本名は兼谷詩子《 かなやうたこ》という女子中学生――も登録し、コンテストに挑戦してみる気になって いた。 だが、登録した二日後、彼女は病にたおれる。元々、何とかという珍しい病気に掛か っていて、休みがちな学校生活を送っていたらしい。確かな治療法のない難病で、全身 の倦怠感に始まり、突如人事不省に陥って半日から二日、意識がないまま過ごし、目覚 めると意識はしっかりあるのだが、倦怠感は続く。これを繰り返す内に症状は徐々に悪 化、意識をなくす期間も長くなっていき、最終的には死に至るケースがほとんどだとい う。 詩子さんの場合、進行が早く、学校を休んで入院をするようになったあと、程なくし て長期の意識不明に陥ったそうだ。 命に関わる病と知った友達二人が元気づけるために、クラスのみんなで詩子さんの応 募作『魔法を喪失した魔法使い』を応援しようと呼び掛けると、大半が応じてくれた。 ちなみに応じなかった同級生数名も、小説を読むのが苦手で、読まないのに評価するの はだめだろうからと辞退した者ばかりだったらしい。 「どうして病気のこと、槍中さんのプロフィールに載せなかったんですか?」 お見舞いに出向き、直に会った際、気になって聞いてみた。 「病名まで明かさなくても、大変な状況にあることくらいは書いてもよかったんでは… …」 「そんなことをしたら詩子が怒ると思ったもので」 お母さんは割と明るい表情で答えてくれた。 「たとえ褒められても、本心からの評価なのか病気に同情したものなのか分からなくな るって。そういうところのある子なんです」 なるほど。でも友達の組織票はOKなんですね――と、意地の悪い質問を続けて聞け たのは、このとき詩子さんの症状がだいぶ落ち着いていたからに外ならない。 「クラスの皆さんは詩子の小説に真剣に向き合って、正直な感想をくれたものだと信じ ています。深島《ふかじま》さん、あなた様もお涙頂戴を当てにして、今度の話を持っ て来られたのではないのでしょう?」 「もちろんです」 私は書籍化の打診をしていた。コンテストからは取り下げてもらうつもりでいる。規 約違反を犯しているからだ。 “作品の公開は、登録した本人のみが行うものとする”とある。 翻って、槍中詩緒はサイト登録しただけで、作品はまだ公開していない時点で、病に 倒れていた。彼女の作品をサイトで公開し、コンテストに応募したのは彼女の友達によ る。 意思確認は取れていたのだし、この規約を四角四面に捉えると身体の不自由な人はウ チのサイトを使えない可能性が高まる。だから不問にしても全然かまわないんだが、こ こは敢えて降りてもらい、別枠で出したい。 コンテストとは別枠にするからには、強力な売り文句が欲しい。“難病と寄り添って 生きる女子中学生がしたためたライトミステリ”なんて惹句がちらつくが、我慢我慢。 そうしないと、詩子さんが快復したときにどやされてしまうから。 おわり
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