●短編 #0541の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
一人息子が死んだ。 高校一年の夏のことだった。 私、高平伸人《たかひらのぶと》は、息子の伸輝《のぶてる》にできる限りいい教育 を受けさせてやり、ゆくゆくは我が社の跡継ぎに育て上げるつもりでいた。 一方で、私は自分の会社を成長させることにも力を注ぎ、成果を上げてきた。自分で 言うのも口幅ったいが、業界4位5位付近にランクされる世間によく知られたメーカー である。 その分、家庭を顧みる機会が乏しく、特に息子に関して人任せになってしまっていた ことを、今さらながら反省せねばなるまい。本心を言えば、私自ら伸輝の面倒を見て、 手取り足取り教えてやりたかった。時間の制約があって、どうしてもできなかったの だ。 周りの者は皆、私と家族の置かれた状況を理解しており、仕方がなかったんだと言っ てくれる。だが、それらは恐らくおためごかしで、胸の内では私に父親失格の烙印を押 しているに違いない。言葉で指摘されなくても分かる。彼らの私を見る目が、以前と違 うことを痛いほどに感じるのだ。 このままでは、悪評が悪評を呼び、社長としての能力にまで疑問符が投げ掛けられる やもしれん。 一人息子を失ったというのに、結局は会社の先行きや自身の立場が大事なんだなと、 誹る向きもあるだろう。どうか勘弁願いたい。今の私にとって、会社が息子のようなも のなのだ。 無論、伸輝の死に関心を持っていない訳ではない。 息子が何故、どのように死んだのか。 通っている高校の三階の教室から転落した、とだけ判明している。 事故か自殺か、まだ分かっていない。この事案が発生した当時、くだんの教室には伸 輝しかおらず、また誰も入れる状況ではなかった。他の階から落ちたのではないこと も、科学的に証明された。だから少なくとも他殺ではないだろうと言える。 ただ……父親にとって苦々しいことだが、自殺の可能性が高いのは認めざるを得な い。教室に一人でいて、一体どんなアクシデントが起きれば、窓から外へ転落するよう な事態になるのか。あり得ない。 自殺であるならば、遺書を早く見付けたい。現場にはなく、自宅にある息子の部屋か らも何も見付からなかった。遺さなかったんだろうか。 息子は字を書くのが好きだった。まだ私が比較的忙しくなかった頃、伸輝が作文で誉 められたと自慢げに言っていたのを、微笑ましく聞いた覚えもある。そんな伸輝が遺書 を遺さないなんてことがあるあろうか。考えられない。私や家族宛じゃなくったってい い。他人に宛てた遺書でもいいから、早く見付けて、目を通したいのだ。 初七日が過ぎ、しばらく経ってから、妻が「あの子に買ってやったノートパソコンが 見当たらないのですが、もしかすると」と言い出した。 言われて、私もどうにか思い起こせた。中二の誕生日に、伸輝に買い与えたのだっ た。携帯端末があるのにどうしてパソコンをと思わないでもなかったが、敢えて問い質 さずにいた。後日、インターネットやワープロに使っているのをちらと見掛けて、携帯 端末ではやりにくかったんだろうな、ぐらいに受け取ってすっかり忘れていた。 「だが、どこにあるんだ。部屋にはなかったようだが」 遺書を探すために、あちこち開けてみたのだが、ノートパソコンは見当たらなかった ように思う。 「学校だろうか」 遺書探しは高校でもやらせてもらったが、飽くまでも伸輝の使っていた個人スペース に限られた。パソコンなら学校にも何台かあるだろう。備品に紛れ込ませたら分かりづ らくなるのではないか。 「いや、それよりもUSBメモリを使っていたんじゃなかったか」 息子の死がショックなあまり、実に基本的なことを見落としていた。遺書は紙に書い てある物という思い込みが、間違いなくあった。 結局、伸輝のノートパソコンは見付からなかった。死の前に何らかの理由で処分した 可能性が出て来たが、はっきりしたことは分からない。 USBメモリも複数個、少なくとも三つは使っていたと思うのだが、見付かったのは 一つだけだった。何故か自宅の冷蔵庫の裏から見付かった。正直な印象を述べるなら、 隠してあったのか落としてたまたま入り込んだのか判断できない。 メモリの中身を見たあとも、疑問は解消されなかった。 遺書はなかったのだ。 遺書らしき文章も、死を選ばねばならないような窮状を訴える書き込みも、一切な し。あったのは、いくつかの物語。そう、小説だった。長さは様々、掌編もあれば大長 編もある。書きかけの物もいくつかあった。ジャンルはちょっと奇妙な物語、変格ミス テリが多いようだ。 私はUSBメモリを見付けた日から、時間を作っては伸輝の作品を読みふけった。 純文学・大衆文学の別なしに小説の善し悪しなんてほとんど分からぬ自分だが、息子 の作品は出来不出来の差が大きく、落語の小咄を引き延ばしたような馬鹿々々しい物が あったかと思ったら、掛け値なしに面白いと言えるも物にも巡り合う。アマチュアらし い乱高下ぶりだった。生前の伸輝には、つまらん文なんて書いてないで勉強しろと叱っ た覚えがあるが、ここまで書けるようになっているとは思いも寄らなかった。 こうして読み進めていき、なかなかの佳作と呼べる中編を読み終えたとき、その末尾 に本文とは違う付け足しがあることに気が付いた。 『自分の書いた話を紙の本で出せたらいいな。今一番の望みはプロになること』 これには心動かされた。、亡くなった息子の望みを叶えてやれないものだろうか。 亡くなった身内の書き綴った文章を、遺族が自費出版の形で本にするという話は、割 によく聞く。そう言えば、社長が勇退時に自分史を書いて本にするなんてことは、腐る ほど聞いた覚えがある。 ただ、息子の一番の望みがプロであるなら、自費出版はだめだ。息子の小説を商品と して出してもらいたい。仕事関係の知り合いを辿っていけば、伸輝の小説を評価し、請 け負ってくれる出版社が見付かるだろうか。 死んだ息子が結構いい小説を書いてたので、何とか本にしてやりたいんだ――と、近 しい社長や重役クラスに人らに吹き込んで回っていたら、ある日ひょっこり、噂聞きま したんでとりあえず御作を見せてもらえませんか、という大手出版社からのアプローチ があった。 そこからはとんとん拍子に話がまとまり、「有名企業の社長の一人息子が生前書きた めていた小説」なんていう謳い文句だけでもそれなりに売れると見込みも出て、息子の 一周忌の頃に刊行と決まった。 これでちょっとはいい供養になるかなと思えた。ようやく、伸輝のことで少しは笑え るようになった。 ※ ※ この後、高平伸人は社長になってから初めてと言っていいほど、どん底の状況へ突き 落とされる。 というのも、高平伸輝の遺したと思しきUSBメモリにあった小説の約半分は、他人 が書いた物だと判明する。公の投稿小説サイトに上がっていた物を、じっくり読むため という理由でコピー&ペーストを行い、USBメモリに保管した。 それを、息子の実力を全く知らない伸人は、単純にこれらは伸輝が書いたと信じ切っ た。 我が子と密なつながりを持てなかったがために大ごとになり、非難に晒されることに なろうとは。 あるいは……もしかすると事態がこうなるまで全部、伸輝が期待し、計画していた通 りだったのかもしれない。 小説家になりたいという密やかな夢を、父親は「つまらん文を書いてないで」という 台詞で切って捨てた。どうにかして、思い知らせることはできないか。息子に先立た れ、家庭人として大恥をかいた父親に、さらなる決定的な一撃をお見舞いする。 もし、これこそが伸輝にとって真の意味での一番の望みだったのなら、見事に叶えた と言えるだろう。 終
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