●短編 #0546の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
日記とは本来、己のために書くもの。 神池政雄は高二の冬、付き合っていた同級生の日向明美が何も言わないまま突然遠くへ 越してしまい、呆然とすると共に苦しめられた。どうして黙って去って行ったのか、理 由を知りたいと思い続けた彼に、約七年ぶりの機会が舞い込む。偶然再会した彼女は問 い掛けには答えず、代わりに暗号を神池に渡して来た。その暗号を解いた先に、事実を したためた日記帳があるという。苦心して暗号を解読した神池は、その隠し場所に辿り 着き、日記帳を手に入れた。そこに書かれていたのは――続きは本編で! * * 神池政雄《かみいけまさお》様。この日記帳を開いて、このページを読んでいるとい うことは、あなたは暗号を期限内に解いたんですね。ちなみにどのくらい余裕があった のかな。答を聞く機会はないと思うけれども、ちょっと気になる。私の計算では、期限 を過ぎて三時間以内に、インクが蒸発して読めなくなるように調節していたのよね。化 学は得意だけれども、薬品の一部に高価な物を使ったから実験を重ねられなかったの。 ぶっつけ本番てやつ。 さあ、ここから本題に入るわね。 あなたが私、日向明美《ひゅうがあけみ》を追い掛けていたのは、姿を消した理由を 知りたいから、だよね。高校二年生の冬、クリスマスを目前にして、付き合っていた彼 女が何も言わずに遠くへ引っ越してしまったら、呆然としてもおかしくないわ。その 上、連絡も取れないんだから、なおさら。 黙って転校していった理由、それはね、何度注意してもあなたが癖を直そうとしなか ったから。紙書籍を読むとき、ページをめくれなくてよく指先に唾を付けてたでしょ。 あれをいつまで経ってもやめないから、嫌気がさして――というのは冗談よ、もちろ ん。 怒った? 怒っていいよ。私は平気だもの。怒っているのは私の方。ジョークから始 めないと、怒りが抑えられなくて、また爆発しそうになる。どうにかこらえて、今まで 生きてきたんだから。 あのときの冬、ううん、まだ秋と呼べる頃だったかな。あなたのお父さんはスクープ をものにした。下衆な芸能ネタじゃなく、硬派な週刊誌のトップを飾る政治汚職記事だ から、あなた自身も鼻高々だったわよね。自慢したい気持ちが、そこかしこからこぼれ 落ちていたわよ。 それでね。あの報道のあと、事件の関係者の一人が自殺したのは覚えている? 覚え ていなかったら検索でも何でもして、知って欲しいんだけれども、話を進めるために教 えてあげる。 夜の公園で首を吊って自殺したのは、玉木良造《たまきりょうぞう》っていう男の 人。当時は独身と報じられていたと思うけど、実際のところ、あなたのお父さんや同僚 の人達は、どこまで掴んでいたのかな。 実はね、玉木良造というのは私の父。 うちが母子家庭だってことは知ってたでしょ? 離婚してシングルマザーになった、 なんてことまでは話したかどうか、さすがに私も覚えていないけれども。死別なら仏壇 周りで分かるだろうけど、それがなかったんだから離婚したか元々未婚の母だったんだ ってことは、神池君にも察しが付いてたと思う。 もちろん、そのことをもって、自殺した玉木良造が私の父だと想像が及んでしかるべ き、だなんて主張はしない。ただ、あなたのお父さんの記事が、私の父を追い込み、命 を絶たせたのは紛れもない事実だってことは理解して。 言っておくけど、父は積極的に汚職に関わったんじゃない。上司からの圧力に屈して しまった、ただそれだけ。弱い人だったかもしれない。でも、命を落とすことはなかっ たじゃない。 それでね、母とはうまく行かなかった父だったけれども、私は大好き。関係も良好だ った。私が父と会うことを、母も咎めなかった。 そんな父が命を断つ原因を、あなたのお父さんが作った。 この現実に、私は耐えられそうにないと判断したの。具体的に言いましょうか。あの まま神池君のそばにいたら、私は恐らくあなたを殺していた。あなたのお父さんに、私 が味わったのと同じ苦しみ、いえ同じじゃないわね、似た苦しみを味わわせるために。 あのとき、そうしないで踏みとどまれたのは、何でだろう……。分からない。ただ、 素知らぬ顔をして神池君とのお付き合いを継続できるほどの神経を持ち合わせてはいな かったから、ああして消えることにしたの。他に理由を付けて別れようにも、神池君、 割といい彼氏だったから、難しくって。 あのまま会わないでいられたら、父の死のことは封印しておこうと思っていた。 だけど、運命のいたずらってあるのかな。まさか大学の合同研究がきっかけになっ て、再会するなんて。私は避けようとしたのに、あなたは追い掛けてくる。何も知らな い神池君にすれば当然でしょうけれども、私の方は追われれば追われるほど、封印が解 けてしまいそうで怖かった。 だからこうして日記帳に真実を記し、さらに暗号があなたに渡るようにして、日記を 探してもらうことにした。時間を稼いでいる間に、また距離を取りたかったの。 これで話はだいたい終わり。 ところで、日記って普通は人に見せるものじゃないよね。一時、ホームページに日記 と称して日々のことを綴ったり、世間的なニュースの感想を書いたりするのが流行った けれども、あれって真の日記じゃないと思う。ほぼ確実に、脚色するでしょ。自分をよ く見せようという思いを自覚していようがいまいが、人に読まれるのを前提にしてるん だから。 その点、私がこの告白を日記帳に記したのは、嘘偽りのない話だという証のため。尤 も、そのこと自体を日記に書いちゃうと嘘っぽく聞こえるかしら? ま、私は『日記』 はその字を分解すれば明らかなように、《《日》》々のことを《《己》》に《《言》》 うためのものだと思ってるから。だから、ここに書かれた内容は私自身へ向けた言葉で もある。嘘はない。 そろそろ終わりにしましょう。 あなたには知る由もないでしょうが、この日記を読み終わる頃には、もう二度と私と 会うことはかないません。さようなら。あの世というものがあれば、いつかまた会うか もね。 そのときまでに癖は直しておいてよ。 * * 「亡くなっていた男性の身元、分かりました。神池政雄、二十四歳。※※大学の院生で す。かなり優秀な学生だったみたいですよ」 「将来有望な若者が、何でまたこんなレンタルルームの一室で、毒死したんだか。部屋 を借りた人間は、まだ正体不明か」 「はい、すみません。身元証明のための書類はすべて巧妙な偽造で、防犯カメラ映像ぐ らいしか手掛かりがなく」 「しょうがないな。死に至った手口は?」 「手にしていた日記帳の各ページに、経口毒の微細な粉末が振りかけてありました。そ れで、被害者の友人らに聞いた話では、被害者は小さな子供の頃からページをめくるの に指を嘗めてからやる癖があったそうで。それを知っていた人物が、殺害するのに利用 したんじゃないかと」 「そうか。毒物が微細な粉末になっていたってことは、もしかしたら犯人自身が加工し た可能性もある。その線から調べれば、何か分かるかもしれん。 あとは、すべてのページが白紙の日記のどこをどう好き好んで、じっくり読んでいた のかの説明をつける必要がありそうだ」 「まさか、あぶり出しじゃないでしょうしねえ」 「冗談抜きで、より詳細に検査すれば、あぶり出し的な細工の痕跡が検出されるかもし れんぞ。とにかく日記帳が凶器なんだという認識に立って、徹底的に調べてもらうん だ」 「了解しました。――そういえば気付きましたか?」 「何がだ」 「問題の日記帳、表紙のアルファベットが巧妙に書き換えられているんですよ。普通、 日記のダイアリーの綴りって、diaryじゃないですか。その三文字目、aがeにな ってるんです」 「いや、気付いてなかったな。そんな単語は実際にはないのか」 「ざっと調べただけですが見付けられていません。ひょっとしたら犯人による造語か も。これを読むと命に関わる、“死の日記”であると示唆した、なんて」 * * 毒が回り、死を自覚した刹那、神池政雄ははっとした。日記にあったあるフレーズの 真の意味が理解できた気がしたのだ。 (「この日記を読み終わる頃には、もう二度と私と会うことはかないません。さような ら。」とあったのは、君が死を選んでもうこの世にはいないという風に読み取ったけれ ども、間違っていた。死ぬのは僕だったんだ。死んだ僕は、生きている君とはもう会え ない……) 了
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「●短編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE