●短編 #0550の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
異境のこの地にこれだけの数の日本人が暮らすようになったんだからと、今度の大晦 日は皆で集まることになった。もちろん、日本人以外も歓迎するけれども、とりあえず 初詣は日本式に雰囲気出したいからと和服推奨という通達が出された。 そして迎えた当日。 「まだちょっと早いかもだけど、どうする?」 木山《きやま》が斜め上を見つめながら言った。視線の先には壁時計がある。 集会所に近いという理由で、僕の家に立ち寄ったのが午後十時前。そこから二時間足 らず、経っていた。 「そろそろいいんじゃないか。なにも午前0時ジャストに着かなくちゃ行けないって訳 でもないし」 「いや、初詣って言うからには、年を越してないとだめだろ」 「そうじゃなくて、集会所に着くのがだよ。時間を潰すことくらいできるだろう。食べ 物や飲み物もあるって聞いてるし、他の友達もいるかもしれない。ショー目当てで」 「そうか、そうだな。珍しいショーもあるんだっけ」 そう、確かに珍しいには違いないのだが、僕ら二人は日本にいるときに、二度ほど見 ているので、気分はさほど盛り上がっていない。ちらっと見ればいいぐらいのつもりで いる。それでも、友達に会いに行くと思えば、腰も軽くなる。 仕度を整え――と言っても防寒着を重ね着するだけだ――、さっさと家を出た。冷た い空気に息が白くなる。 「おまえん家に来るとき、思い出したクイズがあってさ」 なかなか唐突に、木山が切り出した。 「何だ、クイズ?」 「うん。だいぶ昔、人から出題されたやつなんだけど、多分、おまえじゃないよな」 「聞いてみないことには分からない」 「だよな。えっと、先に思い出すきっかけについて言っておく。それで出題したのがお まえなら、ぴんと来るかもしれない」 集会所までの道程の暇つぶしのためか、この話題で引っ張るつもりらしい。僕はやれ やれとため息をつきつつ、覚悟を決めた。 「このコートのボタン、黒いだろ」 「ああ」 木山は自らの羽織るコートのボタンを指差した。四つ穴の割と大振りなボタンだ。 「予備のボタンがポケットに入っているのを忘れてて、携帯端末を取り出した拍子に落 としてしまったんだ、その予備のボタン」 「よくあるとは言わないが、あっておかしくないことだ。それで?」 「足元を見ろ。アスファルト道路、黒っぽいだろ」 言われるがままに下を見て、うなずく僕。 「ボタンの色に近い」 「だから?」 「……ここまで言ってピンと来ないか。てことは、例のクイズを俺に出したのはおまえ ではない。それどころか、そもそもこのクイズ、おまえは知らないみたいだな」 「どうやらそのようで」 クイズやパズルの類は嫌いじゃない。けれども、相手をするのが疲れてきた。 「早く言ってくれよ」 「じゃあ、言うぞ。細かい表現は違っているが、だいたいこんな感じだった。――『黒 いアスファルト道沿いに真っ黒な壁があった。空には星が瞬くこともなく、外灯は一つ も点っていない。と、黒い壁の向こう側から男がぬっと姿を現した。男は黒い帽子に黒 いシャツ、黒ズボンを穿き、黒いジャケットを羽織っていた。靴も靴下も黒一色。そん な黒尽くめの男は道をしばらく歩いて、ぴたっと立ち止まった。真っ黒な小銭入れを落 としたと気付いたのだ。男は周囲を見渡すと、問題の財布をすぐに見付け、難なく拾う とまた元のように歩き出した。さて、黒尽くめ男はどうやって財布をすぐに見付けるこ とができたのだろう?』」 「なるほど。確かに、状況は似ているみたいだね。当然、懐中電灯のような灯りも持っ ていない。携帯端末の光を頼りにしたのでもない、という条件付きなんだろうね」 「ああ、もちろん。ついてに補足しておくなら、靴で踏んづけた感触で分かった、とい うのもなし。靴底が分厚くて、踏んだ物の感触は伝わらないことにする」 「だったらいっそ、落としたのは財布じゃなく、真っ黒な名刺とかにすればよかったの に。財布を踏んで気付かないってのは、なさそうだ」 「じゃあ名刺でもいい。何にしたって、“すぐ”見付けるという条件が厳しいはずだ ぜ」 「……木山は今晩、黒いボタンを楽々見付けることができたよな?」 「当然。何たって、今のシーズンはここら一帯、《《白夜》》だもんな」 歯を覗かせ、きししと笑う木山。僕もつられて、ちょっと笑った。初めて白夜を体験 したとき、面白いと思ったし、長い間慣れなかったな。 「ということは、だ」 僕はクイズを考えることに舞い戻った。 「クイズを聞いていて、黒くろクロとやたら出て来るから、てっきり夜だと思い込ん で、暗闇の情景を脳裏に描いていたけれど……ひょっとしたら違うんじゃないか? 思 い返すと、問題文では夜とは一言もいってなかったし、時刻についても言及がなかった ような気がする」 「お、正解。真っ昼間だったのさ。簡単だったか」 「いや、前振りがあったし、今の僕らは白夜を知っているから、割と早く解けたんだと 思う。何にもなしでいきなり出題されたら、間違いなく苦戦してた」 「ははは、フォローをどうも。それにしても、誰から聞いた問題だったのかな。気にな り出してしまった」 「これから友達と会うんだから、聞いてみたら」 「いや、聞いたのは日本にいるときだ。だからこっちにいる友達の中で当てはまるの は、おまえの他には――あ」 不意に間の抜けた声がした。僕は木山の声の方を向いて、「どうかした?」と尋ね た。 「まずい。コートのボタンが取れた! 落ちて転がったみたいだ」 「へ?」 「予備じゃなく、使ってる方のが。ちょっと深呼吸しただけなのに」 「ダイエットを考えるか。ははは」 「笑い事じゃない。黒ボタン、どこにある? 一緒に探してくれ」 「はいはい。でも、当てずっぽうで探すより、ここに立ったまま、しばらく待つ方がい いかもしれないぞ」 僕は提案しながら、空を見上げた。 改めて確認するまでもない。真っ暗だ。 今年の大晦日は白夜、そして日食が重なった。今まさに《《皆既日食》》の真っ只 中。 珍しい天体ショーに、多くの人達が黒サングラスを手にしていた。 おしまい
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